表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/26

突入

ウィンにとって、この地の空気は初めてではない。かつて記憶の片隅に焼き付いた、焦げ付いた回路の臭いと、肌を刺す凍てついた冬の空気が、再び彼を迎え入れていた。

「……変わらないね、ここは」

少年は呟き、膝の上の鞄を抱え直した。

ハル・アレナディオは、乳のような白さの肌を極彩色の照り返しに晒しながら、無機質な瞳で前方の巨大な構造物を見据えていた。カジュナート技術准将が統括する実験施設「鳥籠」。その入り口を塞ぐ第一検問所には、帝国の傲慢さを具現化したような防衛線が敷かれている。

「……兵の数は約百。通常を遥かに上回る規模ね。中央に大砲が二門、左右の銃座には狙撃手が配置されている。准将直属の選抜ソルダート……完全な迎撃態勢よ」

ハルの報告は、凍った湖面のように平坦だった。彼女の手には、ドラゴンの骨から削り出された冷徹な槍――『光華こうか』が握られている。その白い肌には寒冷地特有の赤らみも鳥肌もなく、ただ無機質な美しさだけがそこにあった。

「百人、ですか。カジュナート准将も、形だけは整えておく主義のようですね」

ローランド・アストラ・トリオが、眼鏡のブリッジを指先で押し上げ、不敵な笑みを浮かべた。彼の腰にある轟魔刀『刃桜はざくら』は、冬の星明かりを吸い込んで静かに横たわっている。

「ですが、真帝国という組織はあまりにも肥大化しすぎました」

帝国は大きすぎるがゆえに、細部への関心を失っている。高価な試作兵器を並べるまでもなく、規格化された既存の大砲とソルダートの物量で全てを圧殺できると信じ切っている。その絶対的な自信と、失われた物への徹底した無関心。それこそが、鉄壁に見えるこの検問所の、唯一にして最大の隙だった。

「行きましょう。ウィン君、鞄を。道は我々が拓きます」

ハルが動いた。一筋の白い閃光が、凍てつく石畳を滑る。

検問所のソルダートたちが異常を察知し、リアクターを全開にした剣を振り上げるより早く、『光華』の穂先が空を割った。永劫の冷気を帯びた槍は、敵が放とうとした術をその起点から凍てつかせ、物理的な質量をもって装甲板ごと強引に引き裂いていった。

「敵襲! 識別コード不明! 全員、撃てッ!」

指揮官の怒号と共に、二門の大砲が火を噴いた。轟音が冬の夜気を震わせ、砲弾が三人の地点へと殺到する。

だが、その弾道上に割り込んだのはローランドだった。

彼はハルのような爆発的な加速は見せない。ただ、雑踏の中を歩むような平然とした足取りで、死の雨の中へ踏み入った。

キィィィィィン!

短く、澄んだ金属音。

ローランドが『刃桜はざくら』の引き金を引き、鯉口を切った。彼が動いたのは一瞬だった。抜刀、そして納刀。特別な魔術も、仕掛けもない。ただひたすらに鋭利な鋼が、飛来する砲弾をその中心から真っ二つに両断し、背後のカバラ強化された重合金の防壁までも紙のように切り裂いていく。

「な……一太刀で、大砲を……!?」

ソルダートたちの間に戦慄が走る。彼らが信奉する帝国の技術力が、ただの一振りのヤシマ刀によって、その根底から否定された瞬間だった。

「驚くことはありません。ヤシマの匠は、ただ『斬る』という一点において、世界の理を越えただけのことですから」

ローランドは穏やかな声で答えながら、流れるような動作で次々と敵の武装を斬り捨てていく。彼の剣筋には無駄がなく、返り血さえも極彩色の光の中で霧散していく。

ウィンは、二人が作り出した「死の空白」を必死に走り抜けた。

足元の石畳は凍りつき、滑りそうになるのをシャードの鼓動に合わせるようにして踏みしめる。頭上のリアクターが唸りを上げ、実験の開始を告げるカウントダウンのような不気味な振動を、凍り付いた地盤に伝えていた。

百名の選抜ソルダート、二門の大砲。それは一個の拠点としては十分すぎる戦力だった。しかし、ハルの『光華』が放つ凍土の如き圧力と、ローランドの『刃桜』が体現する究極の鋭利さを前に、その数は意味を成さなかった。帝国という巨人が抱える「無関心」という病は、現場の兵士たちの戦意さえも、どこか空虚なものに変えていた。

現場の指揮官は、いまだに通信の途絶えた分隊の報告を「冬の寒さによる回路不良」程度にしか考えていなかった。まさか、自分たちの管理下から消えたはずの遺物が、今まさに目の前を通り過ぎ、施設の心臓部へ向かっているとは、想像だにしていなかった。

三人は、混乱すら起きていない静かな検問所を通り抜け、巨大なリアクターが唸る施設の中枢へと足を踏み入れようとしたが、そこで不可視の壁に阻まれた。

「ハル、ローランドさん……行こう。これを終わらせるために」

ウィンの言葉に、二人は静かに頷いた。

しかし、決意だけではその壁は破れない。

背後では、真っ二つに割れた大砲が沈黙し、機能を停止したカバラ回路が最期の火花を散らして、冬の夜空を冷たく彩っていた。彼らの侵入を告げる警報さえも、肥大化した組織の末端で、ノイズとして処理され消えていく。

帝国の誇る「最先端の狂気」――EBTG(限定範囲転移弾)。その実験が最終段階へと進もうとする中、三人の影は、因果の渦へと深く潜り込んでいった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ