悪役令嬢の婚約者探し
忌々しい姉の【中】が変わった。
公爵令嬢ルイス・アルステイル。
伝統ある公爵家に生まれ、物心着く前から王子の婚約者に選ばれると、次代の王妃として大事に育てられた。しかし、大事にするあまり誰も彼女を叱ることはなく、才能と美貌を得るために性格を代償にしたのかと思うほど本性が終わっていた。
傍若無人の化け物。
そんな姉……だったものをじっと見つめる。
「おはようセドリック。今日はとても良い天気ね」
生まれながらにして公爵令嬢のあの姉が、
使用人と同じ衣服を身にまとい、
シーツを干していた。
ありえない。
例え天と地がひっくり返っても。
公爵令嬢ルイス・アルステイルは、使用人の真似事など絶対にしない。
「貴女は誰ですか?」
警戒心むき出しで冷たく言ってしまったからか、それとも図星だったのか、姉の形をした何かはビクリと肩を震わせた。
「お姉ちゃんよ。貴方の」
ますます信じられない。
俺は血の繋がらない義理の弟で、元平民だ。
公爵様の善意で拾われただけに過ぎない捨て子。
そんな俺のことをルイス・アルステイルは、1度として家族と認めたことはなかった。
家族でいる時は居ないものとして無視し、一人の時は罵倒して邪魔者扱いする。
それが、お姉ちゃんだと?
「半年ほど前、貴女は俺に初めて紅茶を淹れて下さいました。覚えていますか?」
「ご、めんなさい。それについては本当に……何をしても償えないわ」
記憶があるのか。
別人なのだからどうせ嘘をつくものと思っていたが、そうではないらしい。
半年前、ルイス・アルステイルは熱い紅茶を俺にカップごと投げつけ、腕に火傷を負わせたのだ。
別人でも無ければ記憶喪失でもない?
改心なんてあの化け物がするはずがない。
何か目的のために改心したように見せている?
いや、自分を変えることなどあの傲慢はしない。
では、何を考えてやっているというんだ?
自分の前で、姉として穏やかに微笑む得体の知れない新種の化け物。
これは一体なんだ?
「セドリック。今まで本当にごめんなさい。これからは、貴方を困らせないようにするから安心して。もし貴方が許してくれる日が来たら、仲良くしてくれると嬉しいわ」
申し訳なさそうに謝罪し、寂しげに微笑む。
怖気が立つ。
「俺に近寄らないで下さい」
一歩下がりそう言うと、化け物は「わかったわ」と悲しそうに目線を下げ、静かにその場を立ち去って行った。
■■■■■
次期王妃として育てられた姉が、王子との婚約を辞退したという噂が学園中を駆け巡った。
目撃者の情報では、王子に姉が直接辞退したい旨を伝えたらしく、王子はそれを許諾。
正式な手続きをした後、姉は婚約者ではなくなるという。
もともと2人は仲が良い訳ではなかったし、王子は男爵家の令嬢にご執心なこともあって、快く受け入れられてしまった。
次期王妃として育てられた姉は、王妃で無くなる道を選んだ。
それは、優秀で捨て子としては勿体ないと、嫁に行く姉の代わりに跡取りとして選ばれた俺の存在理由が無くなるという意味でもあった。
嫁に行かないのであれば、姉が家を継ぐだろう。
では、俺の存在価値とはなんだ。
視界が少しばかり曇ったような感覚がした。
■■■■■
「私、この人と結婚しようと思うの!」
王子の婚約者ではなくなった姉は、出会いの場である舞踏会によく参加するようになり、しばらくすると一人の男を連れてきた。
両親に紹介したその男は、見た目は特徴のない普通の男ではあったが、名前はよく知っている。
酒や賭け事を嗜み、婚約者の女に手を上げたクズとして有名だった。
彼の弟とは同級生で、兄に困っているとボヤいていたので噂は事実だろう。
姉はどうやら見る目がないらしい。
それか自暴自棄にでもなったか。
とりあえず、姉が大事な話があるらしいと俺に声をかけた両親に感謝する。
そして俺は男に先に仕掛けた。
「残念ながら婚姻を認めることは出来ません。貴方の素行について、噂は耳に入っております。貴方は男爵家でこちらは公爵家…………言い訳して嘘だった場合のことも考えてから発言して下さい」
「噂……?」
姉は不思議そうに首を傾げ、隣に座った男は青ざめて汗をかいていた。父にそっと耳打ちすれば、「帰ってくれ。敷居を跨ぐことは二度と許さん」と大事な娘を唆したその男は使用人によって連れ出されて行った。
下手な男に捕まり公爵家を潰す気なのか。
「…………?」
男が連れ出された扉と、俺を交互に見る。
理由を聞きたいようだが、俺が拒絶した日から姉は接触することを躊躇っているため、挙動不審になっている。
はぁとため息ひとつ零す。
「女性に手を上げるような最低な人種です。素行もああ見えて悪い。公爵家に泥を塗るでしょう」
「手を上げる………。あの、えっと、私とお話してる時は優しくて……。あの、面倒をかけてごめんなさい……」
「次からは気を付けてください」
それから姉は二人、男を連れてきた。
明らかに素行が悪そうな男は、こう見えて優しい……という典型的な騙され方をしていて、家が傾き妹の病のために薬が必要と、姉は少しばかりの援助をしていたようだった。
さすがに家の物には手を出さないでいたが、いくつか自分のアクセサリーを売ったらしい。
頭が痛くなった。
三人目の男は、話の通じないタイプだった。物事に没頭する姿が姉は好きらしい。両親への挨拶中に窓を横切った鳥を追い掛ける変人で、家督は弟に継がせ、自分は鳥について研究する学者になりたいという。
胃も痛くなってきたかもしれない。
ついには俺を拾ってくれた両親から、姉に悪い虫がつかないように監視して欲しいと頼られた。
そんなわけで、これから俺は舞踏会に行かなければならない。姉の結婚相手を探すために。
家族同伴で探すなんて、無理難題だろう。
会場へ向かうために二人で馬車に乗る。
さて、手伝うとなればいくつか聞いておかなければならない。
「相手探しを手伝うことになりましたが、とりあえずは貴女の好みを聞いてもいいですか?」
「優しい人が良い……かな」
そんなの一目でわかるものではないだろう。
知り合ってからでないと無理だ。
「家柄とか見た目、役職は?」
「特に……ないかも」
「筋肉はあった方が?身長は?」
身体的特徴の希望もないとの事だった。探す気があるのか。協力する身にもなってほしい。
「そう……ね。えっと、しいて言うなら長男がいいわ。私が嫁入りすれば、セドリックも家でのびのびできるでしょう?」
「…………は?」
確かに連れてきた男は三人とも長男だった。
「私が過去にした貴方への行いは消えない。だから未来……私には貴方を幸せにする責任があると思うの。セドリック、問題の多い私を娶ってくれる人なんてそう居ないわ。問題のある者同士がお似合いでしょう?だから、何処に目を瞑るかのお話をしましょう」
最近の姉はどこか怯えた目をしていたが、その言葉には力が宿っていた。
利己的で自尊心の高い姉はどこへ行ったんだ。
この女は自身を過小評価しすぎている。
性格が終わっていても、公爵令嬢だぞ。
「公爵令嬢としてのプライドは?」
姉はゆっくりと首を横に振る。
「無いわ。使用人として生きて行けるように、最近は家でメイドを体験してみたのだけれど、家の格が高すぎて王族位ではないと採用されないって言われたの。むしろ肩書きが邪魔ね」
「…………前にも聞きましたが。貴女は一体誰なんですか?」
「…………私は【縺イ縺ェ縺ョ】って言って、【蜑堺ク?】の【險俶?】を【謖√▲縺ヲ縺?k】の」
?????
この人は何語を話している?
ノイズのような、反響しているような。
文字が全く頭に入ってこない。
「すみません、上手く……聞き取れませんでした」
「都合の悪いところは世界が翻訳してくれないのかも……まぁ、私が世界に反抗しているせいもあるのかな……とにかく、私のことは気にしないでセドリック。家を出たら、存在も忘れて」
最初の方はボソボソと言っていたため聞き取れなかった。きっと伝わらなくていいと思っていたのだろう。
姉はどこか遠くにいるような、そんな表情をしていた。
目の前にいるのに、何故か存在が薄い。
「今日の会場は、とても綺麗ね」
馬車の窓から、様々な色をした明かりが煌めく、豪奢な建物を見て楽しそうに姉は笑った。
建物が見えてから少しして、だんだんと速度を落としていた馬車がぴたりと止まったので、入口に着いたのだろう。
扉が開くと、俺は姉をエスコートする。
その会場には王子と男爵令嬢が輪の中心にいた。
男爵令嬢は遠目で姉を見つけると、人をかき分け真っ直ぐこちらに向かってきた。
「あら?あらあらあら〜?また婚約者探しに来たの?【悪役令嬢】としての仕事もしないのに?」
【悪役令嬢】?
「私には【謔ェ蠖ケ莉、螫「】は向いてないんです」
「まぁ、私も虐められたいなんて、全然思わないからいいんだけど。あんたが【前世】の【記憶】を【持ってて】役として居なくても【乙女ゲームの世界】は私を【ヒロイン】にしてくれるし」
前世の記憶を持っている?
それが最近の姉がおかしかった理由?
俺の耳で姉の言葉は所々聞き取れないが、男爵令嬢は聞き取れているようだ。いくつか知らない単語もあったが。
「それなら良かった。進行のお邪魔になってないんですね。リリスさんは【邇句ュ舌Ν繝シ繝?】にしたんですか?」
「【王子ルート】?いいえ【逆ハーエンド】を狙ってるつもり。難易度が高い方が燃えるし、イケメンに囲まれて生きたいから…………って、なんかアンタ【バグ】ってない?ギリ聞き取れるけど耳障りよ結構」
「世界に反抗してるから所々それっぽくて……」
「バカねー。処刑とか島流しとかされないじゃん。嫌な女ってだけでしょ?お咎めなしだからよくない?」
「人に危害を加えるなんて無理です」
「良い人ぶってもあんたは【悪役令嬢】なんだけど?」
「……精神面が強くないので、罪悪感で病んじゃいますから」
姉と話していて、面倒そうな顔をした男爵令嬢と目が合った。姉の後ろに佇んでいた俺の存在に、やっと気付いたらしい。
礼儀としてにこりと微笑んで会釈する。
すると彼女は頬を赤らめ、姉と内緒話を始めた。
が、姉は小声になる気はないようだ。
俺のことを紹介する。
「弟のセドリックです。優しくて頼りになる子ですよ」
突然の褒め言葉にどきりとする。
「イケメンだわ……セドリック様、申し遅れましたリリスと申しますわ。これからよろしくお願いします♡」
先程姉と話していた雰囲気とはまるで違う。
対面した女の値踏みする様な視線が絡みつく。
「王子と仲睦まじいお姿を何度か拝見しております。姉共々、お二人の関係を応援しておりますので、こちらこそ今後ともよろしくお願いいたします」
媚びた高い声は苦手だ。
それに、この女が王子以外と仲睦まじくやっているところも見たことがある。男好きなのだろう。
誠実性にかける女は嫌いだ。
俺を捨てた実の母親がそうだったから。
これ以上関わらないように、先に壁を作っておく。
お前が誰の女か知っている……と。
しかし、男爵令嬢は気付いていないようだった。
もしくは気にしていないのかもしれない。
視線だけでなく、強引に腕に絡み付いてきた。
自慢なのだろう胸を押し当てて。
「お姉様とはとーっても仲良くさせて貰ってます♡セドリック様はぁ、あまりお姉様とは似ていらっしゃらないんですね♡」
「義理で、姉とは血は繋がっていませんから」
「まぁ、そうなんですの♡」
この女をどうにかしろとばかりに姉を見るが、逆の意味でとったのか、それとも俺ではなくこの女に空気を読んだのか、すっと消えて壁際まで行ってしまった。
代わりに来たのは王子だった。
やめてくれ。面倒くさい。
「そろそろ僕のリリスを離してくれないか?」
さてどうしたものかと思ったら、男爵令嬢はするりと俺から手を離し王子の元へ駆け寄る。
「ごめんなさい♡あなたが他の人ばかり見るから、ちょっと嫉妬して欲しかったの♡」
ああそうだったのかと王子はすぐに丸め込まれる。
男爵令嬢はこちらへ向くと小声でまたねと言ってウインクをした。
第1王子はもうダメだ。第2王子派になろう。
心に誓った瞬間だった。
■■■■■
面倒な女と王子から離れ、壁際にいたはずの姉を探す。端から端まで見てもいなかったので、外かもしれないといくつかあるバルコニーに出てみたら、一回目で目当ての人物がいた。俺を見ると驚いた様な反応をして、何故か申し訳なさそうに微笑んだ。
「リリスは可愛かったでしょう?」
「…………一般的に……は?はぁ。とにかく、もうあの人に会わせないでください。俺にとっては嫌いな部類です」
姉は俺の言葉に先程より驚き、ブツブツと言い出した。
「【ヒロイン体質】なのに魅力的に見えなかった?どうしてかしら。【攻略対象】じゃないと、効力を発揮しないのかも?」
小声すぎて聞き取れない。
以前は、誰よりも堂々とした声で話していたのに。
「どうです?良い人は見つけましたか?」
姉は首を横に振る。
「これはこれはルイス様。王子から身を引いてから何度もお見かけしますが、また男漁りに来たのですか?」
少し高い男の声が聞こえた。
姉を貶める言葉を吐いた男は、確か宰相閣下の息子だったか。男爵令嬢と仲睦まじくしていた男の一人だ。近付いてくる男に対して、姉は視線を下げドレスの端をぎゅっと握っていた。
姉はこの男が怖いのだろうか。
「おやおや今日の殿方は、いつもよりも美男子だ。趣味がおかしいかと思っていましたが、そういう訳ではなかったんですね。お名前を聞いても?」
元々平民なこともあり、こういった華々しい場所は苦手で必要最低限しか出席しない。だから、俺はあまり顔が知られていなかった。
「セドリック・アルステイルです」
「ん?確か養子の……ああ、王子の婚約者をやめて、貰い手が無くなって困った結果、弟と婚姻することにしたんですか?」
は???
は?????
「いえ!セドリックは付き添いです!困ったからといって弟ですし、私には勿体ない子です!」
はぁ。
俺は姉を背後に隠す様に、姉と男の間に立つ。
「失礼ながら。女性を貶める発言は、人として礼節を欠き、紳士の振る舞いではないと思いますが、いかがでしょうか?」
姉の周りの人間はどうしてこうも人格が終わっているんだ。以前の姉も終わってはいたが。
世代が悪いのか周りの環境が悪いのか。
「ははっ。ルイス様がこの程度で怯むと?これは挨拶程度ですよ」
以前の姉ならそうだが、この男の目は節穴か。
明らかに警戒しているのに気付かないのか。
姉から今にも逃げ出したいという気配を感じる。
「耐えられるなら暴言を吐いてもいいと?アルステイル家の人間を馬鹿にしたこと、後悔はないと受け取っておきます」
「平民のくせに……。口を慎め!」
「お父上にはこちらからお話させて頂きますので、それ以上は口を慎んだ方がよろしいかと」
宰相閣下とアルステイル公爵は仲がいい。
宰相閣下は、公爵の跡を継ぐ俺の面倒もよく見てくれていたし、俺と歳の近い融通が利かない息子の育て方を間違えたとよく愚痴を言っていた。
なにより、アルステイル公爵は娘を溺愛している。
馬鹿にされたと説明すれば、こちらの有利に進められるだろう。
「平民風情が!後悔させてやる!!」
頭に血が登った様子で、父親の元へ向かうであろう情けない男の後ろ姿を見送る。
くんっと服の裾を引っ張られた。
振り返ればしゅんとした姉がいた。
「ごめんなさい。私のせいで……。後でお父様に言っておくから。セドリックを巻き込んでしまったって……」
なんでも自分のせいにするか。
持ちたがりの姉の荷物は、彼女には重い。
「貴女のせいではありません。あいつが全面的に悪い。あんなやつに女性をエスコートする資格はありません。むしろこの舞踏会から早く帰せて良かった」
「ふふっセドリックは優しいわね」
俺の言葉にほっとしたように微笑む。
それは、見たことの無い顔だった。
「貴女の条件に合いましたか?」
姉が婚約者に求める条件のひとつは、優しさ。
「…………?……あ!ええ!そうね。セドリックは優しくて頼りになって、大好きよ」
つい悪戯心が芽生えて冗談を言ったのに、純粋な笑顔で返さないでほしい。むず痒い。
「……あのゲス野郎が言った通り、どうしても困った時は俺が貰ってもいいです」
「えっあっえ!?ほんとう?いいの?」
まて、まてまてまて。
上目遣いに頬を赤らめて目をキラキラしながら近寄るな。むず痒さに負けた気がして嫌味を言ったのに、相手には効かないどころか、これでは俺の方がまずい。
伝染したのかこちらの頬まで赤くなる。
「私のこと貰ってくれるの?」
「売れ、残れば……?」
しまった。少し上擦った。
「じゃあ、ずっと残っておくわね!」
「………………っ」
ああくそ。こんなはずじゃ。
頭の中で考えがまとまらない。
やめろ。嬉しそうな可愛い顔を俺の前で見せるな。
かくして、
両親の願い通り悪い虫はつかず、
姉の願いである婚約者探しも終わり、
俺は遅い初恋に頭を悩ませたのだった。




