第二十二話
電話口で久しぶりに話すKとの会話に、前ほどの余裕はなかった。もちろん、ギクシャクした関係が続いていたのは確かだが、それ以上に今回は緊迫していたからだ。
夕暮れ時、すぐさま俺は車を走らせて、駅でKをピックアップし、K子の連れられた病院へ向かう。またもやこの姉妹に関わるとは…。Kは明らかに不安になっている。どうしようもない様子で、何度も携帯を覗いては、誰かから連絡が来ること待っている様子だ。何度もタバコに火を点けては消しての繰り返し。前と変わらないKがそこにいたが、心持ちは以前とは全く違う。
病院へ付くと、彼女は自分のバッグを置いたまま、慌てて外を降り、しきりに電話を掛けていた。少し不思議だったが、俺は駐車場に車を停め、彼女のバッグを渡し、受付へ向かった。
408号室、南側奥。いまだにKは外でしきりに電話を掛けている。家族でもない俺が、このままK子の元へいくのも不思議な話だ。だが、やっぱり心配だ。一人、エレベータを乗り、病室へ向かう。途中、幾多の病人とすれ違うたびに、左手首の古傷が痛みだす。あの罪悪感が追懐を始め、耐えきれない精神ごと、身体中を焼こうとしている。これはまずい。俺はいい。だが、K子は耐え切れるのだろうか…。しかも独りで…。
「一人…だけなの?」
意外に静かだった。そしてK子は質より量を欲している様子だ。素直だ。素直すぎる。彼女は何かの匂いを嗅いで、すぐさま呟く。
「あの子も一緒なんだ…。」
どうやらKのタバコのにおいがわかったらしい。それにしてもKが言うように、本当にK子はこの世から立ち去ろうとしていたのか…。
「びっくりした。本当に、覚えてないの。台所で倒れてて、多分何かの目眩かな?痛みを感じて見たら、これでしょう…。」
こちらに見せた彼女の左腕には、あの懐かしい…、いや痛ましい包帯。
「気が付いたら、手術台に寝かされてて、それからもまた覚えてないの。」
ウソだ。全部覚えているはずだ。だが、やめておこう。俺には関係ない事だ。利用された俺には…。だが、次の瞬間、あまりにも惨めな姿をした彼女に、あまりにも無惨な言葉を発してしまった。
「おかえり…。」
彼女はそっと目の奥にためていた涙を流して呟いた。
「た、ただいま…。」
地の果ての住人、もう元には戻れない挨拶。
俺は、初めて言葉を覚えた…。
続く




