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夢の続き

 ドレイコ峠の凍てつく死闘と、帝国軍の検問という「静かなる戦場」を潜り抜けた定期バスは、深い夜の帳に包まれる頃、ようやく中継地点の街、ロージアへと滑り込んだ。そこはアガルタへと続く街道の要衝であり、泥にまみれた馬車や、リアクターが重苦しい低音を響かせる大型バスがひしめき合う、喧騒と活気に満ちた場所だった。

 三人が腰を下ろしたのは、街の端に位置する古びた宿屋の食堂だ。石造りの壁は長年の煤で黒ずみ、天井から吊るされたオイルランプが、不規則な陰影を壁面に投じている。

「……さて、命拾いをした祝いといきましょう。ウィン、君の働きには感謝していますよ」

 ローランドが、手慣れた動作で店主に銀貨を数枚差し出した。彼が注文したのは、この宿場の名物である「野猪の薪火焼き」と、そして荒くれ者の傭兵たちが好んで頼む、喉を焼くような強い酒――シュヴァルツァー・ヤックだ。

 やがて運ばれてきたのは、厚さ三センチはあろうかという巨大な肉の塊だった。炭火でじっくりと炙られた表面は、香ばしく焦げた脂が琥珀色の雫となって滴り、薪の煙の芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。

「うわあ……すごい。こんなに新鮮な肉、久しぶりだ」

 ウィンは、膝の上に置いた「シャード」入りの鞄をようやく足元に下ろし、目を輝かせた。イドゥンの癒しの力に目覚めたとはいえ、彼の中身はまだ十二歳の少年だ。長旅と緊張で削られた体力が、目の前の御馳走を前にして激しく自己主張を始めていた。

 ハルは相変わらず、感情の起伏を感じさせない平坦な動作でナイフを手に取った。

 長虫パンツァーヴルムとの死闘で彼女を苦しめた脇腹の深手は、今や跡形もなく消え去っていた。

「……食べることも、クエスターとしての『維持管理』には必要よ。ウィン、遠慮はいらないわ」

 ハルが短く言うと、ウィンは勢いよく肉にナイフを立てた。切り口から溢れ出す熱い肉汁が、立ち上る湯気と共に食卓を彩る。口に運べば、野生味溢れる肉の弾力と、上質な脂の甘みが舌の上で爆ぜた。

「おいしい……! ハルさんも、食べてみてよ」

 少年の純粋な言葉に、ハルは無機質な視線を肉に向け、一切れを口に運んだ。彼女にとって「美味しい」という感覚は、すでに精霊に「食われ」、遠い記憶の彼方にある。しかし、噛みしめるごとに溢れる生命の源泉は、確かに彼女の肉体へと染み渡っていくのを、彼女なりの論理的帰結として感じていた。

 対面に座るローランドは、黒砂糖が混ざった泥のような色をした「シュヴァルツァー・ヤック」の杯を掲げた。

「帝国軍の連中は、今頃まだ峠で立ち往生しているはずだ。我々がこうして、彼らの重要物資を横に置いて、舌鼓を打っているとは夢にも思わずにね。プロースト(乾杯)、諸君」

 彼はその毒々しいほどに強い酒精を一口煽り、眼鏡の奥で不敵に目を細めた。

「……そう言えば、ローランド」

 ハルが、咀嚼の手を止めることなく尋ねた。

「次の目的地、アガルタで待っているのは、単なる実験データの破棄だけではないのでしょう? 『EBTG(限定範囲転移弾)』。それを止めるには、今の私たちの戦力では不十分だわ」

 傷一つない身体を取り戻したことで、ハルの思考はより純粋に、次の戦場への最適解を導き出そうとしていた。

「おや、食事中に仕事の話ですか。野暮ですね」

 ローランドは肩をすくめ、最後の一切れの肉を口に放り込んだ。

「確かに厳しい。ですが、我々にはこの『クエスターになったばかりの少年』と、本物のシャードがある。ロージアを発ち、アガルタへ向かうバスは明朝。今夜だけは、この宿屋の安らぎに、身を委ねようじゃありませんか」

 ウィンは二人の会話を、半分も理解できていない。ただ、口いっぱいに広がる新鮮な肉の味と、暖炉から伝わる火の温もりだけが、自分がまだ生きていることを実感させてくれた。

 窓の外では、次の便を待つバスが重苦しい駆動音を立てて通り過ぎていく。

 帝国はまだ知らない。

 失われたはずの「火種」が、この煤けた食堂の片隅で、着実にその輝きを強めていることを。

 三人は、それぞれの思いを秘めたまま、冷え始めた夜気を切り裂くような熱い肉の味を、心ゆくまで堪能した。


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