居心地のいい監獄
時間は21:23。
車内で抱き合ったりキスを交わしてるうちにすっかりと遅くなってしまった。
「隆弘、一応おかずもご飯もあるのだけど…どうする?もたれちゃうかな…。」
カウンターキッチンには手作りのおかずがラップにくるまれて家主の帰宅を待っていた。
「いや。食うよ。だし巻きがあるじゃないか!綾子はどうする?」
と隆弘は目を輝かせた。綾子のだし巻き卵。隆弘の大好物だ。
「そうね、少しだけ。温めてくる。」
短く返答しておかずをレンジにかける。
「おーい、だし巻きは冷たいままでもいいぞ。甘みが強く感じるからね。」
少しはしゃいだように見える隆弘にクスリと笑みがこぼれる。
「はいはい。じゃあだし巻きだけおさきにどうぞ。」
綾子はだし巻き卵と隆弘の箸だけ用意して、おかずを手際よく温め始めた。
今日は焼き鮭、わかめと豆腐の味噌汁、それに空芯菜の炒めもの。空芯菜の炒めものは常備菜だ。
「うん、やっぱりうまい。綾子のだし巻きが世界一うまい。」
だし巻き卵を口に含んだまま、隆弘は満足げにご飯も頬張る。
「大げさよ、もう。」
そう言いながらもまんざらではない綾子も少しずつ箸を進めていく。
「綾子、これやるよ。」と隆弘が箸で差し出したのは、鮭の皮。鮭は捨てるところがない。
特に皮は綾子の大好物だった。
「お行儀が悪いわよ。」といいながらも綾子はそのまま差し出された鮭の皮を口まで運んでもらった。
パリパリの食感がたまらない。
幸せな夕餉が終わって、シャワーを終えた綾子が髪をタオルで拭きながら隆弘に言った。
「お湯、先に頂いてごめんなさい。隆弘も入ってきたら?」
見るともなく流していたTVを消して隆弘が立ち上がる。
「そうしようかな。それと…」
少しモジモジしたように耳打ちする。
「今夜、いいかな。もちろん綾子が疲れていなければなんだけど…。」
嗚呼。この人のこういうところがたまらなくかわいい。そう思いながら頬にキスをして返事を返した。
深夜。
隆弘の腕の中でふと目を覚ました。
昼間の出来事が脳裏に浮かぶ。
二人で選んだアンティークの鳩時計は、午前1時すぎを指していた。
(過去視、か…)
過去を視ることなんて本当にできるのだろうか。
もし⸺できるのなら。
私のこの夢遊病も治るのではないか。
毎朝バスルームやクローゼット、キッチンなど様々なところで目を覚ますのは、さすがに3年も続くと辟易してくる。
綾子が外を徘徊することのないよう、ドアには南京錠も取り付けられている。DIYの得意な隆弘がつけた鍵だ。
(私の、過去…私にもわからない領域…)
綾子はオカルトや超自然的なことは信じないタイプだった。だが今は藁にも縋りたい気持ちだった。
(柊さん、もしあの人が私の記憶を読めるなら⸺)
と、隆弘が寝返りを打った。あわててその腕の中に潜り込み直す。
(もう、今日は何も考えないで寝てしまおう。)
願わくば、このまま隆弘の腕の中で⸺。
そう思いながら、綾子はまた眠りの世界に落ちていった。




