第二十話
今、この右手に握り締めているライターは、あの姉妹の壮絶さを物語っている。
若さ特有の想いが、あのリビングにぶちまけられた。俺も当然ターゲットだ。汚らわしい…と。Kの想いには、間違っていないという自信があるからこそ、なぜ自分は影で裏切られたのか?分からないと。
裏切ったつもりはない。そもそも俺は何者でも誰の者でもない。ただ、相手にとって気に食わない存在なんだろう。
Kはまくし立てながら姉の全てを否定した。最低な人間だと。だから旦那にも逃げられるのだと。自分だけがうまいことをやっているようで、他人に迷惑ばかりかけていると。なぜそこまで怒りに任せられるのか?不思議だった。
「あんたは子供だから分からないの!」
普段はおっとりとしたK子からは、想像もつかないような怒りがつむぎ出された。若さの正論で応戦したとしても、本音を隠している人間の怒りにはかなわない。
「私は望まれたことをしてあげたいだけ!相手の優しさしか見ない、好き嫌いをはっきり言えるあんたに何が分かるの?!」
Kは歯を食い縛っていた、だが何かが外れたんだろう。テーブルに置き忘れていたライターを、こちら目がけて投げつけた。俺は避けなかった。だがライターの方から勝手に避けてくれた。なんて情けない姿をしているんだ。
堪え切れなくなったKは、その場からそそくさと逃げてしまった。さっきまでの平和を象徴するようなリビングは、いつの間に重苦しい空虚が辺りを支配している。だいぶさっきよりは心地よくなってきた。先ほど投げ付けられたライターを俺は拾った。あまりにも可哀想だから救ってみた。
この姉妹の確執はどうやら根深い何かが埋められているのかもしれない。俺が彼女らにとって奪い合いをしたくなるほど、魅力的な男だとは全く思わないし、むしろそこら辺にいる男よりも最低なナルシストで、自堕落なくせに講釈までたれる、そう言うなれば屈折した恋愛思想家だ。なのに彼女達は争う。
「ごめんなさい…。変な所見せちゃって。気分良くないよね?」
そんなことはない。他人の曝け出した感情ほど、欲しいものはない。むしろ嬉しかった。まるで代弁してくれているようで。
「私が全部悪いのは分かっているんだけど、でもダメなの…。もうあの子に取られたくないの。」
やはりそうか。それが絡んでいるから、俺は利用されたわけか。
「分かるでしょ?あの子みたいな人達は、他人から奪ったものの大きさに何も気が付いていないの。それが当たり前だと思っているから。さらに与えてもらって当たり前とも思っている。もらえなければ逃げるだけ。自分から決して手を伸ばそうとしない。なのに必ず餌を釣らしている。妹と分かっていても、たとえ姉だとしても憎いの。」
俺は何も言わずK子の求めていることに応じた。それが最善な方法だと。自壊することさえ避ければ、後はこちらの思い通りだ。好きに扱える。役目は終了だ。
夜、彼女の寝顔を尻目にこの場を立ち去ろうとした瞬間、彼女はこちらを凝視して何かを訴えかけていた。寝たふりをしていたのか…。
なら話は早いはずです。もう彼女は必要ないはずです。私の存在だけを代弁していただければ、貴方様は彼女にそれだけで満足のはずです。助けを求める人間を助けるほど退屈なものはないはずです。さぁ行きましょう。そして彼女の心に傷を残していきましょう…。
鏡の中にいる、俺の信者がそうつぶやいていた。そうかもしれないな。誰かに傷つけられた者は、自分を
傷つけた者だけにしか救われない…。後は全て代替でしかない。皮肉なもんだ。
続く




