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夢の監獄  作者: 杜 妃湖
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老獪なる騎士とオルレアンの乙女

「むうぅっ…んんー!んんんー!!」

隆弘は後部座席に横たわるそれ⸺叶恵を見やる。

「んんん!!んー!!!」

叶恵は後ろ手に縛り上げられ、両足も拘束されていた。

口にはガムテープ。

顔を真っ赤にしながらムームーと言葉にならない言葉を発し続けている。


隆弘はリクライニングシートを倒すと叶恵に近寄り

「ノクターンは弾けるようになったのかな?」と乱暴にガムテープを剥がす。

「隆弘…お兄ちゃんなんでしょう?どうしてこんなことするの!?」苦痛に歪んだ顔で叶恵はキッと隆弘を睨みつける。

隆弘はクスクスと笑うと叶恵の前髪を掴み吐き捨てるように言った。

「それは、君が悪いんじゃないかな?シスター。君はこの迷える子羊に手を差し伸べなかった。そうだろう?これは罰だよ、シスター。」

その目には一切の感情が宿っていない。

叶恵の背筋にゾクリ、と冷たいものが走る。

それは最早、幼い自分にノクターンを披露してくれた優しい「お兄ちゃん」ではない。

隆弘はシートをもとの位置に戻すとそれは楽しそうに歌いだした。

「迷子の迷子の綾子ちゃん、あなたのおうちはどこですか…♪」

(⸺狂ってる⸺綾子お姉ちゃん、来ないで…来ちゃだめ…!!)

叶恵はただひたすらに祈ることしかできなかった。


その頃聖マリアンナこども園では涙の跡が痛々しく残る子どもたちが眠りについていた。

「柊さん、あなたが薬剤師で良かった。」

と洋平がポツリと言葉を発する。その手には子ども用の風邪シロップが握られている。

「15歳未満の子どもに、睡眠薬の投与は危険を伴うんです。自然と眠気を誘発するにはこれしかないと思いまして。」と柊は答える。

一方で綾子は子どもたちの頬に残る涙の痕をそっと、起こさぬように拭いていく。そして小さな声で呟く。

「ごめんなさい…」


「綾子さん」柊が綾子を呼ぶ。

子どもたちの寝室をそっと後にすると綾子と柊は洋平の待つエントランスに向かった。


「綾子姉ちゃん。」洋平が口を開く。

「俺が行く。叶恵は俺の…フィアンセなんだ…それに…」目を伏せながら沈痛な面持ちで続ける。

「叶恵のお腹の中には…俺の…子供が…」

(⸺なんてことなの…叶恵ちゃん…私がすべての災厄を招いてしまった…)綾子は青ざめてカタカタと震えだす。

「待ってください」

柊が洋平を制する。

「洋平さん、あなたが行ったところで何も解決しない。あちらの要求は俺と綾子さんだ。それに、あなたが行ってしまったら誰が子どもたちを守るんですか?」

沈黙。

洋平は拳を握りしめながら震えている。

(私、私は…)綾子は必死で思考を巡らせる。

ゆっくりと呼吸を整え、目を瞑る。

(最適解を導き出すのよ、綾子。どうしたらあの人の暴走を止めることができるのか。)

そして目を開くと一言。


「洋平ちゃん。あなたはここで待っていて。私と柊さんが必ず叶恵ちゃんを取り戻す。必ず。」

その目には揺るぎない決心が宿っていた。

いつの間にか雷雨は過ぎ去っていた。


「行きましょう、柊さん。」

綾子はコートを羽織ると柊を促す。柊もまた頷いて車のキーを取り出す。

「綾子姉ちゃん…」

後ろから不安そうな洋平の声。

唇を噛み締め、青ざめて震えている。

綾子はそんな洋平の両頬を両手で包むと、軽くパチ、と頬を叩いた。

「洋平ちゃん。お父さんに、なるのでしょう?」

洋平は頷く。

「なら、震えるのをやめなさい。叶恵ちゃんは帰ってくる。信じて。お父さんはね、いつだってどっしりと待っているものなのよ。」綾子は洋平の目をじっと見つめる。その迷いのない眼差しを見て、洋平はようやく決意した。

「お願いします。綾子姉ちゃん。柊さん。叶恵と俺の子を⸺どうか⸺」洋平の震えは止まっていた。


「なにか策はあるんですか、綾子さん」

車に乗り込むやいなや柊が綾子に尋ねる。

綾子はまっすぐに前を見据えたまま答える。

「はっきり言ってノープランよ。でも⸺あの人のことはあの人の次に、私がよく知ってる。そこをうまく突けば、或いは⸺なんとかなるかもしれないわ。」


(今までの綾子さんじゃない…それはここに来るまでの間にも感じていたけれど⸺)


そこにはもう泣くことも、惑うことも、震えることも捨てた、一人の女がいた。

⸺ジャンヌ・ダルク。聖騎士の少女を彷彿とさせる横顔を見ると柊はエンジンをかけ、一路旧崎山こども園跡地に向かった。


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