見捨てられた聖女と追放された騎士が偽装結婚したら、互いに本気で溺愛していることに気づいてしまった件
「契約結婚、してくれないか」
雨に濡れた路地裏で、リゼットは突然の申し出に目を瞬いた。声の主は、騎士団の制服を脱いだばかりのような男だった。濡れた黒髪が額に張り付いている。
「あなたは……」
「アーサー・ブレイドだ。元、王都騎士団の」
リゼットは息を呑んだ。噂は聞いていた。魔力がないという理由だけで、最年少で副団長まで登り詰めた男が追放されたと。
「私も追放された身です。聖女の称号を剥奪されて」
リゼットは自嘲気味に笑った。魔力の総量が少ないというだけで、勇者と新しい聖女に全てを奪われた。婚約者だった王子も、あっさりと新しい聖女を選んだ。
「知っている。だから、提案したいんだ」
アーサーの声は静かだったが、確信に満ちていた。
「互いに身分を偽って、辺境の町で暮らさないか。夫婦を装えば、誰も追ってこない」
リゼットの胸が高鳴った。理由は分からない。ただ、この男となら——。
「分かりました。私からもお願いがあります」
リゼットは震える手で、懐から小さな袋を取り出した。最後に残った聖女の力で作った、魔力を増幅する薬草だ。
「これを持って行ってください。あなたの魔力を補える筈です」
「いや、君が使え。君の方が——」
「私はもう聖女じゃありません。あなたこそ、騎士として生きるべき人です」
二人は同時に首を横に振った。相手のために、自分の最後の宝を差し出そうとして。
そこに気づかないまま。
---
辺境の町での生活は、予想以上に穏やかだった。
アーサーは町の警備隊に雇われ、リゼットは小さな薬草店を開いた。偽装結婚の筈なのに、アーサーは毎朝リゼットの朝食を作り、リゼットはアーサーの服を繕った。
「今日も気をつけて」
「ああ。君も無理するな」
玄関での何気ないやり取り。それだけで、リゼットの胸は甘く痛んだ。
(本当は、もっと触れていたい)
アーサーの手に触れたいと思う。でも、これは契約だ。義務で一緒にいる関係に、私情を挟んではいけない。
(彼は、私を守るために一緒にいてくれているだけ)
リゼットはそう自分に言い聞かせた。
一方、アーサーも同じ葛藤を抱えていた。
(もっと側にいたい)
夜、隣の部屋で眠るリゼットの気配を感じながら、アーサーは天井を見つめた。彼女の笑顔を独占したい。彼女に触れる者全てに嫉妬してしまう。
(でも、俺は彼女を守るための盾だ。感情を押し付けてはいけない)
契約期限は一年。それが過ぎたら、リゼットは自由になれる。そう決めたのは自分だ。
だから、この想いは墓場まで持っていく——。
---
転機は、ある雨の夜に訪れた。
リゼットが薬草を採りに森へ入ったまま、戻らない。
「リゼット!」
アーサーは剣も鎧もつけずに森へ飛び込んだ。魔物の気配がする。魔力のない自分では、倒せないかもしれない。
それでも構わなかった。
(彼女がいない世界なんて、意味がない)
雨で視界が悪い。足を取られながら、アーサーは走った。
そして——見つけた。
リゼットが魔物に囲まれている。彼女は震える手で、小さな光の魔法を放っていた。聖女の称号を失っても、彼女の優しさは魔力を生み出す。
「アーサー、来ちゃダメ! あなたは魔力がないのに——」
リゼットの叫びに、アーサーは笑った。
「お前を守れないなら、騎士の称号なんていらない」
剣を抜く。魔物が襲いかかる。
その瞬間——リゼットの魔力が爆発した。
聖女の力が覚醒する。いや、違う。これは彼女の本来の力だ。制限されていた魔力が、解き放たれた。
「触らないで! 彼に触れないで!」
リゼットの叫びと共に、光の奔流が魔物を飲み込んだ。
森が静寂に包まれる。
「リゼット……」
アーサーは彼女を抱き締めた。もう離せない。契約も何も関係ない。
「俺は、お前を愛してる。契約じゃなく、本物の夫婦になってくれ」
リゼットの目から涙が溢れた。
「私も……私も、ずっとあなたを愛していました」
二人は雨の中で口づけを交わした。
---
後日、王都から使者が来た。
「リゼット様、アーサー様。どうか王都にお戻りください」
新しい聖女は偽物だった。本物の聖女はリゼットただ一人。そして、魔力がなくとも最強の騎士として名を馳せたアーサーを、王国は必要としている。
「申し訳ありませんが、お断りします」
リゼットは微笑んだ。
「私たちは、ここで幸せに暮らしています」
アーサーも頷いた。
「王都には、もう用はない」
使者は諦めて帰っていった。その後、元婚約者の王子が何度も手紙を送ってきたが、二人は一度も読まなかった。
「後悔してるみたいだな、あいつら」
「でも、私たちには関係ないことです」
リゼットはアーサーの手を握った。
「私には、あなただけがいればいい」
「俺もだ」
二人は笑い合った。
追放された先で見つけた、本物の愛。それは、どんな称号よりも輝いていた。
窓の外では、新しい朝日が昇っていた。二人だけの、幸せな未来を照らすように。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
よろしければ☆で応援してもらえると、とっても嬉しいです٩(ˊᗜˋ*)و




