第23話 油断大敵
扉を開けた先には白く丸めたポスターを4本持ったひまりがいた。
特徴的な八重歯をのぞかせながら大型犬を思わせる人懐っこい笑顔を浮かべたひまりは、その手にポスターだけではなく鞄も持っている。
「生徒会に何かようか? それとも俺?」
なんか自意識が高い二択をひまりに迫ってしまったが、実際俺に用があって生徒会室に来た可能性もあるので許してほしい。
「今日は生徒会にご用です! これ、体育祭のポスターを生徒会が管理してる掲示板に貼らせてもらいたくて来ました!」
ひまりはそう言って抱えたポスターを俺に見せるよう突き出す。
そういえば、堀北や北爪も今日は体実に顔を出すと言っていた。実行委員会で作業か会議があったのかもしれない。
いま生徒会は忙しいので難しいが部活申請の対応が終われば、すぐにでも掲示板にポスターを貼るぐらいできるだろう。
なんならひまりからここでポスターを預かれば、ひまりをすぐに帰らせることができるのだが……ひまりを生徒会に入れようとしている身としてはここで会長たちと顔を合わせておいて欲しい。
生徒会室の中が気になるのか、ひまりもチラチラと中を覗こうとしているし。
「ひまり、生徒会室が気になるのか?」
俺の言葉にひまりは肩をぴくんと跳ねさせる。
「え、はいっ! かなり気になります……!」
「そこで変に誤魔化したりしないで素直に言うところがひまりのいいところだな……うーん、ひまりは今日このあと予定があるのか?」
「……? ポスターを渡したら帰ってもいいと委員長からも言われてるので時間はあります!」
「それなら生徒会室でこちらの用事が終わるまで待ってるか?」
「いいんですか? 忙しくしてるように見えますけど」
ひまりは首をかたむけながら生徒会室をのぞき、確認するように聞いてくる。
「待つぐらい別にいいと思うぞ。それに、俺としても会長たちと早めに顔合わせてもらいたいし」
昨日ひまりと通話をしたあと、すぐに会長たちには『新しい生徒会メンバー候補を見つけた』『高校から来栖学園に来た1年生の女子であること』をメッセージで伝えている。
できるだけ早く会ってみたいと会長たちも話していたので、部活の申請処理が落ち着く来週のはじめあたりで顔を会わせるよう日程を組むつもりだったのだが……顔を会わせるのは早ければ早いほどいい。
せっかくひまりが生徒会室に来てくれたのなら、今日会ってもらったほうが都合がよさそうだ。
「本当にいいんですか?」
「おう、騒がしくしないなら」
「じゃあ、静かにお邪魔しますっ!」
「ポスターはいったん俺が預かっておこう」
「ありがとうございます!」
ひまりからポスターを受け取ったあと、彼女が部屋に入りやすいように扉を全開にしてやる。すると、ウキウキとした様子でひまりが中へと入ってきた。
「うわぁ、エアコンが効いてて涼しい……! すごい仕事場って感じがしま……あ、村重くん!」
生徒会室に入るなり彼女が口にしたのは、エアコンの効き具合と先ほどまで俺が対応していた村重くんの名前だった。
村重くんもひまりの登場に驚いた様子を見せながら、ひまりにペコッと頭を下げる。
そんな二人の様子を横目に、俺は受け取ったポスターを今現在誰も使っていない机の上に置いておく。
「二人とも知り合いなのか?」
「そうですっ! わたしクイズ研究部にたまに行くんですけど、そこで村重くんと何度か会ったことがあるんです! ね、村重くん?」
「え、あ、う、うん!」
生徒会室にお邪魔してるのを意識しているのか、ひまりは声量を抑えようとしているようだが、抑えきれていないようだ。
「村重くん、すごい色んな知識があってすごいんですよ~!!! わたし、勉強が得意じゃないし語彙力もそんなにないのでいっつもすごいと思ってるんです!!!」
「そ、そんな風に思ってくれてるの?」
村重くんの顔がほんのりと赤くなる。
おやおや?
「そうだよー! センパイ、村重くんってものの魅力を伝えるのも上手なんですよ? 脱出ゲームが好きらしくて、村重くんの話聞いて私もやってみたくなりました!!!」
「そ、そうなんだ……脱出ゲームが好きになってもらえたならよかった」
「そういえば、村重くんにおすすめしてもらった無料ゲームやってみたよっ!!! ただ、すごく難しくて途中で詰まってるんだよね…….それがなんかくやしい」
「へえ、そうなんだ……」
ほう……なるほど? これは村重くん、ひまりのことが気になっているな?
ふむ、となれば。村重くん。
そこは「どこで詰まってるの?」とか質問して深掘るか、「僕のオススメしたゲームやってくれたんだ、嬉しい」とか素直な感情を伝えて会話のラリーをしろ!!! じゃないと君の思いは成就しないぞ!!!
まずいな、村重くんが俺との会話で見せることのなかった素晴らしい笑顔をするのでつい横から「何やってるんだ」と言いたくなってしまう。明らかに村重くんはひまりのことが好きじゃないか。
まあ、数回しか会ったことのない自分の趣味を覚えているだけではなくおすすめされたものを実際に体験して感想まで伝える。そして、何より自分が好きなものや頑張っているものに対してストレートに褒める……好きになって当然といえば当然だ。
青山先生からひまりは色んな部活に顔を出していると聞いているが、こんな人間が部活内にいたら恋愛相関図ぐちゃぐちゃになりそうだ。
「ちょっと、滝沢くん……」
気がついたら横に副会長が立っていた。どうも副会長の部活申請対応がひと段落したらしく、いったん俺の方に来たらしい。微笑ましい二人を見ていてまったく気がつかなかった。
「はい、なんでしょう。もしかして、ひまりのことですか?」
「あなたが部活申請の対応中という忙しいときに、わざわざ生徒会室に招き入れた彼女の名前はひまりさんというのね」
「ちょっと言葉に嫌味が混ざってませんか? いちおう理由があって彼女を生徒会室に入れているんですが」
「単なる事実確認じゃない。やましいことがないなら聞き流せばいいのよ。それで? 彼女はいったいどういう用件で来た子なの? 理由もなく生徒会室に入れたわけじゃないでしょう?」
腰に手を当てながら「聞くから話して」と副会長は言う。
昨日の出来事があったせいか、俺に対する態度が柔らかくなった気がする……言葉のトゲはまったく柔らかくなっていないが。
村重くんとひまりの会話が盛り上がっている……というか、ひまりが盛り上げているのでこちらの様子に気づきそうにない。
俺は副会長に耳を貸してくれとジェスチャーをする。
副会長はちょっと困ったように眉をひそめたが、俺に耳を貸してくれた。素直に耳を貸してもらえたならば「ワッ」と叫んでみたくなるが、仕返しに殴られるかもしれないので止めておく。
「昨日話した生徒会のメンバー候補です。いま体育祭実行委員会に入っているらしく、今日は体育祭のポスターを生徒会が管理している掲示板にポスターを貼らせてもらいたくて来たそうです」
「……あの子が例の?」
「そうです。名前は日向ひまり、高校から編入してきた1年生です。ちょうど今日来てくれましたし今日はこのあと特に用事がないらしいので、今日の分の対応が終わるまで生徒会室で待ってもらおうかと思って部屋に入れました」
「なるほど……生徒会に興味がある1年生。しかも、高校から編入してきた……ね」
副会長は目を細めてひまりのことを見ている。その横顔からは感情がうまく読み取れないが、ひまりに対して悪い印象は特に持っていないように感じる。
「あなたのことだから、人を食ったような人を連れてくるかと思ったけど。素直そうな子ね」
「副会長の中での俺の評価が気になるところですが、とりあえずひまりの第一印象は合格ですか?」
「別に私が彼女の推薦をするわけじゃ……いえ、そうね。いい子だと思うから話を聞いてみてそれ次第で生徒会に入ってもらおうかしら」
一瞬、副会長は俺のときのように生徒会メンバーをいったん突き放すのかと思ったが……どうやら今回はそうしないらしい。
やっぱり副会長なりに俺に本音を伝えたことで意識に変化があったのかもしれない。
「じゃあそうしてあげてください。ところで、俺が受け持っている脱出ゲーム部の村重くんとひまりが知り合いっぽいので3人で会話していていいですか?」
「部活の申請に必要なものがすべて揃ったうえで、なおかつ不備や怪しい部分がないならいいけど」
「……部活を作るうえで必要なものは揃ってますよ。ただ、ちょっと気になる部分があるので探ってみようかなとは思ってます」
「それなら部外者の彼女をむやみに関わらせるべきではないわ。生徒会役員の候補だったとしても」
予想していた通りの回答だ。俺自身も副会長の立場なら同じことを言うだろう。だがしかし、Eスポーツ部の件で副会長は柔軟に問題に対処するタイプであることを俺は知っている。
「おっしゃる通りです。ただ、村重くん本当にリアル脱出ゲームが好きみたいなので、Eスポーツ部みたいに「活動が続く」部活になったら嬉しいなあと思いまして」
俺が頭をかきながらそう言うと、副会長は目を細めて怪訝な顔をした。
そう、簡単に言えば。
脱出ゲーム部はEスポーツ部と同じく、設立の事情に裏がある気がするのだ。
だから、村重くんの知り合いらしいひまりに協力をしてもらいたい。
そう直接伝えたいところだが、いくらコソコソと話しているとはいえすぐそばに村重くんがいるのでぼやかした言い方をする必要があるのだ。
Eスポーツ部は水沢の弟の居場所を作るためにできた部活である。
そんな具体的な裏事情は知らなくとも、副会長はEスポーツ部には言えない事情がある程度の認識がある。副会長も鋭い人のようだからこの言い方で俺の言いたいことは十分伝わる……はずだ。
副会長はため息をついて眼鏡を押さえた。
「……彼女に何をしてもらうつもりなの?」
「やってもらうことはほとんどありませんよ。村重くんから部活を作るために必要なものはすべて確認できているので、こちらが気になってることを聞くついでの雑談に参加してもらおうと思ってます」
「まあ、いいでしょう。裏でコソコソされるよりはよっぽどいいわ。会長には私が話しておく」
「ありがとうございます」
俺がお礼を言うと、副会長は会長のいるテーブルへと歩いて行った。会長も別の部活申請者の相手をしていたが、副会長に肩を叩かれて振り返る。
副会長に耳打ちをされた会長は俺の方を見た。ジーッと数秒見てきたあと、口角をあげて両手の親指を立てながら俺に向けて前に突き出した。
「好きにしていいよ~」と言っているのが、会長の全身から伝わってくる。これ以上ないほど分かりやすい許可が出た。
俺もお返しに両手で親指を立てて前に突き出した。俺のお返しに喜んだらしい会長が、親指をこちらに向けたままウキウキとした様子で跳ねるように体を右に左に揺らす。
ひまりとは別の形であの人も人気がありそうだ。
俺はこちらを見る副会長にお礼の意味を込めて頭を軽く下げる。副会長が手を横に振ったのを見て、俺はひまりと村重くんのいるテーブルへと向かって行った。
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