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凱歌は果てなく

「虚無の翼号」の甲板は、今や鉄と硝煙の匂いを上書きするほどの、強烈な「生の匂い」に包まれていた。帝国の追っ手を振り切り、不可能と言われた空域を突破した男たちを待っていたのは、天をも焦がすような狂乱の宴だ。

船上の中央に据えられた巨大な木製テーブルが、馳走の重みで悲鳴を上げている。

「さあ、野郎ども! 胃袋の限界まで詰め込め! 運命を笑い飛ばしたご褒美だ!」

「さすがお頭!」

「バカモン船長と呼べ!」

船長とクルーのやりとりの後、巨漢の料理番が、巨大な銀のトレイに載せた「赤岩牛の岩塩焼き」をドスンと置く。外側は炭火でカリカリに焼き上げられ、ナイフを入れれば、熟成された肉の香りが爆発的に広がる。切り分けられた断面からは、ルビーのように輝く肉汁が滴り、男たちの本能を激しく揺さぶった。

ウィンは、両手で大きな骨付き肉を掴み、夢中でかぶりついた。

「……んんっ! すごい、力が湧いてくるみたいだ!」

少年の顔は煤と脂で汚れていたが、その瞳には未来への希望が爛々と輝いている。

その横で、ハルは微塵の揺らぎもない所作で、ナイフを肉に滑らせていた。彼女の動きは精密な機械のように正確で、その肢体には一点の淀みも、一筋の影もない。完璧に調整された人形のように、彼女は泰然と、しかし確実に、戦士としての「補給」を行っている。彼女にとってこの食事は、次なる戦場へ向かうための最適解であり、その姿は勝利を体現する女神のように神々しく、そしてどこまでも強靭であった。

「さて、諸君。今夜の主役はこれだ」

策士ローランドが、船倉の奥深くから運び出させたのは、伝説的な銘酒「雷鳴の涙」の樽だった。

「帝国の高官が隠し持っていた秘蔵の品ですよ。我々が味わう方が、この酒にとっても幸せというものでしょう」

栓が抜かれた瞬間、甲板に芳醇な果実と、鼻を突くような鋭い酒精の香りが混ざり合って漂う。

「カチリ」と、ピューターの重厚な杯が打ち鳴らされる。

「自由な空に、そして我らが『虚無の翼号』に! 乾杯プロースト!」

男たちが一斉に喉を鳴らして酒精を流し込む。喉を焼くような熱さが全身の血管を駆け巡り、戦いの緊張で強張っていた精神を、一気に歓喜の色に染め上げていく。ハルもまた、銀の杯を一切の迷いなく煽った。彼女の端正な横顔は、焚き火の光を浴びて赤く染まり、その立ち姿には、いかなる強敵をも屠る準備が整っているという、圧倒的な覇気が宿っていた。

宴が最高潮に達した頃、ウィンの鞄の奥で、緑色の宝玉「シャード」が脈動するように光を放った。

「おれたちは、本当にとんでもないものを手に入れたんだね」

ウィンの呟きに、ローランドが不敵な笑みを浮かべて応える。

「ええ。これはただの宝石ではありません。古い秩序を焼き払い、新しい時代を築くための『火種』です。そしてそれを持っているのは、帝国の皇帝ではなく、我々なのですよ」

ローランドは、腰に佩いた新たな得物、轟魔刀「刃桜」の柄を愛おしそうに撫でた。漆塗りの鞘に施された桜の彫刻が、炎に照らされてゆらゆらと揺れる。この刀が、そしてハルの盤石な力が、これからの航路を切り拓く盾となり矛となる。

夜が更けるにつれ、宴はさらに激しさを増していった。アコーディオンとバイオリンの調べが、激しいリズムを刻み、男たちは足を踏み鳴らして踊り、歌う。

「空を喰らえ、自由を掴め! 虚無の翼に風を呼べ!」

その歌声は、静まり返った夜の雲海を震わせ、遥か下界の住人たちには、まるで神々が祝宴を上げているかのように聞こえたに違いない。

ハルは、喧騒の中に身を置きながら、静かに夜空を見上げていた。彼女の意識は、すでに明朝の航路計算と、遭遇が予想される敵艦隊のシミュレーションを完了させている。彼女の存在そのものが、この船にとっての絶対的な守護神であり、その完全無欠なコンディションが、乗組員たちに「不敗」の確信を与えていた。

「ハルさん、次はどこへ行くの?」

ウィンが尋ねる。

ハルは少年の瞳を見据え、わずかに唇の端を上げた。

「どこへでも。この船が、そして貴方が望む場所なら、どこへでも」

東の空が白み始め、銀色の朝靄が甲板を包み込む。祝宴の終わりは、次なる伝説の始まりだ。

「虚無の翼号」は、朝陽をその鋼の翼に反射させながら、ゆっくりと、しかし力強く加速していく。

彼らの背後には、打ち倒した帝国の残骸と、昨夜の狂宴の残滓。

彼らの眼前には、無限に広がる蒼穹と、まだ見ぬ自由の極致。

大航海時代の魂を宿した勇者たちは、絶好調のハルを先頭に、いかなる困難も、いかなる「壁」も、笑い飛ばしながら突き進んでいく。その航跡は、空という名のキャンバスに刻まれた、永遠に消えることのない自由の証明であった。

──その勝利は長く続かなかった。



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