vol.1 灰羽人 解散報告書
ギルド本部、パーティー解散課。
そんな名前を聞いて、どんな仕事を想像するだろうか。
パーティーの解散申請を受け付ける、受付嬢のような仕事。
少なくとも、私はそう思っていた。
実際に働き始めるまでは。
世間はギルドの業務なんて、楽なものばかりだと思っているのかもしれない。確かに、そういう課もあるのだろう。
だが少なくとも、うちの課は違う。
毎日大量に届く申請書。記録との照合。関係者への聞き取り。場合によっては、他の支部にまで足を運ぶことだってある。
パーティーが解散する。
たったそれだけの出来事に、どうしてこんなに手間がかかるのだろう。
「フェイ先輩、先週の申請番号144番の申請書、目を通してくれました?」
朝一番、私は先輩に声をかけた。
「もちろんだよ。あれね。あれだよね。ちょっと待ってね」
そう言って、フェイ先輩は散らかった机の上を探り始めた。
……本当に読んだのだろうか。
先輩は仕事中でも魔術書を読んでいるし、机の上はいつも書類で埋め尽くされている。本人は至って真面目に仕事をしているつもりらしいが、私にはそう見えないことも多い。
「はぁ、フェイ先輩。またですか? 見つからないってことは、書類もまだ目を通せてないってことですよね。私も探すのを手伝います」
見ていられず、私も書類を探し始めた。
「ミレアにはいつも助けられてばかりだなぁ。ありがと」
その言葉を聞くたびに思う。
本当に、先輩と後輩の立場は逆なのではないだろうか。
五分後、お目当ての書類が見つかった。
魔術書の間に挟まっていた。
栞として。
「フェイ先輩! 前にも言ったじゃないですか! 書類を栞として使わないでくださいねって!」
「ち、違うですよ、ミレア殿。これには僕の先祖の謎より深い訳が」
「次にやったら、コーフィーと昼飯を一か月間奢りですから」
「き、気をつけます……」
絶対にまたやる。
そう思ったけれど、口には出さなかった。
どうせ何回言っても、この人の根は治らないから。
先輩の机を片づけることまで私の仕事にしたくはない。
ひとまず、書類は見つかった。
私は自分の席に戻り、先輩がようやく目を通し始めた申請書を覗き込んだ。
冒険者パーティー 『灰羽人』
登録年数 『11年』
パーティーランク 『B』
申請内容 『通常パーティー解散』
申請理由 『一部のメンバーの引退に伴うパーティー解散』
「まとめると、こんな感じか」
先輩は愛用のノートに、書類の大まかな内容を書き込んでいた。
申請書に不備はない。必要な署名も揃っている。
一見、何の問題もない案件だ。
ただ、私は少しだけ引っかかった。
11年も続いたBランクのパーティーが、なぜ今になって解散するのだろう。
もちろん、冒険者を引退すること自体は珍しくない。怪我や年齢、家族の事情。冒険者を続けられなくなる理由はいくらでもある。
それでも、11年だ。
私には想像もつかないほど長い時間を、彼らは同じパーティーで過ごしてきたのだろう。
「ミレア」
「なんですか?」
コーフィーを飲んでいた私は、先輩の方を向いた。
「この申請書を見て、何を思った?」
「何をって……別に、普通の申請書だと思いますけど」
「直感的に感じたことを言ってくれ」
急にそんなことを聞かれても困る。
私はもう一度、申請書に目を落とした。
「ええっと……11年も続いたパーティーで、一部のメンバーが引退を決意して、他のメンバーはその意思を尊重した。良いパーティーに見えますよね。少しもったいない気がしますけど」
先輩は頷き、書類を机に置いた。
「もったいないか。面白い考え方をするね」
「十一年も続いてるんですよ? それもBランクパーティー。このまま行けば、Aランクだって夢じゃないじゃないですか」
「そういう考え方をするんだね。新鮮な考え方だけど、ミレアは冒険者には向かないだろうね」
「なんでですか!」
「続けることと、続ける価値があることは、別の話だよ」
「急に難しい話をしますね」
先輩はいつもの調子で笑った。
「まあいいさ。今回の案件で、僕の言っている意味がわかるはずだよ」
そう言って、先輩は書類を整え、私に差し出した。
「本人たちが何を考えているのか、何を思っているのか。僕たちは知らない」
私は書類を受け取った。
「ただ知らないことの裏には、大抵何かがあるんだ。
そして人は表よりも裏にストーリーが詰まっている生き物だよ」
「フェイ先輩って、変な人ですね」
「よく言われる」
けれど、先輩がこういう言い方をするときは、決まって何か理由がある。
この人は普段はふざけていて不真面目でだらしないが、やる時は誰よりも頼れる先輩だ。
私はもう一度、渡された申請書を見つめた。
「今回の案件、私も一緒に同行しても良いですか?」
フェイ先輩は少しだけ目を細めた。
まるで私ではこの案件は荷が重いかのように。
しかしその直後、このクソ先輩の顔は人を馬鹿にするような笑顔になった
「何を言っているんだい、君も同行するに決まってるじゃないか。だから君に書類を渡したんだろ」
やっぱりさっきの頼れる先輩とか無し。
こいつは殺す。
とは口にできるはずもない。
「…..最初からそう言ってください」
「君の言葉は心に響いたよ。『今回の案件!!私も!参加しても良いでしょうか?私のような若輩者でも力になりたいです!』ってね」
このクソは立ち上がり、私が懇願するように頼み込んだかのように演技をし始めた。
「次言葉を発したら殺しますよ」
「あ、いや」
言葉を発した瞬間、私の右ストレートがこのクソの右ブローに直撃。
このクソは目が白目になりながら、悶絶し倒れ込んだ。
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その日の昼前、ギルド本部 パーティー解散課に5人の冒険者が訪れた。
「ギルド本部、パーティー解散課です。本日はどのようなご用件でしょうか」
受付の職員がそう尋ねると、五人組の冒険者が窓口の前に並んだ。
全員が、長年使い込んだ装備を身につけている。
擦り切れた足の装備。やけに装飾のない、何度も修理した後のある剣。所々小さい穴がある魔術具を入れる袋。
長年使い込まれていることがわかる装備。
「先週パーティー解散を申請した者です。1週間後に面談を行うと言われたので、来ました」
先頭の男が答えた。
30歳後半だろうか。短く剃った髪に白髪が少し混じりつつ、顔の所々には戦いで負ったであろう昔の傷痕がちらほら残っている。
「パーティー名とお名前ををいただいてもよろしいですか?」
「灰羽人というパーティー名で、パーティーリーダーのダインだ」
受付嬢は書類に目を通し、確認する。
確認が終えると、受付嬢は立ち上がった。
「確認が取れました。パーティー『灰羽人』の皆様ですね。担当職員が詳しいことをお伺いしますので、こちらへどうぞ」
受付嬢に案内され、5人が面談室に入室した。
次に受付嬢は私達を呼びに来て、少し遅れて私達も入室した。
私はフェイ先輩の隣に座り、手元の資料を確認する。
代表者で剣士のダイン。魔術師のリュカ。シーフのセド。前衛のガルド。そして、治癒術師のエマ。
このパーティーは珍しく、人族4人の魔族1人のパーティー。
魔族はリュカさんで、顔には所々に黒い模様があり、種族はモヨウ族。
モヨウ族に会うのは初めてで、少し物珍しく目行ってしまう。
仕事に集中するため申請書に記載された名前と、目の前にいる人物を照らし合わせていく。
全員年齢は近いが、出身も経歴も人それぞれ。
それでも11年も一緒にパーティーを組んでいる。
どんな関係なのだろう。
もしかして誰かと誰かが付き合ってたりするかな。
仲は良いのだろうか、こんなに一緒にいると家族のような関係なんだろうな。
そんなことを考えていると、フェイさんが口を開いた。
「皆さん初めましてー、貴方たちの担当のフェイ・ゾーナです。とこちらが同行している後輩のミレア・ウィンレツです。」
「初めまして、ミレア・ウィレンツです。今回はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いする。俺たちは解散する。必要な手続きを済ませてくれ」
「はい。そうしたいと思っています」
ダインは少し意外そうにフェイさんを見た。
「引き止めないのか?」
「僕に引き止める権限はありませんから。それとも引き止めて欲しいのですか?」
「いや、そういう意味じゃない。ただギルドにとってパーティーなんて多くあるに越したことは無いだろう。だから何か言ってくるものかと思っていて覚悟してきたんだが」
「理由によっては、追加の確認をお願いすることはあります。ただ、それは手続き上の問題です。解散するかどうかを決めるのは、皆さんですので」
フェイ先輩は手帳を開いた。
「それでは、パーティー解散手続きに入ります」
淡々とした声だった。
力強さがあるわけでもなく、何かを強調しているようにも見えない。
ただこの場に居る者全員に現実を突きつけるような声。
「まず、申請内容の確認をさせてください。
『一部のメンバーの引退に伴うパーティー解散』とありますが、どなたが引退される予定ですか?」
「私です」
「俺もだ」
答えたのは治癒術師のエマさんと前衛のガルドさんだった。
「引退されるお二人は、今後冒険者としての活動を一切行わない予定ですか?」
「あぁ、少なくとも俺は今までみたいな仕事はしない」
ガルドが答えた。
大柄な男だった。前衛らしく肩幅が広く、右腕には古い傷跡がいくつもある。
手の甲は皮膚が擦り切れ、皮膚がピンク色になっている。
けれど座る体勢を変える瞬間、ほんの一瞬だけ顔をしかめた。
どこか怪我をしているように見える。
「その手の甲の擦り切れ方を見ると、ガルドさんは前衛でも盾役だったですね」
ガルドさんは少し驚くように、眉を上に上げた。
「ギルドのあんたよくわかったな、俺は盾役だ。なんでわかった?」
フェイ先輩は手の甲を指した。
「その手の甲ですよ。盾を持つ人特有の擦り切れ方をしている。持ち手とよく擦れるから盾役の人は手の甲が擦り切れて、皮膚がピンク色の人が多いので」
「よくわかってるじゃねーか。ここが擦り切れて冒険者を始めた時はよく包帯を巻いてたの思い出したわ」
「そうね、私がよくそこに治癒魔術をかけてあげたわね」
ガルドさんは笑いながら手の甲を見つめ、エマさんもまたガルドさんの手の甲を見つめていた。
懐かしいあの時の一瞬を思い出すかのように。
「それにガルドさん、貴方は左足を怪我されているでしょう。盾役なんですから、膝を痛めているでは?」
え?そうなの?
「おー!それも当たりだ。あんたなんでもわかる魔術でも使ってるんじゃないか?」
「簡単な話ですよ、貴方が体勢を変えるときに左にかける体重の移動の仕方に違和感があったので」
「なるほどなぁ。そこまで見てるのか」
ガルドさんは感心したように声を上げた。
私は思わず、フェイ先輩の横顔を見た。
確かに、ガルドさんが体勢を変えたとき、一瞬だけ顔をしかめたのは私も見ていた。けれど、左足を怪我しているとまでは考えなかった。
体重の移動の仕方なんて普通わからないのに。
そもそも、手の甲の擦り切れ方から盾役だと見抜いたことも凄い。
この人は普段、机の上をあんなに散らかしているくせに、どうしてこういうところだけ妙に鋭いのだろう。
「それでその左足の怪我は、引退の理由に含まれていますか?」
フェイ先輩が尋ねた。
「あぁ…..昔おった傷でな。何度も治癒魔術をかけてもらっているんだが、再発が多くてな。
治癒魔術もかけすぎは良くねぇーって言うだろ?」
ガルドさんは左膝を叩きながら、答えた。
「確かに、治癒魔術も万能では無いので、かけすぎると怪我をしやすくなりますね」
「普段の生活では問題ねぇーんだ。ただ戦闘となると話は別だ。もう盾役としての踏ん張りがこの膝じゃダメなんだ。盾役にとっちゃ、致命的だ」
「それでも11年続けれこられたんですよね」
私が言うと、ガルドさんは少し笑った。
「そりゃーこいつらが俺を支えてきてくれたからだ。俺のミスも至らない所も、俺が何を言わなくても気づいて補ってくれるからな」
「それならこれからだって皆さんで協力して乗り越えていけるんじゃないですか?」
口にしてから少し踏み込みすぎたかと自覚した。
しかしガルドさんは気を悪くした様子もなく、首を横に振った。
「そーいう問題じゃねぇんだ、ギルドのねぇちゃん」
「どういうことなんでしょうか?」
少し面談室に沈黙が流れた。
沈黙を終わらせるように、フェイ先輩が口を開いた。
「では一人一人話を聞いていきますので、ダインさんからまずは話を聞いていきましょうか。
他の方は受付の方でお待ちください」
すると他の4人は面談室から受付の方へ移動し、面談室にはパーティーリーダーのダインだけが残った。
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フェイ先輩は新しい手帳のページを開き、ペンを握る。
「それではダインさん、解散自体はいつから考えていましたか?」
「2週間前だ」
ダインは迷いなく答えた。
「2週間前、俺たちは岩頭獣の依頼を受けた。岩頭獣はBランク相当の魔物。もちろん俺たちの受けれるクエストで言えば、一番上だ。でも俺たちにとっちゃ普段と変わらないクエストだった。」
私は記録の方を調べる。
記録の方には『灰羽人』 クエスト失敗と記載されている。
そのクエストも既にAランクの別のパーティーによって討伐が終わっているとも記載されていた。
「記録を見ると、そのクエストは失敗されていますね。ただクエスト自体は他のAランクパーティーが討伐しているようですね」
「ではその時に決断されたんですね?」
「あぁ、俺たちはクエストに失敗した。その時にガルドとエマが引退すると言ってきた。それなら今のパーティーは一度解散しようと判断したんだ」
「でもたった一度のクエスト失敗じゃないですか。11年も続けてきたんですから、わざわざ今解散しなくても」
ダインさんは部屋の天井を見上げた。
「そうだな、たった一回だ。だがあの時俺達はこのパーティーが限界に近づいていることに気づいたんだ」
「その時の状況を教えてもらってもいいですか?」
フェイ先輩はダインの目を見ながら、食い入るように言った。
そこからダインさんは岩頭獣との戦闘した状況を語り始めた。
いつも通り
前衛 盾役 ガルド
剣士 ダイン
中衛 シーフ セド
後衛 魔術師 リュカ
治癒術師 エマ
のフォーメーションで戦闘が始まった。
盾役のガルドは以前よりも頻繁に怪我を負い、エマさんが治癒魔術をかけた。
治癒魔術をかけなければいけないのがガルドだけではない。
ダインやセドにも治癒魔術をかけなければいけない。
しかし以前よりも増えた怪我を治すのに、エマさん魔力は足りなかった。
エマさんが魔力切れを起こし、盾役のガルドさんも盾役としての役割を満足に果たせなくなった。
盾役の負担をダインさんへ来たことで、メイン攻撃がリュカさんの魔術だけとなった。
リュカさんも奮闘したが、今までのようにパーティー状況ではない。
善戦も虚しく、パーティーは撤退を決意した。
その後、Aランクの別のパーティーが自分達が行なっていたクエストを代わりに易々と討伐したことを聞いた。
Bランクパーティーが討伐できなかったクエストを、代わりにAランクパーティーが行う。
別に珍しい話ではない。
そのためのランクシステムなのだ。
「俺はそこ気づいちっまたんだ。このパーティーの限界はここなんだってな。その後にガルドとエマが冒険者を引退したいと言ってきたんだ。前までの俺なら諦めるなって励ましただろう。でも俺たちの限界はここなんだって突きつけられた直後に、俺からかけられる言葉なんてなかった。
そこでこのパーティーを解散しようと決断したんだ。」
フェイ先輩は手帳に淡々とメモをとっていき、手が止まる。
「それでもダインさんは冒険者を続けるんですよね」
「あぁ、俺はこれ以外の金の稼ぎ方を知らない。死ぬまで冒険者をやるだろうさ。
ただ昔の頃のように情熱的には出来ないだろう。
『AランクやSランクパーティーになってやる』的なそんな夢を追いかけ続けられるには、
俺は限界を知りすぎた。このパーティーも、俺自身のも」
これは何度聞いても慣れない。
限界を知ったパーティーが解散する。なんてこのパーティー解散課では日常茶飯。
それでもそんな人達にかける言葉はいつも見つからない。
フェイ先輩はメモを書きおわり、立ち上がった。
「これでお話は以上です。次はガルドさんを呼んできてください。貴重なお話をありがとうございました」
ダインさんは席を立ち、ドアの方へ向かい部屋を後にしようとした。
「最後に、『灰羽人』は最高のパーティーでしたか?」
そんなダインさんをフェイ先輩は引き止めた。
ダインさんは迷いなく、こちらを見ながら答えた。
「あぁ。もし来世があっても俺はこのパーティーを選ぶ」
「そうですか、呼び止めてすみません」
「あんた変な人だな」
「よく言われます」
ダインさんはドアノブに手をかけ、部屋を後にした。
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次はガルドさん。
フェイ先輩の提案で時間短縮のため、フェイ先輩は別室でエマさんの話を聞くことになった。
私はガルドさん、リュカさんそしてセドさんを担当することになった。
ちゃっかり私に3人押し付けてくる所が、あの人らしい。
絶対にサボってるに決まってる。
私は気を取り直して、フェイ先輩がダインさんにしたような質問をガルドさんにしていく。
ガルドさんはダインさんに比べずっとあっさりと答えた。
「もう歳だ。若いころなら、あの程度の魔物に足を止められることはなかった」
「岩顎獣は、若いころにも戦ったことが?」
「ああ。何度かな。昔ならあんな奴の攻撃簡単に防いで、もっと簡単に倒せた。いや、倒せていた。昔はな」
「やっぱり膝の怪我ですか?」
「それもある。が、今はどれだけ自分が動けないか知っている。そしてその分を仲間がどれだけカバーしていたかもわかる。そしたら以前のような派手な動きが取れなくなっちまった。
歳をとるっていうのは本当に恐ろしいな」
ガルドさんは笑いながら膝を叩き、冗談っぽく答えてくれた。でもこれが本心なんだろう。
「先ほど、私が質問したことで言葉が詰まってたと思うんですけど、あれは何か理由があるんですか?」
私は恐る恐る質問した。
沈黙が流れ聞いてはいけないような感じの気がしたが、どうしても知りたかった。
11年も活動してきたパーティーが何を思っているかを。
「あのなんで続けないのかって質問か?」
「はい」
ガルドは自嘲気味に笑った。
「俺は盾役だ。俺が前に立たなきゃ、後ろの連中が危ない。だから、多少痛くても立ち続けられた。それだけだ」
「これからは無理ということですか?」
「立てるさ。なんとしても俺が盾役な限り最後までな。だが、あのとき、もし岩顎獣がもう一度突っ込んできていたら、俺は避けられなかっただろう」
彼は机の上に置いた手を握った。
「そうなったら、俺だけじゃ済まん。ダインやセドは自分でなんとか出来るが、俺の後ろにはエマやリュカがいる。ダインやセドだって、俺が耐えられないと分かれば助けようとするだろう。そうなれば、今度こそ誰かが死ぬ」
ガルドはしばらく黙っていた。
「俺たちは11年もパーティーを組んでいるんだ。冒険者を始めたてに組んだ最初のパーティーがこのパーティーだ。俺にとっちゃ家族みたいなもんだ。
そんな家族みたいな奴らを俺のせいで殺すわけにはいかねぇんだ」
こういうことか、フェイ先輩が言っていたことは。
続けられても、仲間を自分のせいで殺してしまうかもしれない続きなんてどんな価値があるだろうか。
それも家族同然の仲間達が後ろにいる中で、自分が後ろに下がることなんて出来ない。
ただそんな今の自分は自分の命すら危うい盾役。
続けられても、そこに価値なんてない。
きっと最悪な結末が待っている。
それにガルドさん気づいているのだろう。
「一つ、聞いてもいいですか?」
「もし、皆さんが今回の依頼を問題なく終えていたら、冒険者を続けていましたか?」
ガルドは少しだけ考えた。
「……分からんな」
「そうですか」
「だが、辞めるのはもっと遅くなっていただろうな。きっと、もう少しだけならやれると思っていたはずだ。ただ今気づけて良かった」
私はその言葉を自分のノートに書き留めた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
次にリュカさん。
「私は魔族です。寿命から見たらあと200年は生きるでしょう」
「そんなにモヨウ族は長寿なんですか?」
「魔族の中では普通くらいよ。
だからこのパーティーも魔族の私からしたらそんなに長いパーティーとは思わない。
ただあと10年くらいは皆んなでやっていけると思ってたわ」
彼女はそう言って、ペンダントを見ている。
パーティー全員が身に付けていたから、パーティーの証か何かかな。
少しエモいな。
「それにもっと強くなれると思うわ。今回の依頼だって、私がもっと使える魔術を増やしていれば、結果は変わっていたかもしれない。」
「そう考えると、ガルドさんたちの引退は惜しくありませんか?」
「惜しいわよ。二人がいたから、ここまで来られたんだから」
「それでも、引き止めないんですか?」
「引き止めて、どうするの? 無理をして怪我をして、それで次に誰かが死んだら、私は二人を責められるの?」
リュカは首を振った。
「そんなことはできない。あの二人が辞めると言うなら、私達はそれを受け入れるしかないのよ」
最後にセドさん。
彼は今までの三人に比べ、一番話しづらそうにしていた。
「正直に言えば、俺は二人には残って欲しい」
「それは戦力としてってことですか?」
セドは視線を落とした。
「俺たちは11年も一緒にいたんだ。初めて受けた依頼も、初めて手に入れた報酬も、全部覚えている。ガルドが盾を壊したとき、エマが初めて大きな治癒魔術を成功させたとき、リュカが戦闘中に魔術を暴発させて髪を焦がしたときも」
「え、リュカさん髪を焦がしたんですか?」
「2度な。あの時はリュカが外に出たがらなくて、苦労したもんだよ」
セドは思い出しながら少し笑った。
「解散したらそーいうのが全部なくなる気がするんだ」
「パーティーが解散しても、皆さんの関係は変わりませんよ、きっと」
「分かっているさ。ただ。分かっているんだけどな」
セドは言葉を詰まらせた。
「今が心地良すぎて、他のことなんて全部悪く写ってしまうんだ。今を変えたくない。それだけなんだ」
私は返す言葉を見つけられなかった。
5人で歩いた道のりが、急に変わるのだ。
これから関わらなくメンバーも出てきてしまうかもしれない。
そんな不安は拭いきれない。
「セドさんは、ガルドさん達が引退すること自体に反対しているわけではないんですね」
「当たり前だ。あいつらがそうしたいなら、俺が止めるわけにはいかない。仲間だから」
「それでも今までと変わってしまうことが怖いんですね」
「あぁ」
その後何かを思うように、天井を見つめていた。
「分かりました、ご協力ありがとうございます」
私は手帳を閉じた。
そして他の2人にも聞いた質問をした。
「最後に一つだけ質問してもいいですか?」
「何だ?」
「皆さんは、11年間楽しかったですか?」
セドは目を丸くした。
それから少し呆れたように笑った。
そして他の2人と同じように答えた。
「楽しかった。俺のパーティーはここだよ」
「ありがとうございます、参考になります」
「何の参考にするんだよ」
セドさんは笑いながら部屋を後にした。
解散理由を記録するためには、そんなことを聞く必要はない。
しかしフェイ先輩はダインさんにこんな感じで聞いていた。
多分エマさんにもこうやって最後質問したのだろう。
11年間の活動が、最後の依頼に失敗したという事実だけでまとめられてしまうのは、違うと思ったのだろうか。
彼らの最後のクエストは失敗に終わった。
それでも11年間続いたこのパーティーには、一言で片付けられていいような話は一つもなかった。
その二つは、どちらも事実なのだから。
ーーーーーーーーーーーーーーー
1人1人の話を聞き終え、一旦灰羽人のパーティーの人達は帰っていた。
そして私たちはお互いの面談内容を共有した。
エマさんはこれから治癒術師としての仕事を続けるそうだ。ただ冒険者としての仕事を今回で最後にするという。
共有を終えると、彼らの申請書と報告書をまとめ始めた。
「ミレア、今回は君が報告書の方書いてごらん。僕が申請書の方まとめとくから。」
「フェイ先輩、申請書まとめるってあとサインと印魔術込めるだけじゃないですか」
この人はさりげなくサボろうとする所がムカつく。
まだ開き直った方が許せるのに。
「まだ開き直ってくれた方が許せるんですけど」
「分かった、僕は外の庭で魔術書を読んでサボっておくから、報告書まとめておいてー」
「はいはい」
あのクソは魔術書を持って、パーティー解散課の部屋を後にした。
クソな上司の下に付くと給料倍とかないのかな
私は報告書をまとめていく。
しかしパーティーの解散経緯で手が止まった。
このままだとただ岩頭獣に負けて解散したパーティーに見えてしまう。
11年も続いたパーティーで、その裏にはいろいろな事情があるのに。たった一言で終わらせたくないな。
ただ11年間の経緯を全て書くわけにはいかない。
そもそも私が知っているのはその一部に過ぎない。
そんな時、あのクソが帰ってきた。
コーフィーを2個持ちながら、脇腹に魔術書を挟んで。
「はい、これミレアのねー」
「ありがとうございます」
私はフェイ先輩が差し出してきたコーフィーを受け取り、飲みながら考え込む。
「あれ、解散経緯まだ書けてないの?」
フェイ先輩は書類を覗き込みながら、私に問いかけてくる。
「はい、たった一言で解散したって書きたくなくて。ただ全て書くわけにはいきませんし。」
フェイ先輩はコーフィーを持ちながら、自分の席に座った。
「分からないことを、分かったふりをして書かなければいい。君が聞いたこと、確認できたこと。それを整理して、必要な情報を残す。それが報告書だ」
「じゃ具体的に何を書けばいいんですか?」
「それは君の仕事だ。ただ君の見て、聞いて、書いた内容ならきっと誰が読んでも大丈夫さ。」
そう言って、フェイ先輩はコーフィーを飲み始め、魔術書を開き始めた。
いや、申請書の方やれよ。
とは思いつつ、自分の作業に戻ることにした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
翌日、5人が解散申請の認定書を受け取りに来た。
解散の確認書に署名し、共有していた財産の分配を確認する。未完了の依頼がないことを確認し、ギルドの登録を変更する。
特別なことは何もなかった。
手続きは滞りなく進んだ。
「これでパーティー灰羽人は解散となります」
フェイ先輩がそう告げると、ダインが認定書を受け取った。
「世話になった」
「案外あっけないもんだな」
ガルドは、受け取った認定書を眺めながら言った。
「十一年も続けたパーティーが、こんな紙切れ一枚で終わるのか」
「紙切れ一枚で終わるわけではありませんよ」
フェイさんは答えた。
「皆さんが十一年間続けてきたことは、ここに書いてあるわけではありません。
皆さんの歴史を私達が書類として全て保有するわけにはいきませんから。
皆さんの歴史は皆さんだけのものです。」
ガルドが顔を上げた。
ガルドが顔を上げた。
「そうか」
「なら、何のために書いているんだ?」
セドさんがフェイ先輩に質問した。
「次に同じ名前が記録されたとき、皆さんがどこから始まって、どこで終わったのかを確認できるようにするためです」
ダインは黙って書類を見つめていた。
「それに、記録があることで、皆さんの誰かが後になって不利益を被ることを防げます。未払いの報酬や、依頼の責任について、誰かに勝手なことを言われたとしても、ギルドには正式な記録が残っています」
「なるほどな」
ダインは小さく頷いた。
「それなら、意味はあるか」
セドさんも納得したように頷いた。
「はい。僕はそう思っています」
5人は立ち上がった。
そして1人1人部屋を後にしようとしていった。
まるでここからは別々の道だと言わんように。
最初にダインさんから部屋を後にした
「世話になったな、お前達。」
短い言葉で立ち去っていった。しかし
その後ろ姿でも彼が涙をこぼしていることがよくわかった。
次にガルドさん
「お前達、最高なパーティーだったぜ。また今度な」
彼らしく明るく、部屋を去っていった。
次にリュカさん
「私は魔族でこれからも長い人生があるけれど、それでも貴方達との冒険が私の宝物よ」
次にエマさん
「このパーティーに巡り会えてよかった」
最後にセドさん
「俺たちパーティーの最後を見届けてくれて、ありがとうございました」
皆んな一言一言残していって、なんか感動的だな。
そんなことを思って、部屋の前の廊下を見ると
5人肩を抱き寄せ合いながら泣いていた。
さっきのあのエモいシーンなんだったんよ。
いやエモいけども、なら最初から5人で肩抱き寄せて泣いてくれ。
彼らは肩を組み、泣きながらギルドを後にした。
パーティー『灰羽』は、十一年間の活動を終えた。
明日から、彼らは別々の道を歩む。
ガルドは治療に専念するため、まずは長年の古傷を診てもらうらしい。エマは治療所で働くために職を探す。ダイン、リュカ、セドの三人は、新しいパーティーを登録して、冒険者を続ける予定だ。
五人は、もう同じパーティーではない。
それだけのことだ。
私は、完成した解散報告書を所定の棚に収めた。
私たちの仕事は、終わりを記録することだ。
「ミレア」
隣の机から、フェイさんの声がした。
「はい?」
「次の申請が来ているよ」
新しい書類を受け取り、内容を確認する。
パーティー名は『金銀銅』。
解散理由は、メンバー間の金銭トラブル。
備考欄には、短くこう書かれていた。
『代表者以外の全員が、代表者による報酬の不正取得を主張』
私は眉をひそめた。
「…これは、また大変そうですね」
「そうかな?」
フェイさんは、どこか楽しそうに書類を覗き込んだ。
「これ、面白そうだね」
「フェイさん。人の揉め事を面白がるのは、どうかと思います」
「誤解だよ。揉め事が面白いんじゃない。人が起こす個性的なドラマが面白いんだよ」
「それを一般的には、揉め事を面白がると言うんです」
「そうかな」
フェイさんは少し考えた。
「じゃあ、そういうことにしておこう」
「これだから」
私は呆れながら、自分の席に戻った。
新しい書類を机の方に置き、目を通し始め、メモを取る、要点をまとめ始める。
今度はどんな終わりが待っているのだろうか。
さっきはフェイ先輩にあんなことを言ったが、私もまた人が起こすドラマが好きなのかもしれない。
灰羽人パーティー解散に関する報告書
報告区分: 通常パーティー解散対象: 灰羽人提出先: 冒険者ギルド管理部
1. 概要
本報告書は、冒険者パーティー「灰羽人」の解散申請について、申請に至る経緯および関係者への確認内容を記録するものである。
当該パーティーは、長期にわたり共同で依頼を遂行してきたが、一部メンバーの引退に伴い、パーティーとしての活動継続が困難であると判断したため、解散を申請した。
なお、本件は依頼の失敗や一時的な意見の相違による突発的な解散ではない。各メンバーが自身の将来とパーティーの今後について協議を重ねた結果、全員の合意のもとで決定されたものである。
2. 解散に至る経緯
当該パーティーは結成以来、複数の依頼を共同で遂行し、経験を積み重ねてきた。
活動初期には、個々の実力不足や連携の未熟さから、依頼の遂行に苦慮する場面もあった。しかし、メンバー間で役割分担や戦闘方針を見直し、失敗から得た教訓を次の依頼へと生かすことで、徐々に安定した活動を実現してきた。
その過程では、依頼の成功だけでなく、判断の誤りや予想外の事態に直面したこともあった。それらを乗り越える中で、メンバー間には単なる仕事上の協力関係を超えた信頼が形成されていった。
しかし、活動を続ける中で、各メンバーの将来に対する考え方や、冒険者として目指す方向にも変化が生じた。
協議の結果、一部メンバーが冒険者としての活動を引退する意向を示した。残るメンバーによる活動継続も検討されたが、これまでの連携や役割分担を維持することは難しく、従来と同じ形でパーティーを存続させることは現実的ではないとの結論に至った。
新たなメンバーを募集し、再編成する案についても検討されたものの、当該パーティーが長年培ってきた連携は、単純に人数を補充するだけで再現できるものではなかった。
以上の経緯から、メンバーはパーティーとしての活動に区切りをつけることを決定した。
3. 解散に関する所見
本件について確認した限り、当該パーティーが困難を前にして安易に活動を放棄したと判断できる事情は認められない。
むしろ、長期にわたる活動の中で各メンバーが果たしてきた役割、築き上げた信頼関係、そして今後の人生に対する考えを踏まえたうえで、慎重に判断されたものと考えられる。
パーティーの継続のみを目的とするのであれば、再編成という選択肢も存在した。しかし、メンバーにとって重要だったのは、パーティーの名称や登録上の存続だけではなく、共に活動してきた仲間と築き上げた関係、そして自分たちが納得できる形で活動を終えることであった。
冒険者としての活動を続けることだけが、これまでの努力を肯定する唯一の方法ではない。
本パーティーの解散は、これまでの活動を否定するものではなく、それぞれが歩んできた道と、共に過ごした時間を踏まえたうえでの決断である。
4. 結論
以上の確認内容を踏まえ、本件の解散申請は、メンバー間の協議に基づく正当な活動終了として取り扱うことが妥当であると判断する。
当該パーティーは解散するものの、これまで遂行してきた依頼の実績および活動記録については、ギルドの規定に従い、適切に保管するものとする。
なお、本報告書は解散に至る経緯を記録するものであり、当該パーティーの活動実績や各メンバーの冒険者としての評価を、解散のみを理由として変更するものではない。




