甘い招待状
受け取ってしまった。
自分しかいない明るい調剤室。
先日チカチカと点滅を繰り返していた白熱灯は、もう取り替えられている。
ただ今はその、明るさがどこか薄気味悪い。
消毒液と薬剤の、人によっては苦手な香りが漂う調剤室の隅にちょこんと置かれた甘い香りの箱。
シフォンケーキ。
ケーキなど何年ぶりだろう。
確か大学院の卒コンで付き合い程度に一口二口食べた。
そこからは男の一人住まいだ。
ましてや人を避けている柊が、口にすることなど皆無に近かった。
時計を見る。12:45。じきに先輩や同僚たちが帰ってくる。
頭の中がフルスピードで最適解を導き出す。
⸺切り分けよう。
薬剤師の皆さんに、差し入れと持ってきた患者がいたと言えば自然なはずだ。
柊は急いで給湯室に向かった。シフォンケーキの箱を大事そうに抱えながら。
薄暗い給湯室で箱を開けると、よりふわっと甘い香りが漂う。
甘い香りだけでなくほんのり紅茶の香り。アールグレイ、だろうか。
急いで切り分ける。ふわり、とかすかな抵抗を見せたあとケーキが切り分けられていく⸺いや、なかなかうまく切れてくれない。
時計を見る。
12:53。
まずい。と柊は焦るも、シフォンケーキなど切ったこともない彼になすすべもない。
と。そこへタイミング悪く清掃員が入ってきた。
「なんかいい香りがすると思ったら!差し入れ?」
先日職を辞した神崎⸺あの世間話の好きな初老の女性よりは少しだけ若い清掃員の女性。
「この香りは紅茶のシフォンね。あぁ、ダメダメ、シフォンケーキは包丁を温めてから切らないと。貸してみて!やったげる⸺」
「結構です!」
親切な清掃員の言葉を遮るように柊が言葉を放つ。
(しまった。思ったよりも語気が強くなってしまった。)
柊は取り繕うように続けた。
「清掃員さん、あなたもお仕事があるでしょう?自分が切り分けておきます。教えてくださったあなたの分も。」と笑いかける。
(ひきつった笑いになっていないだろうか。)
柊の鼓動が早くなる⸺と裏腹に、清掃員の女性はニッコリ笑って言った。
「あらそお?悪いわねぇ。給湯室に置いておいてくれたらあとでいただくわ。なんだか催促しちゃったみたいで悪いわねぇ。」
と、うふふ、と笑いながら仕事に戻っていった。
ふう、と息をついて、コンロで包丁を温める。時間がない。焦る気持ちでもう一度切り分けていくと、今度はすんなり刃が通った。
今日調剤室にいる柊含む5人と、先程の清掃員の分で6等分。それぞれ皿に載せようとしたとき、箱の底に何かがあるのに目が止まる。
「…カード?」
空色のカードに、present for youの金色の箔押し。
底にきれいな文字が並んでいた。
「柊さん。あなたに助けてほしいことがあります。もし可能ならこちらに連絡をください。早乙女綾子」
柊はしばし呆然とそのカードを眺めていた。
午後の診療開始のチャイムが鳴っても、彼は動けないでいた。




