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夢の監獄  作者: 杜 妃湖
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対峙

旧崎山こども園跡地へ向かう車中。綾子はただ前を見据えたまま座っていた。柊との会話は皆無に等しい。

(⸺この人の決意と、思考を妨げてはならない)

柊はそう思い無言を貫く。

雨上がりの道、対向車が派手に水飛沫をあげてゆく。

それでも綾子は眉一つ動かさない。

(あなたは本当に…本当に強くなった)

柊はふぅ、と息をつくとハンドルを強く握り直す。


旧崎山こども園跡地は、間近に迫っていた。


雲に隠されていた月が1台の車を照らす。

「綾子ちゃん、遊びましょ…俺はここだよ、綾子。」

うっとりと目を瞑りながら己の下半身を弄る隆弘を、叶恵は震えながら見つめていた。

と。

ぐるり、と隆弘が振り返る。思わず叶恵の体はびくり、と跳ねる。

「叶恵ちゃん、何して遊ぼうか?ノクターンを弾いてそれからかくれんぼ?鬼ごっこ?綾子と遊ぶの、俺本当に楽しみなんだよ。だからこんなとこまでやってきたんだ。そしてほら⸺こんなことになっちゃった!」

隆弘はズボンのファスナーを下ろすと躊躇うことなく男性器を露出させた。

⸺隆弘のソレは、禍々しいまでに怒張していた。

叶恵は思わず目を逸らす。その顔からはどんどん血の気が引いていく。

「叶恵ちゃんはかわいいなぁ…でもこれは君にはつかわないよ。すべて、すべて綾子と遊ぶために使うんだ」

(お姉ちゃん⸺だめ…!来ちゃだめよ…!!)


ただその祈りは虚しく、ケタケタと嗤う隆弘の声に消し去られていった。



「⸺あの人の車…いるのね…ここに…。」

ようやく綾子が口を開く。

旧崎山こども園跡地より少し離れたところに車を停めた二人はそっと隆弘の車に近寄る。人影はない。

そっと中を覗き込む。運転席にも、助手席にも、そして後部座席にも人影はない。

綾子が恐る恐る、トランクに回ったときだった。

トランクにメモが貼ってある。

そっとその文字を読む。


present for you 愛する綾子へ


嫌な予感がよぎり、急いでトランクを開ける。

そこには両手を後ろに縛られ、両足も拘束され、更には口にガムテープを貼られた叶恵が横たわっていた。

「叶恵ちゃん!なんてこと…待ってて、すぐに解くから!!」

叶恵はムームーと言葉にならない言葉を発している。

綾子は急いで、そして慎重にガムテープを剥がしていく。

その時だった。

何かが空気を切り裂き振り下ろされる鋭い音と、「ぐっ…」といううめき声。

「綾子お姉ちゃん、逃げて!!」

口に貼られた戒めを解かれた叶恵が叫ぶ。

後ろを振り返ると、そこには隆弘が恍惚とした表情を浮かべて立っていた。足元には柊が苦悶の表情で倒れている。

「見つけたよ、俺の綾子。さあおいで。」

「あなたは…ッ!!なんてことを…!!悪いのは皆私よ!!叶恵ちゃんは無関係でしょう!」

そう激昂する綾子を見ると隆弘はケタケタと笑いだした。

「ちゃあんとわかってるんだね、綾子。でもね、悪い子にはお仕置きが必要なんだよ」

倒れていた柊がやっとのことで頭を上げる。その頭からはどくどくと血が流れていた。

「だめ…だ…綾子…さん…そいつは…」

と、その瞬間。

体が爆ぜるような衝動。一気に体から力が抜けてゆく。

「綾子お姉ちゃん!!」叶恵の悲痛な叫びが遠くなっていく。


「お仕置きの前に少しおねんねだ、綾子」

隆弘の手にはスタンガンが握られていた。


「う…」

綾子が目を覚ますとそこには赤く「売地」の文字。

ふと、自分を包むであろう湿った土の感触が遠いことに気づく。

綾子は上等な毛皮のラグの上に、後ろ手に縛られて寝かされていた。

「綾子お姉ちゃん!!」

悲鳴のする方を見る。そこには警棒を喉元に突きつけられた叶恵が隆弘に抱えられていた。

「叶恵ちゃん!!」思わず叫ぶと頭にズキン、と痛みが走る。

「綾子。改造スタンガンの最大出力を君に食らわせたんだ。まだ立てないだろう?無理はいけないよ」

クックッと笑いを漏らしながら隆弘が綾子に語りかける。

「叶恵ちゃんを離しなさい。その子のお腹には新しい命が宿ってるの。叶恵ちゃんを解放するのよ、隆弘」

綾子は転がったまま隆弘を睨みつける。

それを聞いた隆弘は、「へぇ」と一言発すると叶恵の喉元に突きつけた警棒を彼女の腹にツツ、と滑らせていく。叶恵の顔がサッと青ざめる。


「やめなさい。彼女を解放するの。私の負けよ。なんでも言うことを聞く」

チラと視線を走らせると柊もまた後ろ手に縛られて泥まみれで空き地に転がされていた。

「なんでも言うことを聞く?そう言ったね、綾子?」

隆弘の問いに綾子は答える。

「言ったわ。好きにしてくれて構わない。憎いなら殺せばいいわ。でも、その前に叶恵ちゃんを解放して。叶恵ちゃんを解放してくれないのなら、私はここで舌を噛み切るわ」

少しの静寂。


「いいだろう。君に死なれちゃ困る。おいたの罰も受けないで楽になろうなんて、虫が良すぎるだろう?」

そう言って隆弘は叶恵の拘束を解く。


「お姉ちゃん…!!」顔をぐしゃぐしゃにした叶恵が駆け寄る。

「怖かったわね…ごめんなさい…」と綾子が優しい眼差しを向けると叶恵は堰を切ったようにボロボロと涙を流す。

「お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん…!!」

「私は大丈夫よ。叶恵ちゃん。心配いらないわ」

叶恵を宥めるように、慰めるように労りの眼差しを向ける。そして綾子は隆弘には気づかれぬよう何か叶恵に囁くと「帰りなさい。洋平ちゃんが待ってる」と叶恵を促した。


「友情ごっこは済んだかな?」と隆弘が近寄ってくる。

弾かれたように叶恵が夜道を駆けて行くのを見ると、綾子は「ええ。」と短く答えてじっと隆弘を見据えた。

「約束は守る。好きにするといいわ」


空には月の光を遮るようにまた叢雲がざわざわと音もなく群がり始めていた。

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