第26話 なぜ生徒会に?
部活申請関連の来客がすべて帰ったあと、俺は会長と副会長にひまりを紹介することになった。
来客用のソファ2つに机を挟んで向かい合うように2人ずつ座る。俺の右隣にはひまりがいて、正面には副会長、右斜め前には会長が座っていた。
「彼女の名前は日向ひまり。今年から来栖に来た編入生の1年生です。いま体育祭実行委員をやっているそうなんですが、生徒会にも参加する意思があるそうです」
「ご紹介に預かりました! 日向ひまりですっ!!!」
隣に座るひまりが膝の上に両手を置いて深々と頭を下げる。
「元気な挨拶をありがとう。私は日比谷蓮、副会長をしているわ。よろしく」
「私は朝比奈舞衣! 会長をやらせてもらってるよ! よろしくね!」
「よろしくお願いします!」
俺のときとは違い副会長の視線は優しいし、会長はひまりの性別に困惑もしない。
俺のときと比べて……比較対象が悪すぎるのかもしれないが、ひまりと2人のファーストコンタクトは上々の滑り出しに見える。
それじゃあ、と。俺が会話を促そうとしたとき会長が「ところで」と切り出した。
「ひまりちゃんってさ……ひまりちゃんって呼んでいい?」
「大丈夫です!」
「ひまりちゃんって手芸部の遠藤美月ちゃんって先輩知ってる?」
「ミヅキ先輩ですか!? 知ってますよ!」
「じゃあやっぱりひまりちゃんがミヅキちゃんが言ってたひまちゃんなんだ!」
1人でテンションを上げる会長についていけず、俺と副会長はお互い顔を見合わせる。
「ねね、私もひまちゃんって呼んでいい?」
「その呼ばれ方好きなのでぜひ呼んでください〜!」
「やった! じゃあひまちゃんこれから生徒会でよろしくね!!!」
「はい! いっしょうけんめいがんばります!」
「まったまったまったまった」
目の前でなんの脈絡もなくひまりの生徒会入りが決まったので説明を求めるためにふたりの会話に割って入る。
「え、もしかしてハヤトくん反対?」
「違いますよ。なにが理由で決まったんですか?」
俺のときはあんなに渋ったのに! 不公平だ!
という気持ちが半分、あとは何が理由で決まったのか本当に分からないので困惑半分の気持ちで俺は質問をした。
副会長も疑問に思ったのか、俺の質問に同意するように頷いている。
「私の友達にミヅキちゃんっていう手芸部の子がいるんだけど、その子から今年すごくかわいい1年生がいて色んな部活で取り合ってるってよく聞くんだ〜」
「それが日向さんなんですか?」
「そう! ミヅキちゃん以外からも同じ話を何度も聞いたことあるからひまちゃんの評判はお墨付きだよ〜」
ひまりってそんなに人気があるのか……たしかに見た目はいいし人に好かれる性格をしていると思うが。
当の本人はきょとんした顔をしている。まるではじめて聞いたみたいな反応だ。
「みなさん、そんなことおっしゃってるんですか?」
「そうだよ〜。ハヤトくんはひまちゃんと知り合いなんだから人気なの知ってるんじゃない?」
「ひまりとは昨日はじめて会ったので人気のあるなしは知らないですね……人に好かれる人間だとは思いますけど」
俺がそう言うと、会長は心底驚いたような表情で、副会長が眉をひそめて不可解と言わんばかりの顔で俺のことを見る。
「ちょっとまって。滝沢くん、彼女と昨日はじめて会ったの?」
「そうですよ」
「どういう経緯を経たら、昨日会った子を生徒会の新しい役員候補として連れてくることになるのよ。しかも他の部活でも取り合いになっているような子を」
「俺は青山先生にひまりを紹介されたから生徒会に誘っただけですよ」
「え、青山先生が紹介してくれたの?」
会長が驚いたように言う。
会長が驚いたのはおそらく「青山先生はひまりを生徒会に紹介できたの?」と思ったからだろう。
良い生徒がいるのであれば紹介して欲しい、と以前から会長は青山先生に頼んでいた。
それなのに、俺だけがひまりを紹介されたという事実を不思議に思うのも当然だ。
「最初は紹介できそうな人間はいないと言われたんですが、しつこく食い下がったらひまりのことを教えてもらったんですよ。そのときにひまりは部活で忙しい的なことを青山先生から言われましたが......今思えば、ひまりは色んな部から引っ張りだこだから生徒会に引き入れるのは大変だぞって意味も含まれていたんでしょう」
青山先生が俺にひまりを紹介してくれたのは、俺とひまりが同じ特別招待生だからだが、そこらへんの事情は口止めされているので説明はできない。
だから、会長に納得してもらうために、話せる範囲の情報で嘘を言わずに説明を組み立てて伝える。
「なるほど......」
そのかいあってか、会長は俺の説明で納得してくれたらしい。うんうんと頷いている。
「滝沢くんが日向さんを連れて来た理由は分かったわ。じゃあ、今度は日向さんの方から生徒会に入ろうと思った理由を聞かせてもらえるかしら」
「りょう、かい……です!」
いつもよりちょっと戸惑ったようなひまりの返事に対して不安を覚える俺。
なんかポロっとゲストの話をこぼしたり相手を勘違いさせるようなことを話す気がして怖い。
「生徒会に入ろうと思ったのは、滝沢センパイがいるからです」
「えっ」「はい?」
「まてまてまてまて」
昨日はじめて会ったと話したばかりなのに俺を理由に生徒会に入るなんて言い方をしてしまえば、どう考えてもひまりが俺に一目ぼれをしているように聞こえる。
しかも、それを俺の前で宣言したという訳の分からん状況になるので会長たちがとてつもなく混乱するだろう。
こうも予想通りの言動をされると清々しさすら感じる。俺はひまりを制止しながら会長たちから向けられる視線に対して笑みを浮かべる。
案の定、混乱したように瞳孔の開いた瞳を向けてくる会長が口を開く。
「えっと……それはどういうことなの、かな?」
「ははは、ひまりは結論を話すときに過程を飛ばしすぎることがあるので。最後まで聞いてもらえると助かります……ひまり、ちょっと」
会長たちに対して、キョトンとするひまりと一緒に背中を向けた。そして、小声で聞こえる距離までお互いの顔を近づける。
「ひまり、もっと他の言い方はないのか。会長たちが変な目を向けてきてるぞ」
「変な目……でも、わたしが生徒会に入った理由はセンパイがいるからでっ!」
「それはそうかもしれんが、なぜ生徒会に入る理由が俺なのかも、ちゃんと話してくれ。今のままだと変な誤解を受ける」
昨日電話で話してくれた理由を言ってくれ、とひまりに伝えつつ、俺は自分が何かを見落としているのではないかという気がしてならない。
「じゃあこのあとはそのことについてもお話します!」
「頼むぞ。ゲストのことは話さずにな」
「了解ですっ」
嫌な予感がしつつも、いちおう話がついたので俺とひまりは再び会長たちのほうへ体を向き直す。
「ちゃんと話は整理できた感じかな?」
「はいっ! どうして滝沢センパイを理由に生徒会に入りたいと思ったかと言いますと、えっと......昨日、実ははじめて滝沢センパイとお会いしたときに制服を汚してしまったんですね」
「制服を......汚した?」
「はい! わたしが廊下を走っていてぶつかってしまって......そのときにセンパイが受け止めてくださったので怪我はなかったのですが、わたしが食べていたチョココロネのチョコがセンパイの制服を汚してしまったんです」
この子が例の、と納得している表情をした会長と副会長。確認するように俺の方に視線を向けて来たので俺は頷く。
「ご迷惑をおかけしてしまったのに、まったくそのことに気にした様子もなかったうえに、落ち着いた態度で『急いでいたなら早く行ったらいい』『こちらのことは気にしなくていい』と言ってくださって……」
「なるほどなるほど……それはハヤトくんがかっこいいね」
「───会長?」
腕を組んでうんうんと唸る会長。
このタイミングで俺はようやく自分が何を見落としているのか気がついた。
「そうなんです! わたし中学のときの部活に先輩がいなかったので、友達から聞く色んな事が相談できて尊敬できる先輩にちょっと憧れてたんです! わたしにもそんな先輩がいたとしたら滝沢センパイみたいな人かなと思っていたら......青山先生から滝沢センパイがわたしを生徒会に誘おうとなさってることを聞いたんです!」
「ふむふむ……それは運命感じちゃうね~!」
「会長……その言い方やめません?」
「はい! こんな偶然あるんだと思ってその日の夜……ですから昨日の夜にすぐお電話させていただいて生徒会に入りたいとお伝えしました!」
「なるほどね~! だから、ハヤトくんがいるから生徒会に入りたいって言ったんだね」
「そうなんです!」
ゲストのことを隠して俺とひまりの関係を伝えようとすると、ひまりの伝え方など関係なくどうやってもひまりが俺に一目ぼれしたように聞こえてしまうようだ。
こんなことにも気が付かなかったなんて……ちょっと疲れが溜まってるのかもしれない。
会長もいまの話を聞いて、ひまりが俺に対して一目ぼれしているように聞こえたのだろう。途中からそのことをうっすらと確認できるような合いの手を会話に入れている。
俺はそれを止めようとしているのだが、2人とも話が盛り上がりすぎていて俺のことを気にもとめない。
ひまりはひまりで俺のことを単に頼りになる先輩だと考えているからなのか、会長の言葉の裏にまったく気づく様子がない。
盛り上がりを見せる会長とひまり。彼女たちとは対照的に、目の前にいる副会長は俺に対して冷ややかな視線を向けていた。
「日向さんにずいぶんと懐かれているように見えたけど……滝沢くんは後輩にも粉をかける人なのね」
「ひどい誤解です。ひまりは誤解されやすい言い方をするだけで、単純に俺を先輩として慕ってくれてるだけですよ」
「昨日はじめて会ったばかりの滝沢くんを理由に生徒会に入ってくるなんて、先輩としての尊敬だけで説明できること? しかも、会長が言うには色んな部活で引く手あまたな子なんでしょう?」
「それは……そうっすね」
副会長の言うとおり、ゲストの件を考慮したとしてひまりの俺に対する好感度高くない?というのは、俺自身昨日ひまりと電話で話した時から感じていた疑問だ。
その疑問に違和感のない説明をするとなると……まずいな。ひまりが俺に一目惚れしてるぐらしか思いつかない。
「とりあえず、ひまちゃんがハヤトくんのことを尊敬しているのはよく分かりました!」
俺と副会長が話している間に、俺のみが恥ずかしくなる話題が一段落したらしい。
「ようやく終わったんですか?」
「とりあえずいったんは! 本当は、私の大切な後輩のかわいいところ、かっこいいところはもっと聞きたいんだけど……ねえねえ、ひまちゃん」
「はいなんでしょうか!」
「ひまちゃんが生徒会に入りたい理由は分かったんだけど……ひまちゃんっていま入ってる部活ないんだっけ? ミヅキちゃんが取り合いしてるって言ってたから、そうなのかなと思ったんだけど」
「……? まだ入ってる部活はないです」
質問の意図が掴めなかったのか、ひまりは不思議そうな表情を浮かべて確認するように俺の方を見た。
俺も会長の質問の意図が分からなかったので目を伏せる。
「うちの学校のルールだと体験入部ができるのって来週までだからさ。ひとつの部活に入るにしろ、かけ持ちするにしろ、部活動をしたないならそろそろ入部届を出さないといけないんだけど……ひまちゃん引っ張りだこなのに今の時期まで入ってる部活が1つもないのはなんでかな〜と思ってね」
「えっと……」
会長の質問に困ったような表情を浮かべるひまり。
手助けをしようかとも思ったが、俺自身気になっていたことでもあるし会長なりに意図がある質問であることが伝わってきた。
だから、何も言わずに見守ることにする。
「ごめんね! ひまちゃんを困らせたいわけじゃないし、部活に入ってない理由を知りたいわけじゃないの!」
会長は慌てたように顔の前で両手を振った。
「ただね、部活に入ってないのはなにか理由があって……たとえばやりたいこととかが他にもあるみたいな。もしそうだったら、生徒会に来てひまちゃんがやりたいこととかできるのかな───って心配になっただけなの!」
「……それなら大丈夫、だと思います」
会長と副会長、そして俺は互いに顔を見合わせてひまりが続きを話せるように黙って空気を作る。
「今日はみなさんのご好意で、部活を作ろうとする方たちとお話をするところを見させてもらいました。わたし、がんばってる人がいたら応援したいと思うのですが、わたしが手伝えることってすごく少なくて……その人が、真剣に打ち込めば打ち込んでいるほどお手伝いできることって少なくなっていく気がします。今日だってわたしの友達が脱出ゲーム部を作ろうとしているから手伝いたいと思っても、一番大事なゲームのアイデアとかわたしには手伝えなくて......」
特定の分野で詳しくなっていくほど、その分野で他人から協力を得ることが難しくなる。それだけ必要になる技術・知識のレベルが上がるからだ。
ひまりはそのことを残念に思うような言い方をする。
「でも、みなさんがお話しているところを見てこの生徒会は頑張りたい人たちを応援できる場所なのかなと思いました。部活のこと以外でも、イベントをやったり! 学校のみんなのやりたいをかなえる生徒会で、わたしはがんばりたいと思いました……だから、わたしは生徒会に入ってやりたいと思うことがあって、生徒会に入りたいと思ってます」
ひまりは整理して話すことが得意じゃない。だから、何を言いたいのか分かりづらいし話が遠回りになったりもする。だから、それを避けて結論だけを言おうとすると誤解されるような言い方になってしまうのだろう。
だが、遠回りになったとしても。
他の人間だったら気恥ずかしくなることでも自分の本音ならば伝えようとするから、結果的にひまりは自分の気持ちを伝えることができる。
会長と副会長も納得したような表情を見せる。
「そういうことなら、私が心配する必要はなかったかも。ひまちゃん、これからよろしくね」
「よろしく……ということは?」
「文字通りの意味よ。日向さんに私たちは生徒会に入って欲しい」
「本当ですか!?」
代表して会長が差し出した手を、ひまりは嬉しそうに取った。
「日向ひまりさん、来栖学園生徒会にようこそ! 私たちはあなたを歓迎いたします!」
「……こちらこそよろしくお願いします! 未熟な身ですが、一生懸命がんばります!」
俺のときとは違い、やはりスムーズに決まるひまりの生徒会入り。
ひまりの性格なら問題はないだろうと思っていたのだが、ここまでスムーズでなおかつ素直に副会長に歓迎されている様子を見るとちょっとジェラシーを感じないわけでもない。
そんなささやかな嫉妬を感じつつも、ひまりに握手を求められた俺は、快く応じるのだった。
「面白かった!」
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