#01 飛び降り老人の真実
語り手⇒⇒⇒⇒島戸久琵
私は、夢を見た。
その夢の中で、私は真っ白な空間に私はいた。
その夢の中にいるのは私だけではなかった。
私の目の前に人影がいる。誰かは分からない。シルエットしかわからない。本当に影なのだ。
私の目の前にいる人影はどこを見ているのかすら分からない。私を見ているかもしれない。
その影はゆっくりと私から離れた。ゆっくりと、そして楽しそうに。
その影は目の前の物体に接触したかのような挙動を示した。
その影は吹き飛ばされた。そしてもう動かなかった。
時代⇒⇒⇒⇒Z年 春
場所⇒⇒⇒⇒島戸久琵の部屋
目を覚ますと、カーテンの隙間から日光が差し込んでいた。
ベッドからもぞもぞと出て、机の手帳にさっきの夢の出来事のキーワードを書き残した。
『人 はねられる 車? 列車?』
キーワードを見て、後で思い出せればよいのだ。
「…覚えててもいい気分になるような内容じゃないし」
ぼそっと独り言を言って、その手帳をぱたんと閉じた。
その手帳の表紙には『予知夢記録』と書いてあった。ただの夢日記ではない。
場所⇒⇒⇒⇒席省駅1・2番線ホーム
疲れが取り切れていない状態で、身支度を済ませ私はそのまま外出した。
手帳などが入ったカバンを持って、私は休日ながら少し遠めの図書館へ行こうと、電車を待っていた。
次の電車が来るまで時間があるから、予知夢については言葉自体がどういうものかを示してくれているが、一応私にとっての『予知夢とは何か』を整理しておこう。
人は寝ている間に夢を見る。その夢の中はだいたいは訳の分からないもので、目が覚めてから頭が冴えるまでの間にほとんど忘れてしまう。
ごく稀に覚えていたとしても、出来事の前後が合わないもの、そもそも日常よりも内容が薄い出来事のような夢ばっかりだ。
それを覚えていても得になることはほとんどない。
むしろ、忘れることができてありがたいぐらい。
でも、私は一部の夢を記録する。
なぜな…うん?
私の二つ隣の乗車口に待つ一人がふと目に入った。
彼はパッと見てまあまあお年を召された印象で、汚れが染みついたようなシャツとジーパンを着ていて、カバンのようなものを持っておらず、リュックサックやショルダーバッグのようなものも身に着けていないし、ジーパンのポケットにも大きな物が入っているわけでもない。
でも、ここの鉄道の切符はそんなに大きくないから、ポケットに入れていても外見上の変化はないだろうし...多分最寄り駅までの道中なのだろう。
多分何か持ち物を紛失したとかで持ち物がなく、そのまま最寄り駅で家族とかに迎えに来てもらう…と自分なりの納得できる仮説をひねり出した。
そうだ。きっとそうだ。別に特別目立ったような人というわけでもなく、別に怪しそうな人でもない。
それに後ろにも男性と女性が一人ずつ並んでるし、変な人でもない。
別によくいる一般人だろう。
…少し意識過剰になってしまう自分の癖に少し嫌になる。
そんな考え事で暇をつぶしていたらアナウンスが流れた。
もうすぐ電車が来る。その時だった。
さっき目に留まったあの人が前へと動き出した。
電車のドアはまだ開くどころか、まだ到着していないのに。
一瞬、頭の中に二つの単語が思い浮かんだ。
『人 はねられる』
そうだ、今朝の…
気付いた、が間に合わない。
考えるよりも先に、とっさに大きな声を出した。
「誰か!その人を!」
ドア二つ分の距離から私ができることはこれしかない。
彼は飛び込もうとした、が止まった。
否、止められたのだ。後ろにいた二人に。
「危なかったな、あんた。今電車来てたぞ!」
止めた二人のうちのお洒落な帽子をかぶった男性の方の問いかけに対して止められた人は大声で懇願した。
「やめろ!止めないでくれ!たのむ!」
「せめてもう一度考え直せ!」
その後、彼の後ろにいたもう一人の茶髪ロングの女性が止めた男性と一緒に駅のホームに誘導するまでこのようなやり取りが続いた。
私は何もできなかった。
その後止められた人は男女の二人組(カップルではなさそう?)と少しの間話し合い、その後別れた。
結局、私は電車には乗らずにずっと駅のホームで立ち尽くしていた。
夢が予知夢だったから、ではない。
むしろ、夢が予知夢ではなかったからだ。
男女の二人組のうちの茶髪ロング女性が私の方に近づいてきた。
「ちょっとお話いいですか?」
彼女は私の方を見ていた。彼女はいわゆる糸目ではあったが、それでも強い視線を感じる。
「…あ、いきなりすみませんね。急に話しかけてしまって。わたし、栄森冬子って言います。そこにいるユニシって人と色々調べごとをしてて…」
帽子をかぶった男性が近づいてきた。
「ユニシ、というのは」
「俺です。湯西究明です。先ほどの飛び降り未遂について、少々お話を伺っても?」
私は何をすればいいのか、何が起こっているのかすら分からず、とりあえず自己紹介をした。
「し、島戸久琵です。な、何も分かりません」
もちろん、本心だ。
結局、どんな質問を受けても私は分からないとしか言えなかった。
私は夢を見ただけ。さっきの人の事なんて何も知らない。
湯西さんは私の他人っぷりに困ったかのような表情を浮かべた。
「本当に赤の他人なんですね」
「はい。私もつい反射で声を出しちゃったので、今思うとちょっと早とちりしちゃったかなって」
「早とちりどころか、まだ動いてすらいなかったそうです。わたしたちとのお話によると、覚悟は決めてたものの本当にギリギリで動こうと計画してたらしいので」
「つまり、初動よりも早い瞬間にとめたってことですか」
「本当はあまり部外者にはこういうことは言ってはいけないのですが…ね」
「せっかくなので、どうやって見抜いたか教えてくれませんか?方法が気になるんです」
わずかな違和感を抱いた。
「待ってください。どうしてそこまで調べるのですか。そもそも、それは捜査とは関係ないでしょ」
湯西さんと栄森さんが顔を見合わせた。どこか、困ったかのような表情だ。
「いや、俺たちはオフィシャルな奴じゃないです」
…え?
警察関係者じゃないの?
「むしろ、わたしたちは理由を解明しろって…さっきの人に」
「『お前に何がわかる』とか『わかってから話せ』とか言われましてね。今思うと止めるのに必死で、とにかく分かりますって言ってたら、『当てられなかったらまた飛び降りるぞ』って言われちゃって」
本当に何も分からない。え?どゆこと?
「まあ、そんな表情になるのもわかります。俺らも同じ気分です」
「だから、わたし達何か情報が欲しくて。たぶん、冗談ではなさそうなので」
本当に混乱している。夢か?起きたら忘れるタイプの。
「と、とりあえず、なんか変なことに巻き込んじゃってごめんなさい」
「いや、そん…」
二人が途中まで言いかけた後に、お互いの顔を見合った。
そして私に背を向けて作戦会議を始めた。
振り返って一言。
「モ、申し訳ないトゥおもうラ、うら」
とにかくすごくテンパってる。目もわずかながらキマッてるような…
「言ってることが聞き取れなさすぎてて内容が何も分からないんですけど」
二人は深呼吸をしようとした、がどこかぎこちなかった。
「あなたが自分の行いを申し訳ないと思うなら」
「え?え?な…何の話ですか?」
少なくとも表情はかなりすごいことにはなっている。必死であることはわかる。それ以外は何も分からない。情緒も分からない。ちょっと怖い。
「どうかついてきてください!解明できればいいんです!分かりますか!」
「ウェ、ア、は…はい…わかりました!わかりましたから、落ち着いてください!息を吸ってください!」
「吸ってますよ!わたしは!」
「俺も吸ってるよ!」
少しは話は見えてきた。ただ、それ以上にもっと分からないところが増えた。
「さっきはわたし達が取り乱してごめんね」
自分たちがまさかの大学一年目の同学年であることがわかったので、皆タメ語になったのだ。
「俺からも、本当にスマンかった」
「いいよいいよ、状況も状況だし」
「悪いな。で、だな」
湯西さん、もとい究明は目で合図を送り、栄森さん、もとい冬ちゃんは手帳をみんなに見えるように開いた。
「さっきのおじさんは山杉勉さん。年齢は75歳、定年退職済みだから現在は無職。あと教えてくれたのは、長男、そして孫が一人いること」
「ありがとう冬子。住所とかはさすがに教えてくれなかったよ。あと、奥さんに関しては言及なし、ということは言っとく」
「そっか。じゃあ、今のところ山杉さんの長男の職業とかも分からないのね」
そりゃ、私にもすがりたくなるだろう。案外、二人にとっては私は山杉さんについて一番知ってそうな人物だったろうし。
「あんま気に食わないけど、俺らにとっては、なんとか一人の命を何とかしたい。さっきのあの話し方、冗談じゃなさそうなんだよな」
「『そんなに分かるというなら、一週間後の正午にこのホームで教えてもらおうか』って言ってたからね、タイムリミットは一週間とおよそ二時間半だね。だけど…」
現在日曜日の九時半だ。
「そこなんだが、申し訳ない。俺らは今日の午後と今週の月、木はスケジュール的に厳しいんだ。それに相談したい人もいるし。出来る限り余裕を作れば、火、水、金の午後は大丈夫なんだが」
「私もちょっと火、水は厳しいかも。でも、金曜の午後なら大丈夫」
「じゃあ、次の金曜の午後にもう一度三人で集まって、土曜日に最終調整しよう。それまでは各自でできる限り情報収集しよう。集合場所や細かい時間は、後でチャットで決めよう」
その後、連絡先を交換し、私は二人と別れた。バイトが各々あるらしく、さすがに当日は休めなかったらしい。
結局二人には予知夢のことは話さなかった。当然のことではあるが。
予知夢なんてオカルトじみた話を初対面の人はそうそう信じない。私も多分信じない。
予知夢も所詮夢だ。そして幸か不幸か、私は普通の夢すら見る。
そのことに気が付くことができたのは私が初めて予知夢を見た次の日だった。
確か、小三の頃だった。
今から九年前、私は夢を見た。
その夢では真っ暗な空間の中で人影が吹き飛ばされていた。
そして、現実世界では同級生の一人が車にはねられた。
その同級生は足の骨折という大けがを負ったが、死ぬことはなかった。
はねられる前に夢の内容を話した友人が翌日私に同級生がはねられたことを教えてくれた。
彼女は好奇心から私に今日見た夢を教えてと尋ねられた。
しかし、その日見た夢は意味不明な、ちゃんとした夢だった。内容はもう覚えていない。
”へー。てっきり予知夢を見れるのかと思ったけど、そうじゃないみたいだね。ま、今回の○○君に関してもあの子は意識もはっきりしてるし、たまたまタイミングが被っただけだろうから、そこまで気にしなくてもいいんじゃない?”
予知夢という概念を初めて知った時だった。その後のクラスの有志の人だけのお見舞いの時も彼は前向きだったし、当時は予知夢に関してはそこまで気にならなかった。
でも、偶然ではないことはその後の九年間が示している。
何かが燃える夢を見て、その日に近所で火事があった。
何かが割れる夢を見て、通学路上の道路が陥没した。
その他いろいろ、真っ暗な空間での夢がその日に起こることを予言しているのではないかと思うようなことがあった。
ちなみに、火事も、陥没も、接触事故もすべて夢を見た日以外では一度も起こっていない。
たくさん起きても困るけど。
ネックな部分は大きく二つある。
一つ目、私は予知夢をそんなに高い頻度で見ない。月に一回見るのが普通で、一度も見ない月も普通にある。二回見た月の数は五本指でも工夫せずに十分数えることができるぐらい稀だ。
二つ目、私は予知夢の出来事を止められたことがない。どんな出来事も実際に起きてしまう。
だから、そんなことを言ったって意味はない。
そう思いながら、新たな情報を求め、私は午後を図書館で過ごした。
そして時は流れ…私は何も収穫がないまま金曜になった。
場所⇒⇒⇒⇒湯西究明の部屋
「悪い、整頓はできる限りしたんだが、それでも散らかってる」
とはいいつつも、三人で話し合うには十分なスペースがあった。
四角いテーブルを三人で囲い、話し合いは始まった。
「まずは皆の集めた情報の共有からだ」
「わたしが見つけられたのは二つかな。一つ目はコレ」
そう言いながら冬ちゃんが見せたのは五年前のある地元紙での俳句だった。
『さくらんぼ ふたつそろえば ほほえまし』というものだった。
「詠んだ人は山杉秀樹さん。で、新聞に席省市と同じ県内にある滝森市在住ってあったから、そこに行けば山杉さんについての話が聞けるかもって感じ」
「例え引っ越しはしていても、滝森市にかつての山杉さんのことを知っている人がいるかもしれないな」
「二つ目。これとは別に席省駅での人身事故の数を調べてみたの。」
ここ十年で二十件以上あったらしい。
七歳が一人
十代が二人
二十台が四人
三十代が二人
四十代が二人
五十代が三人
六十代が四人
七十代が四人
八十代以上が二人
合計二十四人
「もちろん、秀樹さんのような理由ではなく、事故だった場合もあると思うけどね。あと、軽傷から死亡事故まですべて含めてるからね」
「思ってたよりも秀樹さんの年代は事故に巻き込まれたるんだな。あんまイメージなかったぜ」
「わたしからはこれで全てよ」
「ありがとう冬子。次に俺だな。俺からは一つだ。明後日についてなんだが」
そう言うと究明はホームの地図を見せた。その地図には三つの星マークがあった。
「昔からお世話になっている人に相談したら、何人か警察の人を呼んだ方が良いという結論に至ってな。だから仮に山杉さんが飛び降りそうになったら私服警察が止めてくれるってことにはなった」
「工場長さんね。あの人がいればかなり頼もしいからね」
誰だろう。どうやらかなり信頼されている人らしい。
「実際、あの人と一緒に警察に相談できたから私服警察の人が手配できようなものだからな。本当に感謝だよ」
そう聞くと本当に安心できる保険ができた。
「ただし、その場合はあくまで最悪のケースだ。工場長も今回の約束は無茶だとは言ってたけど、約束をしたからにはちゃんと果たすようにということだ。言動からも、その人を騙すようなことは避けた方が良いってことだ。『何がわかる』『どうせお前も理解できない』って言ってたしな」
お前も、か…
「そう聞くと、昔誰かに裏切られたことがある人みたいだよね」
「可能性としては十分あり得るな」
「俺からは以上だ。あぁ、久琵からも何かある?」
「…ごめん、何も」
申し訳なくて目線を合わせられない。
「謝らなくてもいいよ。だいたい、ある一般人について何か調べなさいって言われても普通は無理だ」
「わたしはたまたまそういうのが得意なだけだし、気に負うこともないよ」
二人からの視線は責める感情も蔑む感情もない、優しいものだった。
「だいたい、俺らがあまりのどうしようなさに勝手に巻き込んじまったからな」
「そんな、違うよ。それなら私が先に巻き込んじゃったし」
「いや、それも違うよ。久琵ちゃんはあの時正しいことをしたんだから、そう思わなくても大丈夫」
「なんなら、後はこのまま俺らに任せても全然いいぜ」
「それは…」
嫌。
「私だって、秀樹さんを死なせたくないよ。足手まといになっちゃうかもだけど…それでも二人と一緒に行きたい」
「足手まとい?人手は多い方が嬉しいだろ」
「三人で、真実を見つけよう」
「だいたいこんな感じか。さあ、明日と明後日の午前までで結論を指すために俺らはどうするべきか、話し合おう」
「一番確実なのは滝森市での聞き込み調査だね。ご近所さんが話してくれるかどうかではあるけど」
「どちらかといったら山がちの地形にあるけど、人はかなり多いからね」
「席省駅から電車一本で行けるからな。明日の午後九時に集合でいいか?」
「うん」「そうだね」
私と冬ちゃんは同意して、解散した。
場所⇒⇒⇒⇒島戸久琵の部屋
自分の部屋へ帰った後、今できる明日の準備を済ませ、私は眠りについた。
そして夢を見た。
朝になり、目を覚ました。今日の夢は多分外れだ。予知夢ではない。
一応、メモは残したが、役に立たないだろう。
『一つの光る球 二つの棒 三つの飛ぶ何か』
私はもう役には立てないかもしれない。
それでも、なんとか最悪の事態を防がなければならない。
そう思うと、目が覚めた。
場所⇒⇒⇒⇒滝森市の駅付近の町
私たちの聞き込みは挨拶から始まる。
「こんにちは。今日はいい天気ですね。ところで、少々お話を伺ってもよろしいですか?」
これで相手が良い反応を返してくれたら質問を一つする。
「最近、山杉秀樹さんのご親戚に彼の所在を調べてほしいということを依頼されまして。そこで、どんな情報でも構いませんので何かご存じなことを教えていただいてもよろしいでしょうか?」
もちろん、ご親戚は嘘だ。正確には本人ではあるが、正確に伝えるとややこしくなると思ったので少しぼかすことにした。
想像以上に難しく、何人に話しかけても断られてしまった。秀樹さんのことを知らない人も多かった。
それでも、諦める訳にはいかなかった。私にも何かできることがあるかもしれない。
そう思いながらいろいろな人に話し掛けて二時間ぐらい経った時だった。
「山杉…秀樹さん、という方は存じ上げませんが、同じ苗字の…」
場所⇒⇒⇒⇒駅近くのファミレス
そんなこんなですっかり午後になってしまったが、集合した時は思ったよりいい情報が集まった。
「本人は四年前に引っ越してしまったけど、あれ以上本人から聞くのも無理だろうからそこまで痛手じゃないんだよな...かなりヤバい状況だ」
究明の半分愚痴もう半分状況整理の一言で次することの検討が始まった。
「でも、苗字が山杉の子がいたのは幸運だよね」
山杉勉君、年齢は十五歳。近くの高校に通っていることをあるおじさんが教えてくれた。
「ただ奇跡の同姓の可能性もあるが、山杉っていう苗字自体が多くないかもだから、そこにあたってみるのもいいだろうな」
ただ、問題もある。
「土曜日も活動するバスケ部に所属しているから、部活終わりに話すしかないよな」
「今日はここから近い滝森高校での練習らしいからね、そこは幸運だったね」
「そうだよね冬ちゃん。今日の終わる時間は午後二時くらいだから、そこの学校を出た辺りで聞くとか?」
「他の同級生も一緒だったらどうする?」
「う~ん、どうしよっか。一人になるまで待つと先に家についちゃう可能性もあるし…」
「仕方がない、俺らには時間があまりないし、今回は事情も事情だし、校門を出た辺りですぐ話しかけよう」
究明の案に私たちは賛成した。
場所⇒⇒⇒⇒滝森高校・正門前
午後二時五分前、学校前の掲示板を読むふりをしながら私たちは勉君を待っている。
滝森高校はどうやら滝森市以外の地域から通っている子もいるらしい。
何分語った後、何人かの高校生が正門から出てきた。そのグループに究明が声をかけた。
「やあ君たち、ちょっといいかい?山杉勉君に会いたいんだけどさ」
「ああ、勉ですか?コイツです」
一人の男の子が促されて前に出された。
「山杉勉です。何の用ですか?」
「俺たち、山杉秀樹さんの所在について調べてるんだけどさ」
山杉秀樹、と小さい声でつぶやき、少し沈黙した後、はっとした表情で答えた。
「僕の祖父です」
ラッキーだ。まさかの本当のご親戚だった。
「えっと、僕の祖父が何かしたんですか?」
「あー、話すと少し長くなるんだけど、その前にちょっと場所変えない?ファミレスとか」
「そう、ですね、えっと、それより近くの公園でもいいですか?滝森第二公園とか。気を使っているとはいえ、僕が汗臭いかもしれませんし」
そういって勉君はにっと歯を見せて笑った。
はっきり言って秀樹さんとは違った印象ではある。まあ、お母さん似かもしれないし。
「じゃあ、そこに行こう」
「はい。あ、仲間にちょっと断ってから行きますね」
場所⇒⇒⇒⇒滝森第二公園
勉君は木陰のベンチに座り、私たち三人は彼の前に立って質問をした。
飲み物はいるかという究明の問いに水筒があるからと言って勉君が断ったところから私達の質問は始まった。
「君が最後に秀樹さんに会ったのはいつかわかるかい?」
「祖父に最後にあったのは、確か四年位前だったかな。で、それ以降は話すら聞いてません」
「話を聞いていない?秀樹さんの体調がどうこう、といった話題とかも?」
「ええ。全く話題に上がらなかったですね」
「最後にあった四年前はどういう用件で?」
「確か夏休みでいっしょに、ちょっとしたお買い物に連れてってくれたはずです。四年前なので、僕はその時小五でしたね」
「あなたから見た秀樹さんの印象は?」
「まあ、優しいというか、穏やかな人だなって」
「秀樹さんの趣味とか、分かる?」
「うーん、あまり口数は多い人ではなかったから…」
究明からの質問が止まった。手掛かりになりそうな情報はなさそうだ。
冬ちゃんからの質問もあった。
「ねえ、秀樹さんの趣味って何か書き物だったりしない?俳句とか、短歌とか」
「あー、もしかしたら、そうかも…はい、多分そうです。よく紙に何かを書いてたような気がしますね」
「どのくらい熱心にやってたか覚えてる?」
「...ちょっと分かんない、ですね」
「ちなみに、ご近所さんとどのくらい交流してたとかは分かる?」
「ごめんなさい、分かんないです」
「印象についてもう一回聞いていい?明るい人か暗い人か、にこやかな人か機嫌が悪いタイプかどっち?」
「普段は静かな人ですけど、たまに微笑んでいた印象がありますね」
「なるほどねー。ちょっと三人で作戦会議したいから待っててもらっていい?」
「ええ、どうぞ」
勉君をベンチに座らせたまま、私たちは話し合った。
「もしかしたら勉君のお父さんに聞いた方が良いんじゃね?」
「わたしもそう思う。ちょっと直接的なつながりは弱かったね」
「勉君から見た秀樹さんの印象は私から見た印象とは結構違ったし…」
勉君は秀樹さんが今の状態になった原因を知らない、と考えるのが妥当か。
「勉君にお願いして、お父さんとコンタクトをとってみよう」
「息子がいるって言ってたもんね」
私たちは再び勉君の前に立った。
「あのさ、君のお父さんにもお話を聞きたいんだけど、ちょっとお父さんにアポとってくれない?」
「あぁ、いいですよ」
勉君はスマホを取り出して操作し始めた。
数分後、彼は顔を上げた。
「今すぐに僕のスマホで電話するならお話しできると思います」
「本当かい?じゃあお願い」
勉君は小さくうなずいた後、電話をかけ、スマホを究明に渡した。
「もしもし、勉君のお父様でしょうか。私達は今秀樹さんのご友人に頼まれて消息をたどっているのですが。はい、どうやら以前教えてもらった電話番号から変わっていたらしくて」
設定を少しだけ変えた。ご親戚本人に対して親戚の依頼だと言ってしまうとややこしくなると思ったからだ。
究明は電話に対して相槌を打ったり、知っている秀樹さんの情報を言ったりして確認したりしていたが、次第に声が暗くなっていった。
「...ありがとうございました。では、失礼します」
そう言うと究明は電話を切り、何か嫌なもの見たかのような目でこっちを見た。
「勉君、もう一回、ちょっと三人で話してきてもいいかい?そこで待っててくれ」
そう究明が言い、私たちは話し合い始めた。
「理解できない」
究明の第一声はそれだった。
「山杉隼人さん、秀樹さんの息子さんで勉君のお父さん。今はまあまあ大きな警備サービス会社の重役だ。そして今も会社にいるって」
「そこも聞けたんだ。で、理解出来ない、というと?」
究明は一呼吸おいた。
「秀樹さんはもう亡くなっている、らしい。それも、二、三年前に」
「...え?」
「でも、私たちこの前...」
「俺と冬子はは実際に触ったもんな」
本当に理解できない。幻だったの…?
「とりあえず、報告はできそうだよ。勉君、協力してくれてありがとう」
秀樹さんは亡くなったということは伝えずに、私たちは勉君と別れようとした。
が、気分が重すぎる。息ができるのに息苦しさを感じるぐらい。
「あ、そうだ。最後に一つだけ。私からいい?」
この空気を少しでも変えるために、なにか話そうと思った。もちろん何も考えてなかった。
「秀樹さんはさくらんぼとか好きなの?」
私の質問に勉君は少し困惑した表情をした。
「え、いえ...確か要らないって言って他の人に分けてたような…」
「そうなんだね」
…さくらんぼが、嫌い?
場所⇒⇒⇒⇒席省駅1・2番線ホーム
日曜日の午前十時、私たちはそこで秀樹さんを待っていた。
ここにいるのは私たち三人以外にも私服警官三人がいて、駅の関係者も後に来るらしい。
私たちは昨日までの情報をまとめて、予想を作り上げた。
今まで集めた情報を元に、矛盾点がないか、お互い確認し合った。
自分たちの予想に確証はない、自信もない、それでもやるしかない。
午前11時45分、ホームに秀樹さんが現れた。
秀樹さんは私たち、いや究明と冬ちゃんを認識し、目を細めた。
「…まさか本当に来るなんてな」
「お久しぶりです」
秀樹さんは駅のホームにある椅子に座って、究明たちを見た。
私は少し離れたところから見守っていた。秀樹さんはあの二人と約束したからだ。
「じゃあ、聞かせてもらおうか」
究明は頷いた。
「初めに、今回あなたについて調べるためにあなたのご家族と接触しました。その際にあなたのプライベートな部分に触れてしまったことをお詫びします」
究明と冬ちゃんは頭を下げた。私も少しだけ下げた。
「調査を経て、俺達は2つの予想を立てました。ですが、そのうち一つの予想はあなたがここに来たことにより、それは違うと判断しました」
その予想とは、秀樹さんは幻だった、ということだ。だが、私たち3人以外にも私服警官の方や駅員さんも秀樹さんを認識している。
だから、秀樹さんは生きている。
「俺達は最初、あなたが席省駅を選んだ理由は特にないと思いました。ですが、あなたのご家族は滝森市在住で、あなたも昔からそこに住んでいたから、思い入れならそっちの方が深い。なのにわざわざ近くもないこの席省駅を選んだのは少し引っ掛かりました」
究明は一呼吸置いた。
「そして、それ以前に引っ掛かったこともあります。なぜ駅で自殺をしようとしたのか、ということです。自殺をする場所に駅を選ぶのは有名ですが、実際の事件数はかなり数は少ないです。なぜなら、駅での自殺は極めて非効率です。ドラマでも見たことはあると思いますが、自宅での毒の服薬や、縄による窒息、お風呂場での大量出血、刃物…といった方法なら人目に付きにくいから邪魔されにくく、思い通りの結果になる、などといったような理由がありますからね。もちろん、どの方法もやってほしいとは思いませんけど」
冬ちゃんは新聞の写真を見せた。あのさくらんぼの俳句だ。
「また、あなたが昔読んだ俳句にはさくらんぼについて肯定的な気持ちを詠んでいたのに対し、実際はさくらんぼが苦手らしいですね」
秀樹さんは少し困った顔で頷いた。
「だから、これは比喩だと思いました。さくらんぼは一般的に果実が二つそろってワンセットという印象があります。だからあなたは何か二つのものを可愛がる気分を詠んでいるんだと思いました。例えばお孫さんとか、ペットとか。ですが、お孫さんは一人とあなたは言い、ペットを飼ったといことも確認できませんでした」
究明は一呼吸置いて、線路の方を見た。
「ご存じですよね?ここ数年で席省駅の人身事故は二十数件ありました。その中での最年少は7歳の女の子でした。その子は搬送後亡くなりました」
究明は振り返って秀樹さんを見た。
「秀樹さん、お孫さんを亡くされましたね?四年前、ここで」
昨日、勉君と別れた後、もう一度隼人さんに電話をかけた。今度は究明の電話で、会社の電話に。
「もしもし、先ほどお電話しました、湯西究明です。山杉隼人さんでよろしいでしょうか」
いくつかの相槌をうち、本題を話した。
「謝りたいことがありまして。というのも、今回私達は秀樹さんのご友人からの依頼ですと言いましたが、本当は秀樹さん本人からの依頼でした。本当に申し訳ございません。というのも、今秀樹さんの自殺を止めるために過去を調べているのですが」
沈黙が続いた。その沈黙を隼人さんが破った。
「…いくら、親父の過失とは言え、自分の行動が過剰だったと思ってます」
そのとき、隼人さんは全て教えてくれた。
娘の美香ちゃんがいたこと。
四年前、人身事故で亡くなったこと。
その時は両親は勉君のバスケの試合に行っていて、秀樹さんと美香ちゃんの二人で席省駅に来ていたこと。
そして日曜日の今、秀樹さんはそれを認めた。目を閉じながら話し出した。
「ああ、勉との買い物をした翌日、美香と外出したんだ。この駅のホームの自販機で飲み物を買いに行く時、目を離してしまった。美香の所に戻るまで一分もかからないだろう、そんな油断からだった。俺がいない間に反対側の電車に興味を持ってしまったのか、一人で近づいてしまった。その後は、お前たちの予想通りだ」
秀樹さんは、お孫さんと同じ場所で、同じように、自らの命を…
「お前らは、それが理由だと思ったのか」
その問いかけに、究明は線路に向けていた目線をゆっくりと秀樹さんに戻した。
「いいえ、まだ不十分です」
秀樹さんは目を開け、究明を睨むかのようにじっと見た。
秀樹さんから目線を切らずに、究明は説明を再開した。
「あなたの行動からそう分かります。もし本当にお孫さんを同じように追ってという理由で、せっかく場所、方法を揃えたなら、時期も揃えるはずです。美香ちゃんの事故が発生したのが夏の日の夕方午後三時ごろに対してあなたが飛び降りようとしたのは春の日の午前九時でした。さすがにこの大きなズレは不自然です。だから今までの予想では不十分です」
究明は少し間を開けた。
「ご存じですよね?人身事故にはペナルティがあることを」
ここでのペナルティは、罰金だけではない。
「あなたの息子さんである隼人さんは当時も警備サービス会社に勤めていました。そのご家族が人身事故を起こしたことが知られたら、いかなる理由だろうと会社に悪影響が出てしまう、と考えたのでしょう。『某大手警備サービス会社も昔に公告に出演していた有名人の家に強盗に入られた時に株価が大暴落した、という都市伝説のように、ご家族が人を過失で死なせたことで警備に対する不信感が発生するかもしれない。でも、ここであなたに責任を全て背負わせ、繋がりもない同姓の赤の他人としてしまえば、影響をかなり小さく抑えられるかもしれない』、というように」
秀樹さんは目線を落とし、小さくつぶやき始めた。
「ふざけるな…そんなわけ…」
「隼人さんはあなたを故人扱いしました。おそらく身の回りの方にもそうしたのでしょう。また、美香さんは体調不良のため親戚に引き取ってもらったと言って誤魔化していたことも教えてくれました。そして、隼人さんは今、会社内でもかなり大きな立場についています。隠ぺいは成功したみたいですね。それも、あなたの協力のおかげでね」
冬ちゃんは隼人さんが勤める会社のホームページを見せた。そこには笑顔の隼人さんの顔も映っていた。
「ずっと不思議でした。あなたの雰囲気と隼人さんと勉さんの雰囲気は明らかに違う。なんなら、昔のあなたと今のあなたの印象すら違う。今までの過程を知った後なら理由が分かります」
余裕があるわけがない。精神的にも、金銭的にも。
「俺らは事故が起こった後から今まではあなたのことを何も知りませんが、ミラクルが起きなかった事は見ればわかります。そりゃ、ストレスも溜まりますよ。もちろん、自分のやったことに対する後悔とか、そして」
恨み。
「俺は第三者なので、細かい事情は知りません。だから、どちらがどれだけ悪いかは判断できかねません。でも、あなたは隼人さんに対する行いに納得していなかった。『責任はとったから、少しは支援を』なんて思っていたでしょう?」
秀樹さんはずっと黙ったままだ。
「現実にそんなものはなかった。隼人さんはあなたを見捨てた。そう思った。なぜ自分がこんなに苦しんでいるのか、あなたは理解できなかった。許せなかった。だから…」
究明は目線を線路に逸らした。
「復讐しようとした。自分と同じ苦しみを与えることで」
究明はまだ視線を合わせない。直視できない。
「もしあなたの計画が成功すれば隼人さんは罰金を命じられ、しかも家族の死を隠蔽したことがバレ、その方法から残虐性も問題になり…一言で言えば、あなたの人生のように隼人さんの人生は終わるでしょうね」
究明は黙った。秀樹さんの返事を待っている。
秀樹さんも黙っている。よく見ると、笑っているようにも、歯ぎしりをしているようにも見える。
「どんな理由があろうとも、人身事故はたくさんの人に迷惑が掛かります。そこには俺らも含まれています。故意に起こすべきではない。それに刑事罰も下されるでしょう。本当に、もっとほかの方法があっただろうに、と思います」
秀樹さんは何もしゃべらない。
「何か言いたいことはありますか」
返事はない。
究明は私服警官に目を合わせた。三人が近づき、秀樹さんは連行された。
秀樹さんは特に抵抗しなかった。
秀樹さんの姿が見えなくなった後、私は二人のもとに行った。
二人は二人で話していた。
「終わったな」
「うん」
それで会話は途切れていた。
「なんか、すっきりしないね。二人は平気なの?」
二人は私の方を見た。
「まあ、誰かが隠してたものだからな」
「知って良かったものはほとんど無いよ」
「...そっか。私は、私は…」
言葉を飲み込んだ。いやな気持になっているのは二人も一緒だ。
そこに、一人の男性の方が話しかけてきた。さっきまでいた私服警官のうちの一人だ。
「ご協力感謝します。さすが、国持建造さんに見込まれただけありますね」
「ああ、工場長のことですか?でも、ちゃんとこの対応ができたのも工場長のおかげですよ」
「それにしても、現役を退いた後にも、同期の警察本部のトップに信頼されているあの国持さんに良く知り合えましたね。運がいいですね」
え、ちょっと待って。
「冬ちゃん、どういうこと?」
「わたしも最初聞いた時何言ってるのか分かんなかったんだけど、どうやらバイト先の店長が警察OBらしくて…」
「え、」
「しかも、なんか気に入られてるらしくて…」
「いや、でも流石にその人に権力ないでしょ。こんな、人を動かせるなんて…普通ありえないって」
「ほんと、人望がすごいのかな。わたしも会った事ないからわからないけど」
このようにして、無事、真実は解明された。
正直に言えば、この後しばらく頭の中には工場長さんの事しかなかった。そんな人がバックにいたなんて思いもしなかった。
そんな究明と冬ちゃん二人と私は関わりを持ってしまった。
何だかんだでこれは私にとっても幸いかもしれない。
私が今まで見てきた予知夢は、今までは必ず現実となった。
だが、今回だけは違った。
夢が現実とならなかった。夢が夢のままだったのだ。
だから、あの2人は今までにない何かなのだ。
もしかしたら、新しく何か分かることがあるかもしれない。水が何でできているかが分かったかのように。
もしかしたら、新しく何か見つけることができるかもしれない。この前海から発見された、正体不明のガラスのような物体のように。
あの二人なら、何か分かるかもしれない。
あの時、ワラをつかんだのはあの二人だけでなく、私もそうだった、なんて思った。
2026年5月3日追記:タイトルの順番を分かりやすくするために、タイトルを以下のように変更しました。変更前:#00 飛び降り老人の真実
変更後:#01 飛び降り老人の真実




