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夢の監獄  作者: 杜 妃湖
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ラブレターと祝福

最愛のあなたへ

ごめんなさい。あなたが弱っているときだというのに、私は少し旅に出ます。あなたと私が出逢った、そして私たちが生まれ育ったあの場所に。必ず帰ります。だけど、もしも私がどうしても許せないなら同封した離婚届にサインをしてくれても構いません。ただ、これだけは言わせて。私は今でもそしてこれからもずっと、ずっとあなたを愛してる。それだけは揺らぎようのない事実で、私の本心です。あなたが信じてくれようとくれまいと、愛しています。もしもあなたが私を許してくれるのなら、その時までこれは預かっておいてください。 綾子



やや右肩上がりの美しい文字で綴られた薄いピンクのレターセット。

中にはつい昨日まで綾子の左手の薬指に光っていた指輪が、オーガンジーの小さな袋に入れられて同封されていた。

二人で選んだ指輪。

ひと粒石だと落下しやすいからと、細かいダイヤが埋め込まれた、プラチナの指輪。

裏にはfrom T to A の刻印。


それを握りしめて隆弘は自宅へと帰還した。

キッチンのカウンターには、二人の笑顔の写真。隆弘はそれに口付けるとそっと元の場所に戻し、そして写真の中の綾子に微笑んだ。

「逃さないよ、俺の綾子。」

そして身支度を整えると車に乗り込み、一路高速道を目指した。



「これで、良かったのよね…」

綾子を乗せた柊の車は関越自動車道をひた走っていた。車内には最低限のものしか積まれていない。地図、毛布、食料。

先日の散らかった車内とは大違いだった。

「⸺後悔、してますか?」柊が尋ねる。

綾子はそっと目を閉じ、そしてそっと開いて答える。

「いいえ」短く一言。

「俺もです。実は俺、長谷川先生のところに退職届出してきました。今頃先生のご自宅に届いているんじゃないかな。」

綾子は吃驚して「柊さん⸺あなた…何もそこまで…」と震える声を振り絞る。

「⸺いいんです。綾子さん、あなたは下手をしたら何もかも失いかねない。それはフェアじゃない。俺だけぬくぬくと元の場所に戻るなんて。ここまで来たら一蓮托生です。」


笑いながら答える柊に綾子は「そう…そうなのかしらね…私達もう、共犯者ですものね…」と力なく微笑んだ。


二人を載せた車はT崎インターチェンジまでほど近いところまで来ていた。

「電話をしてもいいかしら。結局バタバタでまだ聖マリアンナこども園に連絡が取れてないの」と綾子が二人の専用端末を取り出す。

「もちろん。アポはあったほうがいい。どうぞ」と柊はカーステレオのボリュームを絞る。

綾子は震える指先で電話番号をひとつ、ひとつ正確に押していく。

プルルル、という呼び出し音が何回か。

そして「はい、聖マリアンナこども園です」の声が鼓膜に響く。綾子よりずっと若い、二十歳前後の女性の声。

「もしもし、あの、私⸺そちらが崎山こども園だった頃に在籍していた者なのですが…この度G県に立ち寄る用事ができまして…ええ、はい…名前…早乙女綾子と申します。そちらにいた頃は橘でした。はい、柑橘の橘の字です。」


しばしの静寂。


「…綾子お姉ちゃん…?綾子お姉ちゃんなの…?」

電話の先の声は震えている。

綾子は必死に記憶をたどる。この声は…そうだ、この声は。鮮明に蘇る記憶。おずおずとあの人⸺隆弘に、「ノクターンを弾いて、お兄ちゃん」とねだった少女。


「叶恵ちゃん…?」震える声で名を呼ぶと電話先の声がパッと明るくなる。

「綾子お姉ちゃん!!やっぱり綾子お姉ちゃんなんだ!!お姉ちゃん…元気だった?私、ずっと会いたくて…」すすり泣く声。

綾子の目にも涙が溜まってゆき、そして頬を濡らす。

「元気よ…叶恵ちゃん…。ごめんなさいね…東京に行ってから私、全然会いに行けなくて…本当にごめんなさい…」

「仕方ないよ…遠いもん。でも私、いつかこんな日が来るんじゃないかって思っていたの。ああ、主よ、あなたのお導きに感謝します…」


二人のやり取りを柊は黙って聞いていた。

無理もない、16年ぶりの邂逅なのだ。


「お姉ちゃん、私ね。」と電話先の叶恵が切り出す。

「お姉ちゃんが卒業したあとすぐに、このあたりの地主さんの次男夫婦、うん、今のお母様とお父様。そう、引き取られたの。子供がなかなか出来なくて、それで園に足を運んだら私だってピンと来たんだって。お父様もお母様も、そしてお祖父様たちも経験なクリスチャンでね。私の名前⸺そう、叶恵っていう文字を見てこの子だって思ったんだって。」


「そう、そうなのね…。叶恵ちゃんは幸せなのね…。」綾子はハンカチで涙を拭いながら時折頷きながら話を聞いている。

その様子を柊は横目でチラ、と見る。

(ああ、この人はどうして⸺こんなに美しく泣くのだろう)


「うん…うん…分かった。お言葉に甘えさせていただくわ。それじゃ。」

綾子は電話を切ると柊の方に向き直り興奮気味に伝えた。

「私が卒業したとき、まだ小学生だった子がね、園でシスター見習いをしているらしいの。柊さん、南町の代橋駅を目指せるかしら。そこまで迎えに来てくれるって」


「わかりました。思わぬ収穫ですね。次で高速を降ります」

柊が左車線に寄るとその横を待ち構えたかのように大型トラックが轟音と共に走り抜けていった。

だが、綾子にはそれは不快ではなく⸺むしろ天使の喇叭のように聞こえていた。

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