第33話 取り調べはカラオケにて
下校時間が近づいた俺たちは、学校を出て近場のカラオケに来ていた。
これだけ聞くと、学校終わりに気の合う仲間と遊びに行くという青春の1ページにも見える。
だが、悲しいかな。いまから行われるのは青春とはかけ離れたことだ。
10人近い人間が入れて、なおかつ部外者に話を聞かれることのない密室空間、おまけに高校生以下は基本料金が無料。
このようなカラオケの利点をあげるとあら不思議。カラオケがとても便利な取り調べ室に思えるようになる。
部屋の中はテーブルを中心に左側に俺たち生徒会、右側に脱出ゲーム部の面々と中等部のクイズ研が座っている。いまから行われる取り調べに対して、緊張をしているのだろうか。
中等部の子たちや村重くんたちは顔をうつむいている……いや、村重くんだけはひまりのことをチラチラと見ている。
ひまりやチカちゃんと一緒に全員分の飲み物を用意した俺はもちろん左側に座る。俺の左にはひまり、右には副会長、正面には丸眼鏡をかけた中等部の女の子が座っていた。
このように高校生と中学生が並んでるの見ると、中学生ってやっぱ幼い顔つきしているように感じる。
ちなみに「せっかく来たから、話が終わったら歌いたいですね」と言ったら副会長から冷たい目を向けられた。
「先ほども話しましたが、クイズ研に高等部生が出入りしていること自体は大きな問題ではありません。ただ、僕らとしては中等部クイズ研の部室は中等部クイズ研のためのものですから、高等部生が長期間使われるのは困ります。ですので、今後は使用を控えていただければ罰則などもありません」
「すみませんでした……」
「クイズ研も、先輩が困っていたから手助けをしたという事情は理解します。ですが、OBであったとしても部外者が部室に長期間いることを許可するのは、部室を活動場所ではなくたまり場として使うのと変わりません。次回以降は、気を付けていただけると助かります」
「承知しました……」
トオルに対して、村重くんたち脱出ゲーム部と中等部クイズ研の子たちが素直に頭を下げた。こういう姿を見ると、トオルのやつが本当に生徒会長なんだなぁと実感する。かなり様になっているのだが、褒めると調子に乗るので絶対に言わない。
「中等部生徒会としては、今回の件はこれで問題ないです。ですが、高等部生徒会の皆さんは村重さんたち脱出ゲーム部に対して確認したいことがあるそうです……朝比奈さん」
トオルが促すと、軽い礼をして会長が話の進行を引き継いだ。
「はいはい! こんな時間にみんなごめんね~。滝沢徹くんが話してくれたとおり、村重くんたち脱出ゲーム部に確認したいことがあって集まってもらいました」
「分かりました。その、確認したいこととは具体的に何のことでしょうか」
代表して村重くんが「なんでも答えます」という申し訳なさそうな顔をしながらそう言った。
「詳しいことはうちの書記くんが話してくれるから……ね、ハヤトくん!」
「俺ですか?」
この件が終わったらソフトクリームを作りたいなぁなどと考えていたこともあり急な指名に驚く。
トオルが代表して話したように、高等部生徒会も代表として会長が話すものだと思っていた。会長の指名に続く形で副会長も口を開く。
「脱出ゲーム部は滝沢くんの担当だし、今回の件を1番把握しているのもあなただと思うわ。だから、私からも頼まれてくれないかしら?」
以前の副会長だったら「適任だからあなたがやりなさい」とか言いそうなものだが、ずいぶん優しい物言い方だ。なんか嬉しい。
「そういうこと! 頼まれてくれないかな……?」
「センパイは説明するのもお上手ですからわたしもそれが1番いいと思います!」
「そこまでおっしゃっていただけるなら俺が話しましょう」
俺が引き受けると、トオルのやつがこちらをジーっと見つめてきた。何かしら失礼なことを考えている気配がするが、後で聞くことにして俺は前を向いた。
俺たちが気になっていた『脱出ゲームどこで作ってたの?』問題は解決されている。。となれば、俺が聞きたいことはもうそれほど多くない。
「高等部生徒会から聞きたいのは2つ。1つ目は村重くんが話していた脱出ゲーム大会に出す企画のことと、2つ目は脱出ゲーム部を作ろうと思った具体的な理由です」
「なるほど......?」
それの何が気になるのだろうか、と不思議そうな顔をする村重くん。とぼけているようには見えない。
「まず、1つ目。村重くんたちが大会に提出しようとしている企画のことなんだけど、あれって中等部の子たちはどれくらい手伝ってる? テストプレイぐらい?」
「それぐらいです。テストプレイ中に遊ぶ側の視点で色々アドバイスをもらったりしてもらうぐらいです。アイデアをもらったり企画の資料を作ってもらったりは一切していないです」
中等部クイズ研で作業するときは常に気を付けていたのだろう。中等部生の協力は最低限だった、とスラスラ答える村重くんを見て俺はいったん安心する。
「オッケー。じゃあ今度はクイズ研のみんなにイジワルなこと聞くよ。村重くんたちが大会で優勝した場面を想像して欲しい。そのときに『私たちも手伝ったのに……』という考えが頭に浮かんだりしないかな?」
「そんなことありえません!!!」
俺の目の前に座っていた女の子が眼鏡がズレる勢いで立ち上がった。
「村重センパイが作る脱出ゲームは斬新でストーリーも面白い。なのにいつも、遊ぶ側の人のことを考えて作ってくれます。中等部にいたころから、後輩のわたしのことをいつも気にかけてくれるすごい人です! 脱出ゲーム部を作ろうとしてくれるのだって、私たちのためでもあるんです!!! そんな村重さんや村重さんと一緒に脱出ゲームを作ろうとする人たちのお手伝いができたこと、光栄に思うことがあっても、ねたんだり自分の手柄にしようだなんて考えるわけありません!!!」
「飯塚さん……」
唐突に上がる彼女のボルテージに俺たちは驚かされるが、それを聞いた村重くんは涙ぐんでいた。後輩からこんな風に啖呵を切ってもらえるとはなんともうらやましい。
涙ぐんだ村重くんの肩を、彼の隣に座っていた脱出ゲーム部の刈谷くんが叩く。彼の口が「だってよ」と口が動いた。
中等部のクイズ研は、最初こそ飯塚さんの行動に驚いていたがすぐに同じ気持ちだと言わんばかりに力強く頷く。
その光景を見た俺は、正直なことをいえばちょっと感動しそうだった。
「ありがとう。イジワルな質問をして悪かったね……村重くん、君は本当に慕われているんだな」
「いえ、そんな。僕は大したことは……」
「謙遜しちゃだめだよ!!!」
ひまりが強く否定した。
「後輩のみんなだけじゃなくて、脱出ゲーム部のみなさんだって村重さんと一緒だから脱出ゲームを作ろうとしているんだよ! それなのに、村重くんがそれを否定することを言ったらだめっ……だと思う」
「ひまりちゃん……」
いよいよ本当に泣き出しそうな村重くんを見ながら、なんだか微笑ましいものを見ている気分になる。
右にいる会長と副会長を見る。会長は手を組んで何度も強く頷き、副会長はいつも鋭い目じりがわずかに下がっていた。2人にとってもこの光景はいいものに見えているらしい。
何はともあれ、大会に出す企画でのちのち村重くんと中等部が揉めるようなことはなさそうだ。
「じゃあ、せっかく二つ目の話題が出たから聞かせてもらおう。村重くん、君はなんで脱出ゲーム部を作ろうとしてるんだ? 私たちのためっていうのは?」
「えっとそれは......」
「先輩、私から説明させてもらってもいいでしょうか?」
言いよどむ村重先輩の代わりに、と。飯塚さんは律儀に手を挙げる。俺は頷いた。
「村重センパイからすでに聞いていらっしゃってご存じかもしれませんが、高等部にもクイズ研があります。中等部のクイズ研に所属していた人の多くは、高等部のクイズ研に入るのですがそこでは脱出ゲーム部を作るのが難しい状態なんです」
「脱出ゲームを作りたい人が少ないのと、あとは九条センパイがいるってのが原因だったっけ?」
「そうです。でも、私たちはいまの部活仲間と一緒に高校で脱出ゲームを作りたいと思ってるんです。今年は無理ですけど、来年は村重さんたちとゲームを作って大会へ参加したいと思ってます」
「なるほど……聞いてなかったが、もしかして九条センパイは2年生なのか」
来年高等部にあがる飯塚さんたちが九条センパイのことを気にするということは、彼がまだ卒業しないから。
そう考えた尋ねた問いに飯塚さんは頷いた。
「あの人、よくお菓子を買ってきてくれたり会話を盛り上げてくれたりしますから、根っから悪い人ではないんですけど……来年もあの人がいる部活で脱出ゲームを作りたくはないです」
「かといって部活から出ていけとは言えないから、高校で新しく脱出ゲーム部を作ってゲームを作った方が賢明だな……なるほど。村重くんは先んじて後輩たちに居場所と選択肢を作ろうとしたわけか。クイズ研に行きたい人はそちらに、脱出ゲームを一緒に作りたい人は脱出ゲーム部という選択肢を」
飯塚さんたち中等部クイズ研が頷く。
うーむ、村重くんもなかなか罪な男だ。この慕われっぷりだと、来年高等部クイズ研の入部者がゼロになってもおかしくない。
「村重くん、いまの話は本当か?」
「選択肢を与えようとまで思っていたわけじゃないですけど......みんながのびのびとできる場所があればいいなと思ったのは事実です。もちろん、中等部クイズ研の部室を借り続けるわけにもいかないから脱出ゲームを作るスペースが欲しかったってのもあります」
「ふむふむ、なるほど」
色々と話を暴露されて顔を赤くしている村重くんが恥ずかしそうに言った。恥ずかしそうにしている彼の手前なかなか言えないが、高校生でここまで他人を理由に動けるのか、と俺は素直に感心している。
ひまりのことが大好きな、ただの脱出ゲーム大好きボーイだと思っていたが……慕われる理由がよく分かった。
よく分かったのだが、いままでの説明だけでは理解できないことがある。
「それが事実なら、なんでいま脱出ゲーム部を作ろうとしたんだ?」
そう聞いた瞬間、村重くんたちがミニオンみたいにざわざわし始めた。




