ドレイコ峠の決闘
吹雪が荒れ狂う極寒の戦場。ハルは手にした巨大な魔槍を流麗に翻し、膝まで埋まる雪を爆ぜさせて地を蹴った。対する長虫は、うなじに埋め込まれたリアクターを猛々しく唸らせ、片翼を失った不格好な、しかし圧倒的な質量を持つ巨躯をうねらせて突進してくる。
ハルの銀灰色の髪が雪風に舞い、重厚な一撃が魔法金属の鱗の、わずかな隙間を火花と共に刺し貫いた。硬質な金属が削れる耳障りな音と、古の獣を思わせる咆哮が交差し、大気を震わせる。熱なき死闘は、純白の静寂を散る火花と吐き出される硝煙で無慈悲に塗り替えていった。
しかし、自然の猛威は非情だった。一瞬の突風に視界を奪われ、雪に足を取られたハルは、わずかに体勢を崩す。その隙を長虫は見逃さなかった。
「――ッ!」
雷神トールの加護を宿したとされる長虫の牙が、逃れようのない速度でハルの脇腹を捉えた。通常の鋼ならば紙のように引き裂くその牙は、ハルが纏っていた鎖かたびらさえもあっけなく貫通し、彼女の細い身体に致命的な傷を負わせる。
鮮血が白銀の雪原に飛び散り、鮮烈な紅の花を咲かせた。
だが、その絶望的な状況で、彼女の胸元に輝くシャード「ハルモニア」が脈動を始めた。それは単なる治癒ではない。不協和音を奏でる生命を強引に調律し、無理やり活力を注ぎ込む呪縛に近い輝きだ。ハルモニアの共鳴が彼女の闘志を支え、千切れかけた肉体をつなぎ止める。
ハルは呻き声一つ漏らさず、強引にあぎとから自らの身体を引き抜いた。傷口から零れる熱を無視し、距離を取っての打ち合いに転じる。
手応えは重かった。魔法金属の鱗の下は、彼女の予想通り、数百年の時を経て練り上げられた鋼鉄のような筋肉の塊だった。ドラゴンの骨から削り出され、永劫の冷気を帯びた魔槍といえども、真正面から突くのみでは致命傷には至らない。
ハルは奥歯を噛みしめ、覚悟を決める。
(……このまま打ち合えば、向こうの無尽蔵な体力がこちらの生命を削りきる)
背後にいるウィンの体力も限界に近い。ハルは残された全神経を研ぎ澄ませ、自らの命をチップにした博打に出る。
「白き神、ニョルドよ! 雷神トールよ! ニョールあれ」
彼女は槍を捨て、ベルトに挟んでいた無骨な手斧を一呼吸で引き抜いた。狙うは、あの忌々しい帝国の遺物。ハルは全身のバネを使い、全力で手斧をリアクター目掛け投じた。
放たれた手斧は、雷、業火、氷雪、あらゆる属性の残滓を纏いながら、虚空を裂いてリアクターの芯を真っ向から撃ち抜いた。
刹那、耳をつんざくような爆発音が響き渡る。壊れたリアクターから盛大な蒸気が噴き出し、長虫は天を仰いで最後の一声、悲痛な鳴き声をいななく。
そして、山を揺るがすほどの轟音を立て、長虫は力尽きて倒れ伏した。雪煙が舞い上がり、静寂が再びドレイコ峠を包み込む。
「……ウィン、もう良いぞ。伏せてなくていい」
ハルの呼びかけに、雪の中に身を隠していたウィンが恐る恐る顔を上げた。
「……寒いよ、ハル。あと一分あのままだと、骨の髄まで凍っていたよ……」
愚痴をこぼしながら歩み寄ったウィンは、しかし、半身を紅に染めたハルの姿を見て言葉を失い、息を呑んだ。
ハルの脇腹、牙によって鎖かたびらが引きちぎられたその場所。そこから覗いていたのは、人間の柔らかな白い肌ではなかった。
それは、深海に潜む海老や蟹のそれを思わせる、硬質で不気味な光沢を放つ甲殻に覆われた、形容しがたい肉体だった。これこそが、精霊と契約を結んだ代償。美しき女傭兵の仮面の下に隠された、人ならざる「異形」の証である。
ハルはウィンの視線に気づき、自嘲気味に口角を上げた。だが、その表情はどこか不自然で、歪んでいる。精霊に感情の喰われた彼女には、もはや人間らしい笑い方などできないのだ。
「……言っていいぞ、『バケモノ』だと。それが正解だ」
精霊に魂を売り、人間に似た「何か」へと成り果てた女戦士は、硝煙の中で壊れた人形のような笑みを浮かべたままでいた。




