旅の途中
濃いめのエールに沈んだ焼き林檎は、どこか蛮族の作った干し首を連想させた。熱でひび割れ、茶褐色に萎びた皮の隙間から、煮崩れた果肉が濁った琥珀色の液体へと溶け出している。
その上から、店主がシナモンを惜しげもなく振りかけた。細かな茶の粉末が表面を覆った刹那、天地を貫く槍の如く、赤熱した一本の鉄串がジョッキの中へと突き立った。
「シュゥゥッ!」という激しい悲鳴のような音が上がる。
エールは短気な傭兵のように瞬く間に沸き立ち、白く荒い泡がジョッキの縁を乗り越えて溢れ出した。同時に、周囲の冷え切った空気を塗り替えるように、焦げた砂糖とシナモンの甘く暴力的な香りが散乱する。
「ゲフランター・アプフェルエール、できたぞ」
冬場の酒場兼宿、その煤けたカウンター席に座っていた女性――ハル・アレナディオに対し、酒場の親父は毛深い腕を突き出し、大ぶりな木のジョッキを差し出した。
ハルはそれを、鎖かたびらに包まれた左手で迷いなく受け取った。鉄の輪が触れ合うかすかな金属音が、ジョッキの熱を遮断するように響く。酒代の銀貨は、既に湿った木の天板の上に先払い済みだ。
「感謝」
ハルは短く応じると、ジョッキを無造作に傾けた。少々厚めの唇から口腔へと、熱を帯びた液体が流れ込んでいく。シナモンの刺激が鼻を抜け、リンゴの酸味とエールの苦味が喉を焼く。冷え切った内臓が、まるで内側から焚き火を灯されたかのように疼いた。
「冬はこれに限るな」
「……あんた、さっきから見てりゃ、指先ひとつ震えちゃいねえぞ。寒いだろう」
親父が呆れたように鼻を鳴らす。ハルは、熱い酒を嚥下した名残を喉に感じながら、端的に呟いた。
「気分の問題だ」
カウンターに置かれた兜の隣で、ハルは静かに座していた。膝丈まで届く機能的な鎖かたびらの上には、雪で汚れた枯葉色のマントを羽織っている。腰のベルトには雪豹の毛皮を巻き、その隙間には使い込まれた二丁の手斧が、獲物の肉を待つ牙のように挟まれていた。足元のブーツには、無骨な短剣が左右それぞれに一振りずつ。一見して、彼女が「美酒を楽しむ客」ではなく「死線を渡るプロフェッショナル」であることが見て取れる。
その風貌は、女性というより、女装した美形の男性と称するほうがしっくりきた。乳白色の肌は寒風に晒されながらも健康的だが、銀灰色の髪は色気を排するように引っ詰められ、背中で一本の太い三つ編みとなっている。
そして何より、見る者を沈黙させるのはその瞳だった。意志の強さを象徴する太い眉の下、右目は深い森のような緑、左目は燃えるような赤。調和とは無縁の、忙しくも神秘的な色合いを持つ「金銀妖瞳」。その視線に見据えられれば、大抵の酔客は言葉を飲み込み、目を逸らすことになる。
カウンターに立てかけてある彼女の得物は、どこか酷薄さを感じさせる、小剣ほどの長さの穂先を持つ黒塗りの槍だ。親父はかつて、東方の国「ヤシマ」では武勇一のサムライに赤く塗られた槍を贈る慣習があるという噂を聞いたことがあった。
親父は知る由もない。この槍の穂先が、ハルがかつて死闘の末に打ち取ったドラゴンの骨を削り出し、古代の法によって鍛え上げられた遺物であることを。その銘は『光華』。光を呑み込み、闇を裂く、英雄の証であった。
「ハル、オレも一杯飲ませてよ。干し林檎と薄めたエールだけじゃ、お腹が空くよー」
ふいに、声変わり前の少年の甘えた声が、張り詰めたカウンターの空気を弛ませた。
声の主はウィン。ハルの旅の道連れである少年だ。彼はハルの隣で、すっかり冷え切った「干し林檎入りの薄めすぎたエール」を恨めしそうに見つめていた。そのジョッキの中身は、今のハルが飲んでいる芳醇な一杯とは比べ物にならないほど貧相な代物だ。
「ウィン。お前にはまだ早い」
ハルは視線を向けず、ジョッキを傾けたまま応じる。
「えー、なんでさ! 蜂蜜も入ってるんでしょ? 一口だけでいいからさ」
「熱鉄で沸かした酒は、子供の胃には劇薬だ。せめて毛が生え揃ってからにするんだな」
ハルはそう言って、ジョッキの底に残った、ドロドロに溶けた焼き林檎の破片をスプーンですくい上げ、強引にウィンの口に放り込んだ。
「あふっ、あつっ! ……でも、甘い……」
ウィンが顔を顰めながらも、その温かな甘味に表情を緩めるのを見て、ハルはわずかに、本人にしか分からない程度に眉を上げた。
外は、さらに雪が深まろうとしている。
窓の外で唸る木枯らしの音を背に、ハルは無骨な『光華』の柄を握り直した。ウィンからこの温もりが消えぬうちに、次の旅路について考えなければならない。




