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夢の監獄  作者: 杜 妃湖
23/44

共犯者

「髪を切りに行こうと思うの。」

その日もまた珍しくベッドで目を覚ました綾子は朝食の支度をしながら隆弘に話を持ちかける。

「この間の潮風で少し傷んでしまったのと、見て、ほら⸺」と美容院のカードを差し出す。

可愛らしい花のスタンプが並ぶそのカードの最終の日付は4月で止まっていた。

「お手入れも兼ねてさっぱりしたくて。いいかしら?」綾子は隆弘の顔を覗き込む。


「いいんじゃないか。さっぱりしておいで。気分転換にもなるだろう。」朝餉の目玉焼きを箸でほぐしながら隆弘は答える。


「それでその⸺割と思い切ってばっさりいこうかな、と思うのよ。」と綾子は毛先をくるくるといじる。

今の長さは背中のちょうど真ん中あたり。


隆弘は箸を止めて尋ねる。

「まさかショートにするのか?俺は綾子の髪を撫でるのが好きなんだけど…」

綾子は慌てて答える。

「いいえ。そうね、ボブくらいにはするかも知れない。だめかしら?」

「いいんじゃないか。まだ暑いしね。行っておいで。」

「ありがとう。帰ってきたら一番に見てくれる?」とはにかむ綾子の髪に隆弘はそっと触れその毛先にキスをした。

「可愛い奥さんがどう変身するのか、楽しみにしてるよ。」



隆弘を送り出して、美容院に電話をする。正午からなら空きがありますよ、と言われてほっとする、と同時に支度を始めた。

(柊さん、あなたがそこまでしてくれるのなら⸺私も1歩踏み込むわ)

綾子の目には諦めかけた火が再び灯っていた。



午後1時半。

「ありがとうございましたー。またお待ちしてます!」といつもの担当に見送られ、綾子は颯爽と歩き出す。

背中の真ん中まであった髪は肩より少し上で切り揃えられ、内巻きにゆるく巻かれている。

(スッキリしたわ。さて⸺)

綾子は美容院とそう離れていない書店兼メディア機器の取扱もしている量販店に入る。


迷わず中古のスマートフォン売り場へ向かう。

しばし物色したあと、綾子は比較的安価だがメッセージのやり取りには困らない端末を選び、それを購入した。

たくさんの書類にサインをする。その筆運びには迷いはない。書類の控えをもらい初期設定をしてもらう。

そして⸺全て終わると綾子は家路を急いだ。


量販店のゴミ箱には先程綾子が署名をした控えが、丁寧に折りたたまれて捨てられていた。



19時過ぎ。

いつものように隆弘が帰宅する。

そしていつものように綾子は出迎える。

「おかえりなさい、どうかしら?」

と軽く隆弘の前でくるりと回ってみせる。

「いいじゃないか。だいぶスッキリしたね。それに⸺」少し照れたようにはにかんで隆弘は続ける。

「かわいい。似合ってるよ。」


綾子はニコッと微笑むと「ありがとう、愛しい旦那様。夕飯できてるわよ、いただきましょう。」とキッチンへ向かう。

ほんの少し痛む胸を、気づかなかったことにして。



翌朝。

綾子はまた寝室で目が覚めた。

(私⸺疲れると徘徊もできないのね…それともやましい事があるから?いいえ⸺やましい事ではないけれども)と取り留めもなく考えていると隣で寝ていた隆弘が起きてきた。

「おはよう綾子。疲れてるんじゃないのか?2日連続でベッドで目覚めるなんて…」隆弘も驚いている。

「そうかも知れないわね…意外と美容院って気を遣うから。」

と返した綾子の顔を隆弘はまじまじと見て、

「よし、今夜は何か買って帰る。君はただ休むことに専念すること。そりゃ朝起きて君が隣にいることは嬉しいよ。でもそれが疲れが原因なら話は別だ。今日は君は完全オフ。いいね。」と綾子の髪を撫でた。


またちくり、と胸が痛む。また綾子は気づかぬふりをしてにこりと微笑む。

「分かりました。休ませてもらうわ。ありがとう。」

隆弘はうん、と頷くと「よし、それなら朝飯は俺が。君の作ってくれた常備菜もあるし、スクランブルエッグくらいなら俺にもできる。」と腕まくりをしてキッチンへと向かって行った。



隆弘を送り出して、ふぅ、と息をつく。


(ごめんなさい⸺でも。)

私をここまで案じてくれている人に対して、それなりの対応をしなければならない。

(それに⸺)


一度はそんなことはどうでもいい、と封じてしまったものをもう一度開けたからには、綾子はもう戻ることを許されなかった。

慣れぬ端末で必死に綴る。

あの人⸺柊に向けてのメッセージを。


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