第17話 日向ひまり
「え、それで胸にチョコがついてたの? 漫画じゃあるまいしさぁ笑」
時間帯は放課後、俺は教室の掃除をしながら水沢と水沢の友人である北爪と雑談をしていた。話題は俺の制服についたチョコのこと。
日向とぶつかってついたチョコは、残念なことに放課後になっても落とせていない。
休み時間にチョコを落とそうと思ったのだが、下手に洗ってもまずいだろうということで拭き取るだけにとどめた。
当然だが服がチョコまみれになる事態を予想して生きているわけでもないので、これといった着替えもなく、俺は放課後まで胸にチョコの染みをつけて過ごすことになった。
今日も生徒会で部活を作りたいと口にする青春製造機たちと会うのだが……まあそっちは大した問題じゃない。問題は副会長からどういう反応をもらうかだ。
別にそこまでは言わないだろうしそんなことを言われたこともないのだが、「不潔ね」という言葉が副会長の声で余裕で脳内再生できてしまう。
「コロネくわえた女の子とぶつかるってどゆこと? タッキーマジおもしろすぎ笑」
「北爪知ってたか? コロネってつぶすと片側に開いてる穴からチョコが噴射するんだぞ」
「その雑学どこで役に立つわけ笑」
「コロネ食べるときに頭の隅に置いとけよ」
「いや、食べるときにチョコが飛び散るレベルで吹き出ることないから笑」
「そりゃそうだろうな。人間同士がぶつかる時ぐらいの勢いでコロネに噛みつくやつ見たことないから」
「冷静に返すのやめて。想像したら笑えてくる笑笑笑」
気持ちいいぐらいに俺の話で笑ってくれるこいつの名前は北爪 沙紀。水沢の友達だそうで、俺と水沢がゲームを一緒にするようになってから俺に話しかけるようになってきた。
どうも水沢経由で俺のことを聞いて面白そうなやつだと思ったらしい。ほぼ初対面のときから俺のことをタッキーと呼ぶのには驚いた。
ちなみに、北爪は水沢のことはあーちゃんと呼び、水沢は北爪のことをさっちゃんと呼ぶ。お互い水沢茜の茜、北爪沙紀の名前から取っているらしい。
俺と北爪を中心に会話をしていると、水沢が近くに寄ってきた。俺の制服の一部をつまんで、制服についたチョコ染みを自分の顔に近づけてまじまじと見る。
その距離感の近さを見た北爪が俺に何か言いたそうに見てきたが、俺は首を横に振って応える。
「これだけ目立ったらクリーニングが必要じゃない?」
「たぶん。いや、頑張れば落ちるか?」
「下手に染みを広げることになるかもしれないからやめとこう。染みが広くなったらクリーニング屋さん困っちゃうし」
「そうなの?」
「らしいよ。クリーニング屋さんに聞いたことある」
「『知らなかった?』と得意げな顔」をしながら俺の制服から手を離した。
「滝沢くん、こっちも終わったよ。机をもとに戻そう」
「ん、了解〜」
一緒に掃除をしていたクラスメイトの堀北に呼ばれて返事をする。
前髪は自然に下ろされ、耳にかかるくらいの長さ。寝癖のない整い方と眼鏡をかけた姿が、物腰の柔らかさと几帳面さを物語っている。
北爪と一緒に軽音部に所属しているらしく、たまにベースケースを持ち歩いているのをよく見かける。軽音部所属の優男のイケメンなんて、なんとも人気がありそうな属性を持ったやつだなぁと思う。
そんな堀北、水沢、北爪、そして俺の4人が今日の掃除当番だ。
教室内の掃除が一通り済んだので、堀北に言われた通り教室の後ろに寄せていた机をもとに戻す。
昔から思っていたのだが、なぜ教室の掃除をするときに机を下げるのだろう。別に机がそのままでも掃除はできるはずなのに。
「水沢、机を下げずに掃除してもいいことになったら随分と掃除が楽になると思わないか?」
「なると思うよ。もしかして、明日からそうしたいって話?」
「だめかな? 明日から机を下げずに掃除したい」
「え、なになに。なんの話ししてんの?」
「机を下げずに掃除してよくなるようにしたいって話」
「えーーー、めっちゃ最高な話してんじゃん。私も早く部活行きたいし机を下げなくてすむんだったらめちゃくちゃ嬉しい!」
「3人とも早く机並べなよー」
わいわいと騒ぐ俺たちに、苦笑しながら堀北がそんなことを言う。反論の余地のない正論を浴びた俺たちはさっさと机を並べる。
その作業が終わるころ、時刻は16時過ぎになっていた。
すでに会長たちは生徒会室にいるだろう。早く行かないと副会長から小言をちょうだいすることになる。俺が鞄を持って水沢たちに別れの挨拶をしようとした瞬間、教室のドアが突如として開いた。教室にいた4人全員の視線が開いたドアに集中した。
そこにいたのは今日俺がぶつかった少女、日向ひまりだ。息を切らしてはいないものの、肩が多少上下している。走るとはいわずとも早足でここまで来たのかもしれない
彼女の顔についていたチョコは綺麗サッパリと落ちており、洗い落とせたらしい。
それはよかった。安心するとともに「どうしてここに?」と俺が口にしようとする瞬間、それよりも前に彼女が用件を口にした。
「滝沢先輩……っ! あの、その……連絡先を交換してください!!!」
ほーん……そうきたか。
★★★
「つまり、連絡先を交換することで俺がクリーニングし終わったらすぐにひまり自身に伝えられるようにしよう……と思って急いでここに来たと?」
「はい」
「連絡先を聞こうとしたときになんか緊張したように言葉が詰まっていたのは、鞄をもった俺がいまからどこかへ行く寸前だと思ったから焦った……ということであってる?」
「……はい」
「ということだそうだ。だから、みんな。それぞれ何を思っているかは知らないが、変な目で見るのはやめよう」
俺はパンパンと手を叩いて水沢たちに誤解であることをアピールする。
日向の発言によって、3人からそれぞれ違う目を向けられたが、日向から事情を詳しく聞く過程でその目は友人を見る目に戻っていった。
「ってか、タッキーがぶつかったのってひまだったんだね」
「なんだ知り合いなのか?」
「彼女と僕とサキちゃんは体実で一緒なんだよ。あと、よく軽音部に顔を出してくれるから」
「そういうことか」
体実とは体育祭実行委員会の略称だ。体実には全学年の各クラスから2名ずつ実行委員が選出される決まりで、俺のクラスの実行委員は目の前にいる堀北と北爪だ。
青山先生も言っていたが、日向も実行委員らしいのでそこで知り合っていてもおかしくない。それに、軽音部でもよく顔を合わせているとはなんとも縁が深い。
「滝沢くん、そろそろ行かなくていいの?」
「あぁ、もう行くつもり。えっと、日向さん?」
「ひまりで大丈夫です!」
「じゃあひまり。連絡先の交換をしよう。クリーニング代が分かったら連絡する」
「はい!」
俺はスマホを取り出して連絡先を交換する。現代においてもまだ互いに連絡先を交換するのにQRコードを使ったりするので意外と時間がかかる。
その時間にひまりが口を開く。
「先輩、何か部活に入ってるんですか?」
「部活っていうか、生徒会に入ってる」
「生徒会ですか!?」
「そうだよ。興味あるの?」
「えっと……生徒会っていうより、滝沢先輩の方に!」
「「「「……え?」」」」
「えっ、あ、ちが……ごめんなさい!!!」
こめかみが痛くなってきた。あまりにも相手に期待させる発言が多すぎて、わざとやっているようにさえ感じる。変な空気になったこの場を打ち破るように、北爪が苦笑まじりに口を開く。
「タッキー、本当にひまとなんの関係もないわけ?笑」
「なんもないつってんだろ。堀北、ひまりはいつもこんな感じなのか?」
「ここまでじゃないけど……まあ、ある程度は」
やはりそうらしい。この子自体に悪気はない。むしろ、自分の気持ちをまっすぐに伝えようとしているのに対して口がついてこないのだ。
なんとなくこの子のことが分かったような気がする。
俺が振り返るとひまりが申し訳なさそうな顔をして俺のことを見ていた。
「分かった。ひまり、俺は嫌な気分になっていない」
「……! ほんとですかっ!」
さっきまで暗い顔をしていたのに、雨の日に拾われてはじめて人間の愛情を知った子犬のようなはかない笑顔に変わった。この程度の会話でなんでこんなに表情豊かにできるんだ?
もっと話してみたいが、さすがに生徒会に行かないとまずい。スマホが何回か震えていたので、たぶん早く来いという催促メッセージが来ているはずだ。
連絡先も交換できたし、ひまりが体育祭実行委員ならいくらでも話す機会は作れる。
「だが、ひまりの発言を先輩たちがどう感じたのか。ちゃんと聞いておくといい」
「はい!」
「じゃあ、3人ともあとは任せた。さすがにそろそろ行かないと、うちの会長と副会長も怒るから」
「オッケー、タッキーまた明日ね〜」
「先輩、お気をつけて!!!」
「滝沢くん、生徒会がんばって」
「また明日」
4人のあいさつを背に受けて俺は生徒会に向かうのであった。ダッシュで。
ちなみにチラッとスマホを確認すると副会長からは『どこ?』『いまどこにいるの?』『はやくへんじして』という非常に淡白なのに感情が込められたメッセージが来ていた。
そして、既読をつけた瞬間に『見たわね』というメッセージが来て、心臓が止まりそうになったことをここに記す。
あの人、ヤンデレの素質があるんじゃなかろうか。
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