第32話 突入
クイズ研にいまから向かうトオルたちに、ついて行くことにした俺たち高等部生徒会。その道すがら手短かに村重くんと脱出ゲーム部のこと、それから脱出ゲーム制作大会のことを話した。
「なるほど。村重先輩は中等部のクイズ研で脱出ゲームを作ってるってことね」
先頭をチカちゃんとともに歩くトオルがそうつぶやく。
俺たちの話を聞いたトオルは、脱出ゲームを作るうえで必要なスペースがどこにあるのかを考え、すぐに俺と同じ結論を出したようだ。
「考えてみれば当たり前だわ。村重くんがいま高等部1年で、大会の締め切りが5月の下旬。以前から大会に出たいと思っていたなら、中等部のころから準備しているのが普通よね」
「はい。高等部のクイズ研では脱出ゲームを一緒に作る相手がいなかったとしても、後輩たちがそうとは限りません。村重くんの中等部時代に、一緒に脱出ゲームを作ったことがある彼の後輩たちが、村重くんに部室を作業スペースとして貸す可能性は十分にあります......ほんと、ここが中高一貫校だってことを忘れてましたよ」
俺自身、この学校を高等部から通い始めたことや普段新しい部活の相談や申請を受けるのが高等部の部活であることが原因なのだろうか。この学園が中等部と高等部を併設する中高一貫校であることをすっかり忘れていた。
この学校には高等部のクイズ研だけではなく中等部のクイズ研も存在するのだ。
そして、高等部でクイズ研にいる村重くんは、おそらく中等部でもクイズ研に所属していた可能性が高い。
村重くんが他の部活に頼んで作業スペースを借りている、という予想はしたが。俺は無意識に村重くんが頼れる先は高等部の組織だと思いこんでいた。
中学生のころからこの学園にいるのだから、頼る先は中等部にもあると考えるべきだったのだ。
こんな単純なことに気がつかなかったのか、と自分にため息をついていると会長がポンポンと背中を叩いた。
「これは仕方ないよ。ハヤトくんは生徒会になって1カ月も経ってないんだし。むしろ、ごめんね。ハヤトくんがあそこまで可能性をしぼってくれてたのに気がつけなくて」
「私も無意識に中等部クイズ研のことが頭から抜け落ちていたわ……中等部と高等部に同じ活動内容の部活があると、両部で同じ部室を使うことがよくあるからクイズ研も同じだと勘違いしてた」
「わたしも、クイズ研によく顔を出していたうえに村重くんから中等部のときクイズ研だったって話を聞いていたのに……全然気がつけませんでした」
そう言って、会長たちはそれぞれが俺を慰めるような言葉をかけてくれる。その様子を前を歩いていたトオルが、首をひねってみていたことに気がつく。
俺と目があうとすぐに視線を前に戻した。どうしたんだあいつ?
「やっぱりお義兄さん、トオルと同じで頭いいんだね」
「そのおにいさんってのやめない? なんかゾワゾワする」
「えー?」
前を歩く2人がそんな話をしているのを聞いていると、ひまりが心配した様子で俺の方を見る。
「村重くんと脱出ゲーム部ってこれからどうなるんでしょうか?」
「どうなるっていうと、部活の許可が出せなかったりするかってことか?」
「そうです! 大きな問題になったりするのでしょうか」
それを聞いたトオルたちも話の内容が気になったようで耳だけこちらに向けた。
「クイズ研に許可をもらって中等部の部室を使っているならそこまで問題ないわよ。ただ、あくまでその部室は中等部生のためのものだから、注意はするけれど」
「今回、中等部生徒会の方に『中等部クイズ研に高等部生が出入りしていて困っている』と連絡が来たので、今後は使用しないようにと注意をすることになると思います」
副会長の回答にチカちゃんが補足をする。それを聞いたひまりの顔が明るくなる。
「じゃあ、村重くんは脱出ゲーム部も作れるし大会に出るのも問題ないってことですか!?」
「……うーん、それはどうかな」
会長が困ったように言う。俺もその会長の言葉に頷いた。
「え……どういうことですか?」
「高等部になった村重くんのために部室を貸すぐらいだ。村重くんは後輩たちと仲がいいし、慕われているんだろう。脱出ゲーム制作に対する理解もあるはずだ……普通に考えて去年のうちに村重くんと後輩たちが一緒に脱出ゲームを作ったことがあったっておかしくない」
「それはたしかに」
「大会用の企画をつくるときだって、場所だけじゃなくアイデアとかもらったり、実際にプレイしてフィードバックをもらってる可能性がある。どれぐらい作業を手伝ったら製作者として名乗っていいのかは分からんけど、村重くんが出ようとしているのは高校生限定の大会だ。どんなに手伝ったり、たとえ企画の中核になるようなアイデアを出しても、その大会に提出するときに中等部生の名前は書けない」
そこまで説明すると、どんな問題が起きえるのかが理解できたのだろう。ひまりが納得したように頷いた。
「……村重くんが盗作をしたと言われる可能性があるってことですか?」
「その可能性もある。まあ、そんなことをしてなかったとしても、この大会の優勝者の企画は全国の店舗でゲーム化される。もし仮に村重くんが優勝したら……手伝った側が不公平に感じて関係がこじれる可能性はある。それは理解できるな?」
「なるほど......」
「だから、いま村重くんに大会用に作った企画が高等部生だけで作ったのか、とか。仮に中等部生たちが多少手伝ったとしても後々もめごとにならないのか、とか。そのへんを聞きに行く必要があるんだ。大会の参加締め切りはもうすぐだしな」
俺がそこまで話すと、ひまりは納得したようで「ご説明ありがとうございます」と頭を下げる。
「じゃあ、そういう問題がうまく解決できるなら村重くんは大会に出られるんですね!」
「そこはお祈りポイントだなぁ。まだ、村重くんがもっとやばい事実を隠している可能性はあるし」
「えぇ、そんな!!!」
そんな会話をしているうちに、前を歩いていたトオルたちがとある部屋で足を止める。すでに学校から帰ってもいい時間帯だろうに、その部屋には明かりがついていて賑やかな話し声が聞こえていた。
「ここです」
「トオルくん、案内ありがとう!」
「なんか、いまから突入するんだと思うとすごい緊張します」
「分かるぞ。踏み込み捜査みたいでワクワクするよな」
「あなた、日向さんのどこに共感したのよ。ただ不謹慎なだけじゃない」
「体育祭の時期が近づくとこういうこと増えます。お義兄さん、楽しみにしててください」
「七瀬さん、あなたまでそんなこと言わないで……」
俺たちのやり取りを無視したトオルが取っ手に扉をガッと横に開ける。
部屋の真ん中には複数のテーブルをくっつけた大きなテーブルが設置されていて、その上には紙の束やPCが置かれていている。テーブルの周りに集まっていた人間たちのせいでPCの画面がすべて見えるわけではないが、脱出ゲームのプランが書かれていることが予想できた。
部屋の中にいた全員が俺たちを見る。その中には当然、村重くんもいた。
小腹が減っていたのか、サンドウィッチに食らいついていた村重くんは俺たちを見て石像のように固まっている。
「生徒会執行部です。この部活の活動について何点か聞きたいことがあのですが……聞きたいことがあるのは僕らだけではないので、主要な部員と高等部生は今からカラオケについてきてください」
それを聞いた村重くんは、持っていたサンドウィッチを机の上に落としてまうのであった。




