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夢の監獄  作者: 杜 妃湖
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遠雷

「天にまします我らの父よ、ねがわくはみ名をあがめさせたまえ。

み国を来らせたまえ。

みこころの天になるごとく 地にもなさせたまえ。

我らの日用の糧を、今日も与えたまえ。

我らに罪をおかす者を 我らがゆるすごとく、我らの罪をもゆるしたまえ。

我らをこころみにあわせず、悪より救い出したまえ。

国とちからと栄えとは 限りなくなんじのものなればなり。

アーメン。」

小さな祈りが響くこども園の食堂。

叶恵が「はい、よくできました。それでは、いただきます」と言うと子どもたちは一斉にいただきます!と手を合わせて出された食事を頬張る。

平穏なこども園の平穏な朝食風景。

綾子と柊もそこに同席していた。

綾子は好奇心旺盛な子どもたちに質問攻めにあっていた。

東京ってどんなところ?お姉ちゃんは何をしてる人?叶恵お姉ちゃんとお友達なの?

綾子はその一つ一つに微笑みを浮かべながら答え、ときに子どもらの頭を撫でている。

洋平が叶恵に「綾子姉ちゃんのほうが、シスター向いてるかもな」と意地悪そうに言うと叶恵は頬を膨らませて「うるさい!洋平こそさっさと受験勉強始めたらどうなの?いつまで見習いでいる気よ?お父様もお母様もそれはそれは首を長ーくしてまっているんですけど?」と返す。

そう、牧師になるためには神学校を出なければならない。痛いところを突かれた洋平はぐ、と黙り込む。

そこに子どもたちがやってきてわいわいと洋平をからかっていく。

綾子はそれを見て、クスクスと笑う。


はた、と柊と視線がぶつかる。と互いにサッと目を逸らす。

(やっぱり…気まずいわね…)

綾子は昨夜の柊の告白を思い出していた。

全てと決別すべく指輪も外してきた。

愛想を尽かされてもいいように離婚届も。

それでも、どうしても綾子の心には隆弘の影がよぎる。


(あの人の⸺隆弘の優しさがもし偽りだったとしても…私はどうしようもなく隆弘のことを愛してる…)


柊もまた思いを巡らせていた。

(あのとき、口づけていたら…それこそ決定的に理性が瓦解していたかも知れない。これで良かったんだ⸺これで…)


叶恵は複雑な思いでそんな二人を見つめていたが、食事が終わりに近づいているのを確認すると手を2回パンパンと鳴らし、子どもたちに告げる。

「はい、皆さん。全て残さず食べましたか?今日このあと、何があるかちゃんと覚えていますか?」

はい、と中でも年長の少女が手を上げる。

「収穫祭に向けて、畑のお手入れと収穫です。」

叶恵は頷くと、再び子どもらに語りかける。

「そうです。収穫祭が間近に迫っていますね?今日は皆で畑の作業です。みんな、しっかりやれますね?」


あちこちで幼い声がはい!と響く。

「では、あなた達の血肉となったすべてのものたちに感謝を。ごちそうさまでした。」

再び幼い声がごちそうさまでした!と響いた。


子どもたちはめいめい身支度をすると、敷地内の南側にある畑に駆け出していった。


「叶恵ちゃん」綾子は叶恵に話しかける。

「差し支えなければなんだけど…その…私も農作業、やってみてもいいかしら?ただお邪魔してるだけっていうのも申し訳ないし…」

綾子がそう言うと叶恵はパッと顔を輝かせる。

「もちろん!子どもたちも喜ぶわ!柊さんもいかが?」

と柊にも話を持ちかける。

柊は笑いながら「やらせてください。土に触れるっていうのは精神医学的にもとてもいいことなんです。」と答える。

「決まりね。洋平、二人にグローブとエプロンを用意してあげて。長靴もあったはずよ。」叶恵がそう言うと洋平は「じゃあお二人はこちらへ。今すぐ用意しますから。」と立ち去って行った。

叶恵もまた「じゃあ、私も支度があるから。洋平から色々と受け取ったら、裏庭にある畑に来てくれる?」と去っていった。


気まずい。

二人きりにされてしまってとても気まずい空気が流れる。

何とか空気を変えたい。

「「あの」」

といつかの喫茶店のように二人同時に声を発して、一瞬の間。

「フフッ…!」先に笑いだしたのは綾子の方だった。

つられて柊も照れ臭そうに笑う。

長靴とシャベル、それからグローブとエプロンを抱えて戻ってきた洋平が見たのは、それはとても可笑しそうに笑う二人だった。


農作業、と単純に言ってもそれはとても重労働だった。

子どもたちも一生懸命に芋を掘り出したり、肥料を撒いたりと汗を流している。

その中、「キャッ!」と短い悲鳴が上がる。

悲鳴の主は綾子だった。

「綾子さん?」と柊が近寄ると、綾子は今まで自分が作業をしていたところを指差しながら「そこ、そこに…大っきい…芋虫が…」と涙目になっている。

柊が覗き込むと、そこには尾角をピコピコと動かしながら逃げ惑う芋虫が居た。

柊はそれをつまみ上げると「お前か。芋畑にはつきものだよな。」とそっと土の中に返してやった。

「毒はありません。あれはセスジスズメの終齢幼虫⸺しかも蛹化寸前のものです。あいつらはとにかく芋の葉を食うんで、芋掘りしてると出てきたりするんですよ。」

と説明を終えた瞬間、子どもたちがワッと寄ってきた。

「お兄ちゃんすげー!昆虫はかせ!?」

「え、ねえじゃあこれは?これは?」

と虫を見つけて持ってくる子どもたちに今度は柊が質問攻めにされていた。


と、頬にポツリ、と冷たいものが当たる。

「いけない、一雨来そう。」叶恵はそう言うとパンパンと手を叩き子どもたちに告げる。

「雨が来ます。さあ、あなたたちは戻ってよく手を洗うこと。道具は元の場所に。急いで!」

子どもたちがワッと駆け出すとにわかにザァっと雨が降りだした。

山の向こうに光るものが見える。

「綾子おねえちゃん、柊さんも早く!濡れちゃう!」叶恵に急かせれて二人も園内に戻る。

雨が激しさを増す頃には遠くに雷が鳴っていた。


それはなにか不吉な予感を含むように、低くゴロゴロと唸りをあげていた。

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