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夢の監獄  作者: 杜 妃湖
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ライナスの毛布⸺それは夢でも幻でもなく

(やらかした…。)

朝起きて仕事に向かおうと立ち上がると、身体が重い。それにやけに寒い。

(本当にバカだ、俺は⸺)

柊はぼんやりと狭いワンルームの天井を見上げる。


淫靡な夢がもたらした身体の火照りを治めようと冷水シャワーに打たれ続けること1時間以上。

いくら暑さが残る9月とはいえ、そのままエアコンの効いたベッドに倒れこめば熱を出してもおかしくない。

38.3℃。体温計のデジタル文字はどこか冷酷に、そして明確に体調が芳しくないことを示す。

のろのろとスマートフォンを手に取り、職場に電話を入れる。

薬剤部長の金沢は「大丈夫だから早く治しなさい。夏風邪はこじらせると厄介だからね。」と労ってくれた。

完全に自業自得だというのに。



(向こうからの干渉、か…。)

ぼんやりと綾子に触れたときのことを思い返す。

過去視。

今まで他人の過去を覗き見ることはできても、その過去からこちら側に干渉してくることなどなかった。

その出来事があまりにも鮮烈で⸺あんな夢を見たんだろう。

「あー…先輩たちに迷惑かけてんな…俺…」

独り言が虚しく響く。


と、その時だった。

先日契約したばかりの新しい端末に通知が入った。

この端末はあの人⸺綾子さんしか知らないはずだ。

急いで手に取る。

「綾子です」の文字。だが、昨日送ったメッセージ欄ではなく新しいメッセージ欄が出来上がっていた。

ガバっと飛び起き、回らない頭でどういうことなのか考える。

と、また通知が来た。

「柊さん、ごめんなさい。わざわざ新しいスマホを用意させてしまいましたね。代わりと言っては何ですがこちらももう一台、契約してきました。主人には内緒です。こちらでならやり取りもスムーズになると思います。」



夢の中の妖艶な綾子とシフォンケーキを届けに来たときの綾子の姿が重なる。

それをかき消すかのようにブンブンと頭を振って、震える指先で返信をする。文字を打ち込んでは消し、悩みながらようやく文章を作り上げる。


「綾子さん、ありがとうございます。これは確認です。こうして俺とまだ繋がりを持とうということはあなたの決心は揺らいでいないと受け取っていいのでしょうか?」

熱のせいか画面がぼやける。手探りでいつもの黒縁めがねをかける。なんとか焦点が合う。

軽快な機械音とともにまた通知。


「はい。決めましたから。」


ほんの短い文章。だけどそれは綾子の意思を明確に表していた。


「はは…。」短いやり取りを終えて、柊は笑いながらベッドに倒れ込む。先日引っ張り出したままの客人用ブランケットにもぞもぞと包まると、自分の鼓動がやけに大きく聞こえてくる。

柊はそのまま、新しい端末を握りしめながら眠りに落ちた。



夕刻。西窓から差す夕日が眩しくて目を覚ます。ブランケットに包まっていたからかたっぷりと汗をかいていた。

「うわ…気持ち悪い…」

シャワーを浴びようと立ち上がる。

ふと、朝のようなふらつきが消えていることに気づいた。

体温計を手にして脇に挟む。

単調な機械音と共に表示される36.8のデジタル文字。

熱はすっかり引いていた。

(明日は仕事、いけそうだな⸺)

柊はシャワールームへ向かうと、今度はきちんと温水で自らを労るように丁寧に汗を流した。


そして早めの夕飯⸺と言っても男の独り暮らし、簡素なコンビニ弁当をかきこむと早めに布団に潜り込んだ。


その夜はとても静かに過ぎていった。柊はなんの夢も見ることなく、ぐっすりと⸺綾子と自分をつなぐ端末を握りしめながら眠りについた。

それはまるでクリスマスに新しい玩具をもらった子供のようであった。

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