表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

見捨てられた聖女と追放された騎士が偽装結婚したら、互いに本気で溺愛していることに気づいてしまった件

「契約結婚、してくれないか」


 雨に濡れた路地裏で、リゼットは突然の申し出に目を瞬いた。声の主は、騎士団の制服を脱いだばかりのような男だった。濡れた黒髪が額に張り付いている。


「あなたは……」


「アーサー・ブレイドだ。元、王都騎士団の」


 リゼットは息を呑んだ。噂は聞いていた。魔力がないという理由だけで、最年少で副団長まで登り詰めた男が追放されたと。


「私も追放された身です。聖女の称号を剥奪されて」


 リゼットは自嘲気味に笑った。魔力の総量が少ないというだけで、勇者と新しい聖女に全てを奪われた。婚約者だった王子も、あっさりと新しい聖女を選んだ。


「知っている。だから、提案したいんだ」


 アーサーの声は静かだったが、確信に満ちていた。


「互いに身分を偽って、辺境の町で暮らさないか。夫婦を装えば、誰も追ってこない」


 リゼットの胸が高鳴った。理由は分からない。ただ、この男となら——。


「分かりました。私からもお願いがあります」


 リゼットは震える手で、懐から小さな袋を取り出した。最後に残った聖女の力で作った、魔力を増幅する薬草だ。


「これを持って行ってください。あなたの魔力を補える筈です」


「いや、君が使え。君の方が——」


「私はもう聖女じゃありません。あなたこそ、騎士として生きるべき人です」


 二人は同時に首を横に振った。相手のために、自分の最後の宝を差し出そうとして。


 そこに気づかないまま。


 ---


 辺境の町での生活は、予想以上に穏やかだった。


 アーサーは町の警備隊に雇われ、リゼットは小さな薬草店を開いた。偽装結婚の筈なのに、アーサーは毎朝リゼットの朝食を作り、リゼットはアーサーの服を繕った。


「今日も気をつけて」


「ああ。君も無理するな」


 玄関での何気ないやり取り。それだけで、リゼットの胸は甘く痛んだ。


(本当は、もっと触れていたい)


 アーサーの手に触れたいと思う。でも、これは契約だ。義務で一緒にいる関係に、私情を挟んではいけない。


(彼は、私を守るために一緒にいてくれているだけ)


 リゼットはそう自分に言い聞かせた。


 一方、アーサーも同じ葛藤を抱えていた。


(もっと側にいたい)


 夜、隣の部屋で眠るリゼットの気配を感じながら、アーサーは天井を見つめた。彼女の笑顔を独占したい。彼女に触れる者全てに嫉妬してしまう。


(でも、俺は彼女を守るための盾だ。感情を押し付けてはいけない)


 契約期限は一年。それが過ぎたら、リゼットは自由になれる。そう決めたのは自分だ。


 だから、この想いは墓場まで持っていく——。


 ---


 転機は、ある雨の夜に訪れた。


 リゼットが薬草を採りに森へ入ったまま、戻らない。


「リゼット!」


 アーサーは剣も鎧もつけずに森へ飛び込んだ。魔物の気配がする。魔力のない自分では、倒せないかもしれない。


 それでも構わなかった。


(彼女がいない世界なんて、意味がない)


 雨で視界が悪い。足を取られながら、アーサーは走った。


 そして——見つけた。


 リゼットが魔物に囲まれている。彼女は震える手で、小さな光の魔法を放っていた。聖女の称号を失っても、彼女の優しさは魔力を生み出す。


「アーサー、来ちゃダメ! あなたは魔力がないのに——」


 リゼットの叫びに、アーサーは笑った。


「お前を守れないなら、騎士の称号なんていらない」


 剣を抜く。魔物が襲いかかる。


 その瞬間——リゼットの魔力が爆発した。


 聖女の力が覚醒する。いや、違う。これは彼女の本来の力だ。制限されていた魔力が、解き放たれた。


「触らないで! 彼に触れないで!」


 リゼットの叫びと共に、光の奔流が魔物を飲み込んだ。


 森が静寂に包まれる。


「リゼット……」


 アーサーは彼女を抱き締めた。もう離せない。契約も何も関係ない。


「俺は、お前を愛してる。契約じゃなく、本物の夫婦になってくれ」


 リゼットの目から涙が溢れた。


「私も……私も、ずっとあなたを愛していました」


 二人は雨の中で口づけを交わした。


 ---


 後日、王都から使者が来た。


「リゼット様、アーサー様。どうか王都にお戻りください」


 新しい聖女は偽物だった。本物の聖女はリゼットただ一人。そして、魔力がなくとも最強の騎士として名を馳せたアーサーを、王国は必要としている。


「申し訳ありませんが、お断りします」


 リゼットは微笑んだ。


「私たちは、ここで幸せに暮らしています」


 アーサーも頷いた。


「王都には、もう用はない」


 使者は諦めて帰っていった。その後、元婚約者の王子が何度も手紙を送ってきたが、二人は一度も読まなかった。


「後悔してるみたいだな、あいつら」


「でも、私たちには関係ないことです」


 リゼットはアーサーの手を握った。


「私には、あなただけがいればいい」


「俺もだ」


 二人は笑い合った。


 追放された先で見つけた、本物の愛。それは、どんな称号よりも輝いていた。


 窓の外では、新しい朝日が昇っていた。二人だけの、幸せな未来を照らすように。


最後まで読んでいただきありがとうございます!

よろしければ☆で応援してもらえると、とっても嬉しいです٩(ˊᗜˋ*)و

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ