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第四十話

愛が幻想だなんて、一体誰が言ったんだ?こんなにも美しくて素晴らしくて、そして何より綺麗に存在してるじゃないか。自分は誓ってもいい。愛は存在するんだ。


親睦会での衝撃的な出逢いと、突然のデートの約束から三日が経ち、自分は大きく勇気を振り絞って、K美さんから渡された連絡先に電話をしてみた。

けれど電話先に出た女性の声は、喉が枯れた少し機嫌の悪そうな中年女性だった。


「はい?」

「あの~自分はK美さんの会社の後輩でして、その…。」

「ああ、K美ね。どなたか知らんけど、あの子が借りた金は直接本人に言って頂戴。あたし達は関係無いんだから!」

「いえ!あの~そうではなくて、K美さんはいらっしゃいますか?」

「まだ帰ってきてません!」


ぴしゃりと電話を切られてしまった…。ひょっとしてK美さんのお母さんだろうか?参ったな~どうすればいいんだろう…。すると、十分後、家のコードレスけたたましく鳴り響いた。何と電話先に出た女性の声は、あの会社で聞き慣れたK美さんだった。


「さっきはゴメンね。うちのお母さん、別の人と勘違いしてたみたいで…。」

「いえ、大丈夫っす!」

「それで…どうしたのかな?」

「あ、あの連絡先を頂いたのでお電話をっと、思いまして…。後、もしよければ、今度の…」

「デートの日でしょ?」

「あ、はい!そうです!」

「君…やっぱり素直で可愛い。」

「へぇ?!」

「うん、可愛い。」

「ありがとうございます!!」


何だかとっても嬉しかった。女性から可愛いなんて言われたのは、生まれて初めてかもしれない。K美さんの発する言葉一つ一つが、自分の心に刻まれてくようだった。


「そうね…今週と来週の週末は用事があるから、再来週はどう?」

「再来週ですね?分かりました~!」

「とっても素敵なイタリア料理のお店が横浜にあるから、お姉さんが連れてってあげるね。」

「はい!」


デートでイタリア料理のお店なんて今迄行った事さえなかった。ちゃんと正装していかなければ。着慣れてないスーツに腕を通し、何度も鏡の前でボギーよろしく色々なポーズをとってみた。とにかく大人のように振舞わないと。まだまだ三週間先だというのに、自分はまるで遠足を明日に控えた小学生のように眠れなかった。


翌日、会社ではいつものように激務をこなしていた。そこへ先輩肌の課長がまたもニヤニヤしながらやってきて、肩をポンと叩いた後に質問を始めた。


「どうだ?K美はOKしたか?」

「はい?」

「はい?じゃないだろう~。言わなくても分かるだろう?この色男が~。」

「えっと…デートの事ですか?」

「ああ…そうそう、デートだよ。」

「はい!お陰様で再来週に横浜でデートする事になりました!」


なぜだかデートの約束は暴露ていたみたい。まだ誰にも言ってなかったのだけど、きっと自分の嬉しさは誰から見ても分かりやすかったのだろう。


「で、K美の反応はどうだったんだ?」

「反応ですか…。」

「ああ、反応さ。」

「自分の事、『君…素直で可愛い。』 って言ってくれました。」

「そっか!良かったじゃないか!どうだ?イけそうだと思うか?」

「え?イけそうって…、横浜に…ですか?」

「バカだな~待ち合わせの場所じゃなくって、口説き落とせそうか?って聞いてるんだよ。」

「え?口説くってK美さんをですか?」

「あったり前だろ?ちょっと待て、お前まさか、デートの約束をしただけで、全部OKしたと思ってるのか?」

「いえいえ、そんな事までは思ってませんです!」

「でも…少しは期待してるんだろ?」

「少しっていうか、相手は自分の事を好きになってくれたんだと、思ってました…。」

「そんなわけないだろう!デートの約束したからって、別に愛の告白とかしたわけじゃないんだから。お前、女慣れしている顔してるクセに、意外に未経験な事が多いんだな。」


課長からまるで取り調べを受けるかのように質問を受けていた自分は、改めて自分の愚かさと幼さに気付かされた。そうだ、たとえ物事が自分の思いどおりに運んでたとしても、相手が自分と同じように惚れているわけでも、ましては自分の事を好きになってくれてる訳でもないんだ。ましては相手は自分の年より三つも上。自分よりもきっと色々な経験をしてるんだろうし…。


「どうした?」

「いえ、何でもないっす。」

「何だぁ?落ち込んでるのかぁ?」

「ああ、いえ、その~…はい…。」

「デートもする前から落ち込んじゃ、キリがないな。えぇ?」

「すみません…。」


確かに課長の言う通りだ。けれどショックだったのは、世の中の女性には、好きでもないのに男性とデートができる人がいるって事だった。でも、こんな事言えない。また、うぶなんだなって言われる。 早く成長して大人にならなきゃ。


「そんなんじゃ、仕事もうまくこなせないだろう?」

「いえ、大丈夫でっす!仕事は仕事で割り切れますので!」

「そっか~?お前は意外にうぶだからな~。」


また言われてしまった。でも、仕事は仕事だからちゃんとやらないと。このままじゃK美さんにもうぶだって言われちゃう。


「よし!お前、ホワイトボードに『直帰』掛けてこい。」

「チョッキ…って服ですか?」

「ばかァ!服なんか掛けてどうするんだ?『直帰』の札だよ。そっか~お前は社会出てまだまだわからない事が多いんだな。よし、今日は特別に俺が外回りを兼ねながら、お前に色々な事を教えてやる!」

「ええ?!良いんっすか?」

「大丈夫だ!そんな事ぐらいで会社がグラついたりしないよ。」


捨てる神在れば拾う神在れだ。自分は心の底から本当に嬉しかった。こんなに後輩思いの先輩に恵まれて、こんな大らかな課長を寛容する会社があって。自分は満面の笑みでホワイトボードに直帰の札を掛けた。


すると社内にいる皆んなが、一斉にこちらを振り向いた。課長は社長席で事情を説明しているようだった。それからして、すぐに課長が社内の皆んなに話し掛けた。

「皆んな忙しいのに、すまんね。こいつを男にしてやってくれ!」


すると社内の先輩方は、一斉に、ふざけながら色々な事を言い出した。つまり察するに『外回り直帰』とは、『特別なサボリ』ってわけらしい。するとカリスマ社長が破って語り出した。


「おいおい、お前らだって俺が『外回り直帰』連れてってやっただろう?文句言う前に、仕事しろ!そしたら今夜、酒飲みに連れてってやるぞ!」


社内の先輩方は、皆んな一斉に喜びの声を発し、同時に自分へは応援の言葉を投げかけてくれ始めた。なんて良い会社なんだ!自分は胸を貼って『特別なサボリ』を課長と遂行する事にした。



続く

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