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夢の監獄  作者: 杜 妃湖
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calling

自室に戻った柊は先程までの出来事を反芻していた。


「聞かせてちょうだい。あなたのプランを。」

あの人は確かにそう言った。揺るぎない眼差し。

現実感がない。

一通り綾子に説明はしてきたものの、何処か思考はふわふわとしている。

ふと、テーブルの上に置かれたハンカチに目が留まる。

昨夜、あの人が自分の頬を叩いたあと泣きながら手渡したハンカチ。

神聖なものに触れるように、そっと手を伸ばす。

柔らかなガーゼ素材のそれは、ふわり、と柊の指先を包み込む。

(回り出した、何もかもが。もう戻れないぞ。)


柊は大きく息を吸ったあと、ふぅ、と吐き出すと狭いワンルームに散らかるコーラの缶を集め始めた。

洗濯物をまとめ、洗濯機にぶち込み、回す。

それは数日の間ここを不在にする決意の表れであった。


一方綾子は荷物をまとめていた。

隆弘と自分の愛の巣。

そこを離れることを考えると、胸がチリチリと痛む。

でも、決めたのだ。

過去と向き合いすべての決着をつけると。

と、その時スマートフォンが鳴った。

「ええ、はい。そうです。よろしくお願いします。すべての段取りは明日に。はい。お待ちしてます。」

ごく事務的に応答すると、綾子はソファ、浴室、クローゼット、キッチンと家の中をゆっくりと歩く。そして愛おしそうに全てに触れ、目を瞑る。

(ごめんね…決着がついたら必ず戻るから…あの人が受け入れさえしてくれれば、だけど。)


そして綾子は隆弘のガウンを羽織ると、愛おしそうに自らを抱きしめ、眠りについた。



翌朝。

秀峰会総合病院西棟607号室。

隆弘は綾子の「また明日も来るから」の言葉を思い出していた。

(綾子…夜中にコンビニなんて悪い子だ。風邪でもひいたらどうする)

隆弘の手の中にはスマートフォン。

綾子の鍵のキーホルダーに隠されたGPSはこちらに向かっている。

(もうすぐ会えるね。綾子。)

クックッと笑いがこみ上げる。

GPSはもう間近に迫っている。

コンコン、とノックが二回。

隆弘は献身的な夫の顔をして「どうぞ」と入室を促す。


「失礼します」

聞き馴染みのない声。思わずカーテンを開けて声のした方向を見る。

そこには全く知らない中年の女性が立っていた。

「早乙女隆弘さん、ですね。」

問いかけられて隆弘はどぎまぎしながら答える。

「そうですが…あの…あなたは…?」

中年の女性は不思議そうな顔をして、

「奥様からお聞きになっていないので?」と返す。

「私、大友ハウスキーパー株式会社より派遣されました、蕨と申します。奥様は体調を崩されまして、代わりに私がご主人のお着替えをお持ちしました。」

蕨と名乗ったその女性は淡々と持ち帰り洗うものと新しい下着類を備え付けの戸棚に入れ替えていく。

そして全く意味がわからないと言った顔の隆弘に封書を渡す。

「奥様からです。お疲れのないときに読んでいただきたいと。それでは私はこれで。」

ペコリ、と頭を下げると蕨は病室をあとにした。

ハウスキーパー?そんなことは一言も聞いていない。

慌ててスマートフォンのメッセージアプリを開くがそんなやり取りは残されていない。

隆弘は戸惑いを隠せぬまま、そのまま綾子に電話をかける。プップップッ、と機械音がなったあとに無慈悲なアナウンスが流れた。

「おかけになった電話は、電波の届かないところにあるか電源がはいっていません⸺」


(綾子。何をしている。何処にいるんだ。)

隆弘は先程蕨から差し出された封書を手に取ると中身を取り出す。そこには手紙と一枚の紙が入っていた。

それを目にした瞬間、隆弘はまるで獣のように叫び⸺そして嗤い出した。

「許さないよ、綾子。おいたがすぎる子にはお仕置きが必要だな」

その目には怒りと、確かな狂気が宿っていた。


昼の検診の時間。607号室を看護師がノックする。

「早乙女さん、検診です」

返事はない。

「寝てるかしら…失礼します」とドアレバーを引いた看護師はサッと青ざめてナースステーションに走り出した。

そこには無人のベッドと無理やり引き抜かれた点滴。そして破り捨てられた離婚届が散乱していた。



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