第十一話
乾きは穴埋めに過ぎない…。
愛しさを奏でることを捨てた。でも暗闇のなかで輝くことを忘れてはいけない。意識は両手の先に現われ、もがくように見たいものだけをはぎ取る。不安は荒々しい呼吸で消し去り、安らぎは戯れた感触から全てを得る。満足してはいけない。これは始まりなのだから。
すり合わさる木々のように、闇夜の中で目まぐるしく形相を変えている。掻き寄せた草木の中に、指先をゆっくり忍ばせながら、声無き囁きを弾ませ、じっくりと手中へと誘い込んでいく。
乾きは時を刻まない…。
慰められた支えは、さらにその先に張りを持ち、天井を見つめ、ここが地の底であることを感じる。もう元には戻れないことを実感すると、再び息も尽かせぬ間に重圧がのしかかる。果たしてこのまま進んでいいのだろうか?だが、その裏腹の意識は、さらなる両柱の奥へと進んでゆく。
乾きは望みを与えない…。
風の唸りが微かに聞こえてくる。言葉にならない旋律を奏でている。唄わせるのだ。とことん飽きるまで。耳を両手で塞がれたとしても、顔を上げて、その泉から水をすくいあげよう。何度も何度も溢れるまで、顔を上げて岸の先をしっかり見据えて、両手で水をすくい上げ、唄わせるのだ。
乾きは答える事ではない…。
ほとばしる事よりも、制御することの意味を考える。それでもなお、揺さ振られてしまうのなら、今度は道連れにしてしまうのだ。リズムが狂いだし、単調になり始めたのなら、それはもうおしまいなのだ。
乾きは恵むのではない…。
小さく演じた先に、大きくまとわり付く嘘があり、その嘘をじっくりと並べていく。我慢をするんだ。これは事実ではない。我慢をするんだ。これは真実にはなりえない。我慢をするんだ。これは昨日までの自分に別れを告げるだけなんだ。
でも、乾きは渇きにはなりえない…。
K子は必死だった。今までの優雅さはかなぐり捨てていた。まるで後ろから迫る、天敵に追い立てられた動物のように。鳴いていた。何度も鳴き続け、その後、何度も泣いていた。役に立ちたいと、何度も泣いていた。でも役には立たなかった…。
乾きは乾いたままだった…。
もう大丈夫だ。欲しいものなどない。鏡の前にあいつがこちらを覗いている。どうだい?愉しいか?こうして顔にシワを刻みこみ、恐れをなすとでも思ったのか?ああ分かっているよ。これからが大変だってことがな。お前が開けたんだ。俺じゃない。俺じゃないんだ。
そっとソファーに座り、辺りを眺めている。また、静かな夜が優しく微笑みかけると、俺はK子の指先を握っていた。
せめて、今夜だけが今夜ならば、明日の朝には別人でいようね…。
続く




