第三十話
意外にも、時間は掛かった…。
これが事実だと受け入れるまでに、時間は本当に必要だったんだ…。
脚は怯えて立つことさえままならず、手は震えて周りを掴むことさえできず、身体中を無数の虫が這うかのような異色の気持ち悪さが漂い、舌は直ぐに渇いて喉の奥まで引っ張られ、そして耳にはあの地面に叩きつけられた、骨の砕ける軋んだ音達がずっと鳴り響いている。その音は鈍いなんてものじゃない。明らかに今まで聞いたことない音だ。
しかし、臭覚と視覚はこれが現実だと受けとめている。もう二度と笑顔を見せることのあの顔が、重力に引き付けられて砕け散る瞬間を残像として残し、あたり一体には今まで嗅いだことの無いような肉の匂いをいつまで嗅がせていた。
固まっていた。周りの景色は変わらないのに、徐々に人が集まり、あそこには青いビニールシートがひかれ、シートが風になびく。救急隊や野次馬やら騒がしくなり、気が付くと目の前に警察みたいな誰かが話し掛けてきたが、俺にはまるで聞こえない。きっと何かを答えたのかもしれないが、刻まれないことだろう。スライドショーのように、目の前の風景は時間を流れていく。
あそこから目を離すことができなかった。怖くて恐ろしくてできなかった。他の風景を見たところで、それは気晴らしでしかない。ずっと一つのこと考えて町を歩くように、目の前に広がる景色は見えていないと同じ。
携帯が鳴り響いている。Kからだ。何か叫んでいる。だが何を言っているのかまるで分からない。理解ができない。言葉が本当の意味を失った時だ。俺も何かを叫んでいる。何も分からない。勝手に表に荒々しい感情が吐き出ている感じだ。
病院の前のガードレール。ずっと座っている。やがてKがK助に支えられてやってきた。俺は彼らを明らかに睨んでいた。自分では分からない形相で…。
気が付くと、自分の右手は異様に熱く、二人の頬を叩いた後だった。
続く




