第二十三話
「もう大丈夫ですよ…。こんなにまで、我慢しなくていいんですK子さんは…。僕が、側にいれなかったのが悪かったんです。」
俺は虫酸の走るような言葉使いを耳にした。一体この信者は何を語っているんだ。気味が悪い詐欺師のような言葉を。奴はK子の左腕をゆっくり優しく手に取り、そして瞳を閉じて口付けをした。
「今は…とにかく寝ときましょう…。僕、出来る限り、毎日、ここに来ますから。」
唇を噛み締めながら、必死にこちらを見つめ、俺の信頼にしがみつこうとしているK子が、またもや大粒の涙を流している。止めてくれ、俺にはこの女を救うことなんてできないんだ。
「大丈夫、僕を信じて…。ほら、僕の左手首にもあるでしょ?だから大丈夫だよ…。」
俺の信者は満面の笑みで、彼女にウィンクをし、そっと頬にキス。ゆっくりと彼女のおでこを二度撫でて、その場から去った。こいつは一体何を考え、生きているんだ。
病室からエレベータへ向かう間の廊下では、俺の信者の姿がたびたび鏡に映し出されている。奴は恍惚とした表情で歩いている。その姿は明らかに俺のものとは違っていた。
エレベータの扉が開かれると、携帯を片手に誰かと話しているKが現われた。彼女はこちらをじっと見ていた。だが俺の信者は悲しそうな表情をして、ゆっくり悟らせる。
「お姉さんが今、頼りにしているのは、あなただけなんだよ。早く行ってあげなきゃ…。独りで可哀想だよ。」
Kは俯いて、自分の行動を恥じているようだった。うん、そうだよね?私がしっかりしなきゃ。と言わんばかりに薄く涙を浮かべながら、K子のいる病室へと駆け込んだ。
エレベータ内、独り…。信者は鼻歌を上機嫌に歌っている。こいつの調子の良さは一体なんなんだ?言葉を覚えた途端に人はこうも変わるものなのか?
「何も変わっちゃいないさ…。あなたが今まで気付きもしないだけだったんだ。」信者は俺の考えに反応した。
「二重人格とか、そんな底辺のレベルになんか逃げないでおくれよ。あんたが都合良く、過去を操作しようとも、僕や僕の意志、そして身体中全てで記憶しているんだ。」
何を言おうとしているのか?こいつは一体。
「今までも、あんたはずっとこうやって色々な人と丁寧な関係を築いてきた。それは何一つ変わっちゃいない。あんた自身である不満ってやつが、代弁をしているだけなんだ。まさに『不満を漏らす』って奴さ。見てる事しかできないんだったら、そのままでいろ。」
まさか…違う、そんな事はない。俺には意志があった。渇望も。望みも希望も。なぜだ?なぜなんだ。単なる不満だけじゃない。優しさも愛しさもあった。ただ、素直だっただけだ。
素直に自分への想いを…。
「大丈夫だ。安心してくれ。あんたの望みを叶えるために、僕はどんな事だってしてあげるさ。ゆっくり今までのように不満でも漏らしてくれ。あんたに餌をやるのが、僕の役目だ。」
やめた…。これ以上何を語っても意味がない。俺の意志は完全に信者に奪われている。これが現実だ。傷つきやすく、守られたいだけの人間に、生き残れる居場所などない。
俺は耳を閉じ、口を塞ぎ、全てを静観する事を望んだ…。
続く




