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夢の監獄  作者: 杜 妃湖
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モイライは夜空に微笑みかける

(まぁ、そうなるよな…)

柊は居室として通された部屋でぼんやりと高い天井を見上げていた。

「今日は遅いから泊まって行って。一応お客様用のお部屋もいくつかあるの。」叶恵にそう言って通された部屋。

「あ、綾子お姉ちゃんは私と一緒ね!積もる話もあるし。柊さん、子どもたちを起こしさえしなければどこを見て頂いてもかまわないから」


そりゃそうだ。

いい年の男女、それも恋仲ではない二人が同室なんてことはありえない。

「ガールズトーク、ってやつか…」

ぽそりと呟き窓辺に置かれた小さなキリスト像を見る。

当たり前だがそれがなんの慰めにもならないことは、よく理解していた。


しかし、今日は疲れた。綾子の前でああは言ったものの、軽自動車で高速をひた走ること2時間半ほど。さらに下道を小一時間。

自然と眠気が襲ってくる。柊は清潔なシーツのに上等な毛布のかけられたベッドに横になると、眠りに落ちていった。



コンコン。

小さな、本当ににごく小さなノックの音。

柊は目を覚ました。時刻は深夜2時を回っていた。


急いでめがねをかけてドアを開けると、そこには綾子が立っていた。

「ごめんなさい、こんな夜中に…眠れなくて。メッセージを送ったけど既読にならないから…起こしちゃったわよね…」

小声で綾子はそう言うとしゅん、と俯く。

「いえ」柊は短く答えると「仮眠程度には眠れたんで大丈夫です。それで、なんのご用で?」と綾子を見る。

「叶恵ちゃんがね、もし起きていたら見て欲しいものがあるって言うの。その、運転任せっきりだったし…無理にとは言わないけど…」

「いえ、行きます。なんだろう、興味深いな。」柊は答えるとジャケットを羽織り、居室のドアをそっと閉めて綾子についていった。

二人は中庭へと向かう。薄明かりの中磨き上げられた白い壁と手すりがぼんやりと浮かび上がる。

中庭に続くドアを開けた瞬間、コオロギやヤブキリ、鈴虫たちの鳴き声が一斉に飛び込んでくる。

「見て」と綾子が空を指差す。


そこには、都会では見られない満天の星空が広がっていた。ペガスス、アンドロメダ、カシオペヤ。瞬いては光り、チラチラと輝く星々。

「きれい…」うっとりと見上げる綾子の横顔を柊はみつめる。寒さのせいか少し紅潮した頬。

柊もまた夜空を見上げる。

「これは…都内ではとても見られませんね…すごい…」


暫しの間夜空を見上げていたが、綾子が思い切ったように口を開く。

「柊さん」

柊が綾子の方に向き直ると綾子は頭を下げながらこう告げた。

「ごめんなさい。叶恵ちゃんに全て、全て打ち明けてしまったわ。」

少し震える肩。俯いて伏し目がちになっているその睫毛も震えている。

綾子は続ける。

「だめね…あの子には隠し事なんてできない。でもね」綾子は顔を上げて続ける。

「叶恵ちゃん、私を抱きしめてくれた。お姉ちゃん辛かったんだね、って。そんな権利、私にないのに…あの人を裏切って、あなたを巻き添えにして。そんな私に慰めなんて…。」

綾子の目には涙が浮かんでいた。


「綾子さん」柊はゆっくりと口を開いた。

「あなたはなにも悪くない。俺は俺の意思でここまで来た。言ったじゃないですか、共犯者だって。」

そっと手を伸ばして綾子の瞳からこぼれ落ちそうな涙を拭う。


ひと呼吸。


そして意を決したように柊は綾子にこう言った。

「綾子さん、俺は⸺あなたが好きです」

取り返しのつかない言葉。それはもう放たれてしまった。

綾子は吃驚したように目を丸くしている。

柊は続ける。

「あなたが、誰を一番愛し大切に思っているかは承知の上です。それでも言わずにはいられなかった。俺は綾子さんが、あなたのことが好きです。」


そして、まっすぐに綾子を見つめる。

狼狽えてさらに紅潮した頬。

少し困ったように下げた眉。

そのどれもが愛おしい。

意図せず、綾子の頬に触れる。

ピクン、と軽く跳ねる肩。

その肩を優しくさすり、柊は綾子をそっと抱きしめる。

「綾子さん⸺」

熱の篭った声。

そして少しだけ体を離すと綾子は薄く微笑んだ。

「ありがとう、柊さん。そうね…報酬は、払わなければならないわね…」

そう言って目を閉じ、柊を受け入れようとした。

唇が重なり合おうとする刹那⸺

(違う、だめだ⸺)

柊は綾子の体を自分から遠ざけ、

「すみません」と頭を下げた。

「俺、そういうつもりじゃないんです。報酬とか⸺悲しいこと言わないでください。言ったでしょう?俺はあなたが好きだと。だから、あなたにそんな顔させたくない」そう言うと柊は中庭のドアを開け、「戻りましょう。風邪を引きます。」と綾子を促した。


二人が戻っていくのを柱の影から見つめる瞳。叶恵だった。

(綾子お姉ちゃん…主に仕えるものとして不貞は許してはならない、けど)

叶恵は小さくため息をついた。

(主がお許しにならないのならば、私が許すわ…綾子お姉ちゃん…どうかあなたが幸せでありますように…)


その小さな祈りは、冷え冷えとした廊下に吸い込まれて行った。


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