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第十話

「私達はねぇ、徹底した橋だと思うの…。どんなにどんなに言いたくても、人を傷つけてしまうような本音は絶対に言わない。だから自分達が存在していることで、誰かの役に立っていると思い込みたいんだと思う。なぜなら誰も嫌いになれないし、誰にも嫌われたくないから…。そうでしょう?」


K子が切り出した。ズバリそうだ。自分が橋だとは思った事もなかったが、妙な説得力で感心してしまった。俺の弱いところは、人が思っている以上に、ワガママになることに怯えていることだ。


「でも大抵は橋のふりをした壁ばかりで、本当の橋になれる人は少ないと思うの。結局隣の芝生で私の無い物ねだりなんだろうけど、すっごく壁の人が羨ましく感じるの。自分を守るために絶対に我慢をしない。人間関係が崩れても構わないと思っているの。とにかく入らないでほしい、今すぐ出てけ!ってね。私にはそんな勇気が無いから…。」


そういえば周りにいる人間は、追い詰められると大概無口になったり、その関係自体を修復しようなんて思わない人が多い。それは何を言っても俺には許されると思っているのだろう。勘違いもいいところだ。


「でもね…。橋は本当は壁より残酷だと思うの。なぜなら自分を傷つけてまで全て壊れてしまうから。そうなった時は何もかも無くし、何を言われてもただ眺めるだけ。まるで川に流れるものを当たり前と感じるように。怒りも悲しみも元々無いものだと…。」


そうか、そうだったのか。だからあの頃の俺は精一杯の抵抗だったのかもしれない。あの十九才の夏の頃は…。


「だから不思議だったの。初めて話した時、私と妹の間にいたでしょ?内心は穏やかじゃなかったかもしれないけど、決してそんなことは表情に出さないで、橋になろうとしてくれた。」


K子の優しそうな瞳がまばゆく光っていた。それは不思議な魔力を兼ね備えているような気さえした。変な話、まるで俺には抵抗する意識さえないような輝きだ。俺が何をしても、全てを受け入れて、何もかも包み込んでくれるような…。いや、勘違いだ。そんなことはない。これは自分のエゴなんだ。許されると油断したときこそ、自分は罪を犯している証なんだ。


「だから…。指先の体温を感じたかった。とっても冷たかった。まるで人じゃないような冷たさだった。それが心地よかった。人の温もりなんか、全く感じられないような…。」


気が付くと、自分の指の間には、再びK子の指が絡み付いてきた。今度はこれは、乱れた束縛だった…。


「あの子だけには…。」


一つだけを残して、目の前は暗闇に包まれた。


乾いたK子の温もりだけを残して…。


続く

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