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レオンハルトにて

ゲヴュルツ・ロートヴァインは、気持ちよく醸造された赤ワインを熱すぎるくらいに、暖めて酒精を飛ばし、たっぷりの蜂蜜と、レシピ通り、つまりほどほどのシナモン、丁子によって、酒場という空間が内包する臭みを消すに限る。ローランド・アストラ・トリオは冬の暖炉の前の揺り椅子でそう確信していた。

石造りの壁は長年の煤で黒ずみ、天井から吊るされたオイルランプが、爆ぜる薪の火と共に不規則な陰影を壁面に投じている。ここはドミナの街、レオンハルトという宿屋だ。

北に内海を臨み、東方への乗合バスの中継地点として慎ましく栄えている。港から吹き付ける湿った潮風と、街道の砂埃が混じり合うこの街において、レオンハルトの分厚い木扉は唯一の境界線だった。

南に河沿いに街道があるが、先日まで怪物クリーチャーの出現により閉鎖されていた。その影響で、本来なら活気に溢れるはずの市場は閑散とし、街の空気は停滞した澱みのように重い。宿の板敷きの床には、泥靴が残した乾いた跡が幾重にも重なり、拭いきれない獣の脂の匂いが、煮炊きの煙に混じって低く漂っていた。

旅人の来訪

そのレオンハルトにふたりの旅人が入り込んできた。

重い扉が軋んだ音を立てて開くと、外の冷気が一気に土間へとなだれ込み、暖炉の火を小さく揺らした。

ひとりは十代初めの少年。如何にも旅慣れたていの小さな荷物と、簡素だが頑丈そうな出で立ちだ。使い込まれた革のベルトには、小さな水筒と砥石が、歩くたびに微かな金属音を立てて触れ合っている。その瞳には、年齢に似つかわしくない冷徹な観察眼が宿っていた。

もうひとりは多分二十代の女性。放出品らしい、帝国軍のコートをまとい、不思議な雰囲気を持つ大槍を肩に担いでいる。槍の穂先は丁寧に布で巻かれているが、剥き出しになった石突きの部分は、数多の戦場を潜り抜けてきたことを示す無数の傷に覆われていた。

「親父! ふたりだ。暖かい酒をくれ、串焼きも貰えるか 、一番安いのでいい」

言って二十代の女性、ハル・アレナディオは銅貨を親父の胸もとに弾いた。

鈍い音を立ててカウンターに落ちた硬貨は、使い古されて縁が丸くなっている。

「酒だけですよ、部屋は一杯でして」

親父は鼻を鳴らした。カウンターの奥で布巾を動かすその手は止めず、視線だけを入り口に向けた。

「多分、連れが先に来ている。ローランドはいないか」

「旦那なら、暖炉の前に居ますよ」

親父が手のひらで示したのは、揺り椅子に身体を横たえる、黒づくめの伊達男だった。

その男の周囲だけは、喧騒から切り離されたような静寂が支配している。

揺り椅子は、男の動きに合わせて規則正しく「ギィ、ギィ」と乾燥した音を刻んでいる。男の着る黒い上衣は、上質なウールでありながら、旅の埃を完全に拭い去ることはできていない。

手にはピューターのゴブレット、その中には湯気も立つ赤ワインが半分程残っていた。スパイスの香りが、薪の爆ぜる音と共に、男の周りに薄い膜を作っている。

ハルは無造作にローランドに近づき、ゴブレットをひったくると、一気に飲み干した。

喉を鳴らして嚥下する音が、静かな酒場に響く。

「いい酒飲んでるな」

「銀貨を払っているので。───明日までに来なければ、あなたの分も注文してましたよ」

墓標に備える分だろう。

ローランドの視線は、赤く燃える薪の芯に向けられたまま動かない。暖炉の熱で、彼の頬の半分は赤く照らされ、もう半分は深い影に沈んでいる。

「部屋で話を聞こう」

「ご主人、昼飯は上で摂ります」

ローランドは優雅に身を翻し、二階の自室へとふたりをいざなった。

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