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第二十九話

あれが本当の言葉なのだろうか?聞くだけでも耳が痛みを感じる。何も重んじない言葉。中身を伴わず、擦り付けの責任を押しつける言葉。その言葉に傷つき痛みを感じる人間が何人いるのか?考えもしない。


彼らは自由を謳歌しているつもりなのだろう。だが、自由は縛られるものが無い故に、孤独、無力、恐怖を生み出していく。憂鬱などと称して自分の無気力さに逃げ込んだ怠け者で社会はいっぱいだ。


彼らは待っているのだ。集団という隠れ蓑の中で、牙や眼光だけは研ぎ澄ましているつもりで、いつか変わるであろう世の中を、本当の自分達こんなんじゃないと思いながらも壁を作り、橋を掛ける喜びを忘れていく。なんとも情けない話だ。


なぜK子は自ら手首を切らなければならないほどだったのか。答えは簡単だ。数が足りないからだ。自分を見つめてくれる瞳、自分を誉めてくれる言葉、自分を抱き締めてくれる腕、自分を受けとめてくれる唇。

その数が圧倒的に足りなかったから、自分から求めた。せめて妹だけには奪われたくなかったのだろう。


気が付くと夜、俺はK子の入院している病院の側にいた。立派な並木が辺りを囲んでいる。微かな彼らの歌が聞える。夜中でも生きている歌だ。メロディもリズムも無い並木たちの歌が。

今でも彼女は起きているのだろうか?ふと屋上を見上げると、両手を広げたK子が立っていた。こんな時間になぜ?俺は届くか分からない叫びで声を掛けた。だが、彼女はどこかを見つめていた。まるで夜風に誘われる天女のように、全身をなびかせながら、何かを仰いでいた。


次の瞬間…K子は地面に叩きつけられていた。それはK子から変形した血だらけの肉の塊だった。


続く

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