第二十七話
病室を出るとき、K子さんはいつまでも名残惜しい気持ちを抑えながら、胸元にぎゅっとドラクロワの本を抱え、笑顔を輝かせていた。
“私はいつまでも、あなたのミソロンギになるから…。”彼女が耳元で囁いた言葉…。あれはどういった意味なんだろうか…?絵画の事をいったのかな。色々考えたけど、答えは見つからなかった。
病院を出るとすぐに、Kちゃんからメールがやってきた。
“お疲れさま~、ところで今、何しているの?”
彼女が道を歩きながら、一生懸命に携帯でメールする姿が浮かんだ。
“昨日の撮った写真を印刷してみたんだけど、見てみない?”
真っ白な紙の上で、デザインに苦悩する姿が浮かんだ。もうここにはいられない…。そんな感じだ。
“いつもの所にいるから。”今夜はお酒を飲むつもりなんだ。
K子さんが、ドラクロワの本を眺めながら、一人淋しくしている姿が浮かんだ。いいのだろうか?K子さんはほったらかしで…。不安を捨てきれないまま、僕は彼女の待つ店へ向かった。
「おそ~い!」
もうすでにKちゃんは飲んでいた。隣に不思議な男性と話ながら。年は、僕より下だろうか?彼氏かな?ずいぶん若く見える。
「あっ、こちらはK子の旦那さんのK助。同い年なの。」
旦那さん?K子さんの?
「ども、初めまして。」
僕は普通に握手を求めた。
「あっ、どうも初めまして…。」
彼も普通に握手をしてくれた。
「K子の旦那で私と同い年っていっても、学年は私のが上なの。」
「え?それじゃKちゃんの後輩って事?」
「はい。Kさんは美術部の部長だったんです。」
「はぁ~…。」
それからK助…くんとK子さんの馴れ初めを聞き、またまたびっくりした。K助くんはKちゃんの事が好きなのに、その事をK子さんに相談したのがきっかけで、お互い結婚することになったらしい…。なんとも海外ドラマの縮図を絵に描いたような複雑さだ。
「そう、私の事が好きだったはずのK助が、K子の方がいいってなっちゃって、年下のくせにいきなり義理のお兄さんだもん。」
「でも、Kさんは僕のこと、お兄さんとは思ってないっしょ?」
「当たり前でしょ!?誰があんたのこと。」
なるほど、これが代理なんだ。僕は鏡を見たくなったので、トイレに行くことにした。
「ごめん、ちょっとトイレ行ってくるね…。」
洗面所の鏡を見つめた。
「代理って…何…?」
彼は静観したまま何も言わなかった。
「怒ってるの?」
だがそれでも彼は静観したままだった。確かに僕が彼に望んだ事だけど。
「分かった…自分で考えるよ。」
全ては代理なんだよ、お前は気付いているはずだろ?あの姉も、妹も、旦那も、お前自身も、全て代理だ。輝いてるふりをしているけど、本当は輝いてなんかはいない。何もないんだ。薄っぺらな、何もない世界なんだ。
もう、どうやら俺は静観できなくなっていたみたいだ。今夜は、俺の欲しい者を得るときがやってきた。
続く




