猛暑の邂逅 2
柊の過去視の能力が明らかになります。
「は…?今、なんて仰いました?」
唐突な柊の発言に隆弘が強張った声で返す。
少しの警戒と牽制を兼ねたような声に、思わず綾子はびくりとした。
「ですから、主治医の長谷川先生と僕とで綾子さんにお話があるんです。ご主人も聞いてもいいが、これは綾子さんの心の根底に関わることです。できれば綾子さん、長谷川先生、僕の三人にしていただきたい。」
淡々と答える柊。
黒縁めがねの向こうの視線は綾子に向けられている。
その視線は、真っ直ぐに⸺そして揺らぐことなく。
「待ってくれ、話が読めない。」
隆弘が返す。すでに先程の卑屈なまでの彼はいない。
「長谷川先生はまだわかる。でもあんた、柊さんと言ったか。あんたは薬剤師だろう?薬を出すだけのあんたが何故、綾子に関わろうとする?」
もはや丁寧語すらなく、詰め寄るように言葉を重ねる隆弘。そんな二人のやり取りをおろおろと見ていることしかできない綾子。
と。
その緊迫した空気はノックの音で破られた。
「失礼するよ。」と入ってきた人物。それは綾子の主治医、長谷川だった。年季の入った金縁のめがねにたくわえた口ひげは頭髪と同じ、白。
多少肉付きの良い体躯は威厳すら感じさせる。
「長谷川先生…なんなんですかこの薬剤師は。薬剤師ごときに患者を診る資格はないでしょう?」
ほんの少しだけ落ち着きを取り戻した隆弘が長谷川に、それとなく詰め寄る。
「ふむ。早乙女さん。あなたの言うことは正しい。薬剤師というのは処方箋をもとに調剤し、患者に手渡す仕事だからね。ただね、早乙女さん。」
ひと呼吸置いて、長谷川は口ひげをいじりながら言った。
「彼は私のかつての愛弟子でね。まあ臨床の道は諦めたのだがね。…過去視、という言葉をご存知かな?」
一時の静寂。
シミのできた病室の壁に、夜の闇が滲んでゆく。
点滴の等間隔に落ちる、ぽた、ぽた、という音がやけに大きく聞こえる。
壁にかけられた大きな時計の秒針が綾子の鼓動とリンクするような、そんな感覚に陥りかけたとき、その静寂を破ったのは隆弘の激昂だった。
「何言ってるんだあんたら!?頭のおかしなやつばかり見てあんたらもおかしくなったか?過去視?SFじゃあるまいし。そんなものが存在する訳ないだろう!?
綾子が世話になったことは感謝する。だが俺はそんなもの認めない!!…綾子、帰るよ。」
ふぅ、と大きなため息をついて長谷川が口を開く。
「まぁ、そんな反応でもおかしくはないでしょうな。ただ私からはあるものはあるとしか言えない。非科学的と思うでしょうが、この柊はそれに悩まされて臨床の道を諦めた。彼はね、素手で触れることで他人の、患者の抱えている過去の澱とでも言おうか、それが否応なしに脳内に流れてきてしまう。だからこうして普段は手袋をしている。」
そう言われて柊は黒い手袋をそっとはめ直すかのような仕草をした。
「長谷川先生。そりゃあまりにもトンチキな話じゃ」と切り返す隆弘を遮り長谷川は言葉を続ける。
「そう思うのも無理はない。だからこうしてゆっくりと、丁寧に説明をしたんだがね。医学分野ではときに、あり得ないものがあり得てしまうことがあるんだよ。それは長年患者と向き合ってきた私にも、わからないことなんだ。だが確かに、ある。そうとしか言えないことだ。」
長谷川はそこまで言い切ると、またふぅ、と大きなため息をついて隆弘と綾子に告げた。
「今日はもう帰りなさい。綾子さんが疲れてしまうだろうから。」
外はもうとっぷりと日が暮れていた。




