闇に囁くものたち
ハル・アレナディオが目を開けると、そこは「鳥籠」の最深部、廃棄区画だった。
頭上遥か遠くに、抉り取られた天井から火花が降り注いでいる。冷却液が漏れ出し、足元には汚濁した水が溜まっていた。本来なら絶望的な孤立状況だが、彼女の瞳に動揺はない。
彼女の胸元で『ハルモニア』が静かに、しかし力強く明滅していた。
(……西に三百、下層に一人。北東に五百、上層に一人)
シャードを介した共鳴に、妨害は通用しない。マナの海を伝わってくる確かな鼓動が、ローランドとウィンの位置を瞬時に彼女の脳裏に描き出していた。
「……無事ね、二人とも」
ハルは魔槍『光華』を静かに構え直した。感情を欠いた彼女の思考は、即座に合流への最適ルートを弾き出す。地下の湿った冷気が肌を刺すが、精霊に食われた彼女にとって、それはただの物理現象に過ぎなかった。
一方、ウィンは施設の外縁部、冷たい夜風が吹き抜ける排気塔の頂上付近に投げ出されていた。
激しい目眩に襲われながらも、彼は必死に鞄を抱きしめる。
「はぁ、はぁ……ハル……ローランド……!」
叫ぼうとした声は、強風に掻き消された。しかし、鞄の中のシャードが温かな熱を帯び、彼に語りかけてくる。
(……あっちだ。地下の深いところにハルさんがいて、もっと近い下の階にローランドさんがいる)
見習い魔法使いだった頃には想像もできなかった、絶対的な「繋がり」の感覚。それは帝国のいかなる魔導妨害も寄せ付けない、クエスターだけの聖域だった。ウィンは震える足で立ち上がり、排気塔の階段を駆け降り始めた。 ローランドは、マナ・リアクターの残骸が積み重なる中間層の空洞にいた。
彼は眼鏡のブリッジを指先で押し上げ、不敵な笑みを浮かべる。腰の『刃桜』に手を添えれば、シャードの導きによって二人の位置が手に取るように分かった。
「おやおや。バラバラにされても、糸が切れないというのは心強い。カジュナート准将も、こればかりは計算外でしょうな」
彼は周囲の闇を見据えた。帝国のソルダートたちが、混乱の中で「鼠」を捕らえようと動き出しているのが分かる。しかし、位置を把握しているのはこちら側も同じだ。
「さて、ウィン君。ハルさん。この壊れゆく鳥籠の中で、盛大な再会と洒落込みましょうか」
帝国はまだ知らない。
自分たちが放った虚無の弾丸が、三人を消し去るどころか、シャードによる揺るぎない通信網を浮き彫りにさせたことを。バラバラになった三人の影は、崩壊を始めたアガルタの闇の中で、一点を目指して同時に歩みを進めていた。




