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堕ちた翼

「虚無の翼号」の船体は、西日を浴びて黄金色に輝きながら、ウィンカスターを目指し順風満帆の航海を続けていた。祝宴の余韻はまだ乗組員たちの胸に残り、希望に満ちた空気が甲板を満たしていた。しかし、その安らぎは、雲海から突如として姿を現した鋼鉄の巨獣たちによって、無残にも切り裂かれた。

「……後方に高エネルギー反応。帝国軍第十七巡回艦隊、直掩艦三、旗艦一。……包囲されています」

監視員の平坦な声が、ブリッジに戦慄を走らせる。彼女の視覚素子は、数キロ先で展開を始めた帝国艦隊の主砲が、不吉な紫色の光を蓄えているのを捉えていた。

「よりによって、こんなところで!」

グラーフが操舵輪を大きく切り、回避行動に移る。しかし、帝国が誇る魔導雷撃砲は、回避の隙を与えなかった。

空間を震わせる轟音と共に、数条の雷撃が虚無の翼号を貫いた。

「右舷大破! 動力伝達系、溶解!……姿勢制御不能!」

ハルの報告が続く間にも、船体は激しく震動し、装甲が剥がれ落ちていく。爆風が乗組員の体を宙に浮かせ、彼は必死に近くの支柱に抱きついた。

「みんな、しっかり掴まって!」

ウィンの叫びも、爆鳴にかき消される。第二撃が船体中央部に直撃し、虚無の翼号は断末魔のような軋み声を上げ、その翼を折られた。重力という名の鎖が、空の覇者を地上へと引きずり下ろしていく。

どれほどの時間が経っただろうか。

ウィンが意識を取り戻したとき、最初に感じたのは、肺を焼くような砂埃と、焦げたオイルの鼻を突く匂いだった。

「……う、うう……」

目を開けると、そこには果てしなく広がる赤茶けた荒野があった。空は不気味なほどに青く、自分たちが先ほどまであそこにいたことが信じられない。

「ウィン、無事か」

聞き慣れた落ち着いた声に顔を上げると、そこにはローランドがいた。服はボロボロになり、煤で汚れてはいるが、その眼差しにはまだ理性の光が宿っている。

「ローランドさん……。ハルさんは!?」

「ここにいる」

背後から、一切の乱れを感じさせない足音が近づく。ハルだ。彼女は、墜落の衝撃を完全に吸収したかのような、凛とした立ち姿でそこにいた。その肢体には傷一つなく、魔導人形としての硬質な美しさは、この荒涼とした風景の中で異様な存在感を放っている。

彼女はコンパスとにらめっこしつつ、盛大にため息をついた。負傷など微塵も感じさせないその動きは、絶望の淵に立たされた一行にとって、唯一の、そして絶対的な希望の象徴であった。

きっとどこかで虚無の翼号とクルーは牙をといでいるだろう。

「ウィンカスターはまだ遠い。だが、止まっている暇はありませんよ」

ローランドが、愛刀「刃桜」の柄を確かめるように握り直す。

「虚無の翼を失っても、我々の意志が折れたわけではない。そうでしょう?」

ウィンは立ち上がり、泥を払った。足元に広がるのは、草木も生えぬ乾燥した大地。水も食料も、そして空を飛ぶ手段も失った。しかし、隣には不屈の策士と、完全無欠の守護神がいる。

「……うん。歩こう。ウィンカスターへ」

帝国軍の魔導捜索機が遠くの空で羽音を立てている。地上には、隠れる場所などどこにもない。それでも、ハルを先頭に、彼らは一歩一歩、乾いた大地に確かな足跡を刻んでいく。

これは物語の終わりではない。

空を追われ、地に落ちた勇者たちが、己の足で未来を切り拓くための、新たなプロローグに過ぎないのだ。

ハルの冷徹な瞳が、陽炎の向こうに潜む敵の影を捉える。彼女のコンディションは最高潮だ。いかなる追っ手が来ようとも、その鋼の意思がウィンとローランドを護り抜くだろう。

荒野を征く三人の影が、西日に長く伸びていく。

風が砂を巻き上げ、彼らの行く手を阻むように吹き抜けたが、その足取りが止まることはなかった。ウィンカスターへの道のりは、まだ始まったばかりであった。


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