代価
ウィンカスターの夜は、数万数十万のカバラ機器が吐き出す熱気と、繁華街の喧騒で膨れ上がっている。
『ウィンカスター・フォーチュンサービス』の店内もまた、その熱の渦中にあった。色鮮やかなベールに包まれたブースからは、占い師の巧みな話術と、それに一喜一憂する客たちの声が絶え間なく漏れ聞こえる。
「……大繁盛だな、ミナ。これでは情報の出入りも激しそうだ」
ローランドが皮肉を混ぜて声をかけると、奥の密室でカバラ端末に向き合っていたナガセ・ミナは、客向けの作り笑いを一瞬で消した。
「表が騒がしいほど、裏の仕事は捗るものよ。……で、あんたたちの求める『真実』は、一体どれくらいの重さかしら」
「カジュナート技術准将の所在だ」
ハル・アレナディオの言葉は、店内の喧騒を切り裂くほどに鋭かった。
ミナは眉をひそめ、高速でキーボードを叩く。端末の青白い光が、彼女の冷静な横顔を照らした。
「カジュナート准将……。帝国軍の重要人物ね。公式記録によれば、彼は今、過労による療養中とされているわ。場所はここ、ウィンカス
郊外の軍管轄療養所だ。……だが、不自然だな。彼はつい先日まで、アガルタにいたはずだろう?」
ハルは無機質な瞳でモニターを見つめ、静かに断じた。
「やはり、影武者か」
「影武者?」
ミナが不審げに聞き返す。アガルタはウィンカスタかーら遠く離れた閉ざされた島だ。その地の詳細を、ミナと言えど完全に把握することはできない。
「アガルタで対峙したのは、ただの操り人形だ。技術将校が自ら死地を歩くはずがない」
ハルの声は、氷点下の風のように冷たい。
「本物は最初から、このウィンカスターで糸を引いていた。そうだな?」
ミナは端末のログをさらに深く潜り、ウィンカスター周辺の通信記録を精査した。
「……アガルタのことは、流石の私でも霧の中だわ。でも、こっち(ウィンカスター)のデータは嘘をつかない。……確かに、あんたの言う通りね。アガルタでの実験が行われていたとされる期間、この療養所には秘匿された特別回線が引かれ、莫大なデータ通信が行われていた形跡がある。それに、軍の内部ログに興味深い記述を見つけたわ。……レリクス起動実験の『不具合』に関する報告書だ」
「不具合、だと」
ローランドが身を乗り出す。腰に吊るした轟魔刀「刃桜」が、わずかに揺れた。
「ええ。レリクスの起動実験で、何らかの致命的なミスが発生したらしい……准将の『療養』っていうのは、その失敗の証拠を隠滅し、安全な場所で再調整を行うための偽装ね」
ハルは、胸元のシャード「ハルモニア」に手を添える。今の彼女の意志を冷たく反射していた。
「アガルタの様子が把握できないが……本物は、その療養所にいる」
ウィンは、不眠不休の疲労で震える足を必死に踏みしめ、二人の会話を聞いていた。ハルの言葉は、いつも簡潔で、それゆえに重い。
「……叩くのは今だ。本物を消し、その歪な技術を完全に葬る」
「いい度胸だな」
ミナが薄く笑い、端末から一枚パンチカードを抜き出した。
「療養所の構造図と、警備の死角だ。……ただし、ミッドガルド広しといえど、カジュナートを本気で殺そうなんて考えるのは、あんたたちくらいなものだぞ」
「代価は置いた。行くぞ」
ハルは短く告げると、銀灰色の三つ編みを翻し、再びウィンカスタの重苦しい熱気の中へと踏み出した。
物語は、いよいよ最終局面へと向かう。




