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その名は──

レオンハルトの二階で、「今回の作戦はヨルムンガンド社の、強制限定範囲転移弾の研究成果とデータの破棄」という単語がローランドの口から発された時、ハルが口に出した事は──。

「嫌がらせか」

──の一文であった。

「言い直しましょう」

ローランドがゆっくりと言い直す。

「強制:Erzwungeneエルツヴングネ

限定:Beschraenkteベシュレンクテ

範囲:Bereichsベライヒス

転移 :Translationトランスラツィオーン

弾:Geschossゲショス)

つまり、

Erzwungene─Beschraenkte─Bereichs─Translations─Geschoss

(エルツヴングネ・ベシュレンクテ・ベライヒス・トランスラツィオーンス・ゲショス)。

略して、EBTGであった。

「このEBTGが帝国軍の新兵器です。小型のリアクターを打ち込んで、直径五メートルほどの空間をまとめて、時空の彼方に吹き飛ばす特殊弾。リアクターの中身はアビスシードですが」

写真を見せられる。白黒のそれは、試射に使われた古城であった。まるでスプーンで抉られたチーズのように丸い穴が点在している。

「ところで、そちらの少年は同行しますか──保安上のリスクは背負いたくないのですが」

ローランドはウィンの方を見やる。

「最近クエスターになった。イドゥンで傷を治せる、支援メンバーとしては上出来だ」

ハルは口添えした。

感情の大半が無い彼女は情に流される事はない。冷静な評価だ。

「お前は来るのかローランド?」

「行きましょう。この実験が行われるのはアガルタと聞きます、典型的な帝国の示威行為ですな。そうそう、この研究、カジュナート技術准将も噛んでいますよ」

「サイレンか──こういう時に激昂できないのは残念だ」

「サイレン……?」

ハルの表情にウィンは聞いてはいけない事だと悟った。

(今は早すぎるんだ、今は──)

窓の外、街道をゆく大型バスが重苦しい地響きを立てて通り過ぎていった。レオンハルトの二階は、使い込まれた蜜蝋の匂いと、ローランドが持ち込んだインクの香りが、沈殿した夜気に混じり合っている。

ローランドは手元の銀時計を無造作にポケットへねじ込むと、広げていた地図を苛立たしげに指先ではじいた。

「アガルタまでの街道は荒れています。移動手段の確保すらままならない現状、定期バスに紛れ込むのが唯一の選択肢というわけですよ」

ローランドの言葉は慇懃な丁寧さを保っていたが、旅の具体的な準備についてはひどく不透明なままであった。

ウィンは、足元の床板が軋む音を聞きながら、黙って自分の使い古した背嚢を引き寄せた。ハルの沈黙とローランドの無機質な声の間で、彼は手慣れた動作で荷物の整理を始める。

「バスの座席なら、最後尾がいい。あそこなら車体の軋みで、小さな話し声くらいは消せる」

ウィンは淡々と、しかし確かな経験則に基づいて口を開いた。

「食料は乾肉と硬焼きパンを多めに。バスの備え付けの水はあてにならないから、水筒は各自で満たしておく。ローランド、あんたのその革靴も、街道を歩くなら泥を塗り込んで光沢を消しておいた方がいいよ。目立つ格好は、それだけで検問の的にされるから」

ローランドは眼鏡の奥で、値踏みするようにウィンを見つめました。

「……ずいぶんと手慣れたものですね、少年。まるで何年も街道で泥水を啜ってきたような口振りです」

「死にたくないだけだ」

ウィンはそれ以上、何も言わなかった。ハルの横顔は、オイルランプの炎を反射して硬質な陶器のように白く浮き上がっている。彼女の冷徹な肯定と、ローランドの計算高い不透明さ。その歪なバランスの中に、ウィンの冷めた実務能力だけが、湿った夜の空気と馴染んでいた。

窓の外では、次の便を待つバスが重苦しい駆動音を立てている。その唸り声は、空間を食い破る新兵器の咆哮を予見させた。

二日後のバスで東方アガルタに立つ。

そういう事になった。

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