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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【短編】祠の青年と壊してしまった私。


 私は、普通の高校生だと思う。


 けれど、その出生は普通とは言えない。

 私は所謂婚外子だ。母親が不倫をした末に出来た子どもである。

 母親は慰謝料と養育費のために働き、私は祖父母に育てられた。

 そんな出生をどこから知ったのか、高校のクラスメイトの一人が噂を広めたので、遠巻きにされることになったのだ。


「ちょっと顔がいいのは、不倫女の子だからだよ」


 なんてケラケラする彼女は悪意に満ちていたのが、不思議でならない。私は彼女に何かしただろうか。


 けれども、噂を聞いても気にしない生徒もいた。クラスのはみ出し者同士、つるんだ。それなりに楽しい高校生活を送っていた。

 両親がいない代わりに、祖父母が育ての親。実の親がいなかったことに、別に不便だと思ったこともないし、私にとってはこれが普通。だから、私は普通の高校生だと自負していたのだ。

 はみ出し者同士のメンバーで集まっていた時。


「夏だから肝試ししよう」


 そう友人の一人が言い出した。

 それにみんなが乗るので、空気を読んで私も参加することにする。


 放課後。男女六人でこの辺で一番近い心霊スポット、雑木林の向こうの廃トンネルへ向かった。

 到着する頃には、もう陽が暮れるので、雰囲気があるとみんなが盛り上がる。

 けれども、通っても行き止まりに行き着く廃トンネルを、みんなで歩いても何が起こるわけでもなかった。


「なんも起きないじゃん、つまんね」

「あれ? こんなところにこんなものなんてあった?」

「え?」


 肝試しを言い出した友人がつまんないと声を上げると、一人が何かに気付いて指差す。


 それは、石の祠だった。

 言われてみれば、ここに来た時にあったかな、と疑問に思ってしまうくらい、今存在に気付いた祠が道の脇にポツンとあったのだ。


「何か祀ってるのかな?」


 私は、なんとなく覗き込む。


 それを見た友人は悪ふざけで私を突き飛ばした。大きくバランスを崩した私は、手をついてしまい、結果、祠を倒してしまったのだ。


「あちゃー!」と言いながらも、ふざけたいだけの友人達はケラケラと笑っていた。


 神様などを祀るための祠を壊してしまった私は、罰当たりすぎると青ざめる。


「どうしよう、ごめんなさい」


 そう謝罪を口にするけれど、石の祠を私一人では元に戻せそうにない。


 どうしようかと思っていれば、祠の向こうに立っている人影に気付いた。


 顔を上げると、青年が一人、立っている。

 白いシャツに白いズボンという格好。色素の薄い茶髪。すっかり暗くなった場所で、うっすら光っているようにも見えてしまう。そんな存在に、ドキッとした。


 青年は薄く微笑んで、私を黙って見下ろしてくる。


「こんばんわ……?」


 とりあえず、挨拶をしてみた。


「え? 何? 誰に挨拶してるの?」

「何、怖いこと言ってんだよ~、ふざけるなって」


 自分を棚に上げて、悪ふざけをしていると笑われてしまう。


「え、誰って……」


 オロオロと友人達と青年を交互に見た。友人達は、青年が見えていないようだ。


 ええ……。幽霊……? 私、今、幽霊が見えてる……?


 祠を壊しちゃったから!?


「なんもでないし、つまんね。帰ろうぜ」

「あとで祠を壊したから呪いがかかったりして」

「なら、木下(きのした)だけじゃね? 呪われるのは」

「アハハ、やだぁ~」

「死ぬなよ~、木下」


 みんな、青年が見えていないから、笑うだけ。そのまま、帰ろうと道を引き返す。


 私も歩き出すと、青年もついてきた。黙ってついてくる。


 適当な場所で解散して、私も家路につく。青年は、やっぱりいた。


 とうとう家の中の私の部屋まで、入ってきたのだ。


「あ、あのぉ……?」


 恐る恐ると話しかけてみた。


「あそこから出してくれてありがとう。俺、閉じ込められていたんだよ」


 閉じ込められていたような存在を出してもよかったのだろうか。


 疑問に思ったけれど、青年は悪いようには感じない。

 私が悪いものいいものを感じ取る能力を持ち合わせていないせいだろうか。


「……それで、どうして私についてきたの?」

「他に行く宛がないから?」


 キョトンとした顔で、首を傾げられた。

 いや、だからって私を宛にされても……。


「まぁ、いいや……他の人には視えないみたいだし、行く宛が出来るまで……」


 しぶしぶ居付くことを承諾した。


 青年は、儚げにニコリと微笑んだ。


 そういうことで、幽霊らしき存在の青年と同居する生活が始まった。


 青年は何をすることもなく、私の部屋の隅に座っているだけ。


 私は祖父母と食事をしながら、あの青年にも何かあげようと思いつく。幽霊的な存在だから、実際食べれるわけではないけれど、お供え的なものをあげようか。


 何をあげようかと悩んだが、祖母が作ってくれた料理を供えたあとを考えると、選ぶべきだ。


 結局、夜のおやつに買っておいたカスタードプリンを置いた。


「……?」


 またもやキョトンとした顔をする青年に。


「君へのお供え」


 と、教えておく。


「……ありがとう」


 じっとカスタードプリンを見るだけの青年。

 ぬるくなるだろうけれど、そのカスタードプリンは明日私が処理しようと決めた。


 夜、寝る時は部屋の隅っこで、ほんのりと光っていたように見えたけれど、うつらうつらしている間に消えていたみたい。姿も見えなくなって、私は眠りに落ちた。



 翌朝には、幽霊も見えなくなるかと思いきや、部屋の隅っこに青年が座っていたものだから驚く。


「おはよう……?」

「おはよう」


 にこりと微笑む青年。朝でも幽霊は視えるものなのね。


「これ、片付けるね」と供えておいたカスタードプリンを持つ。


 朝食を済ませたあと、一度冷やしたそれを開けて食べてみると。


「味がない……?」


 甘いカスタードプリンのはずが、味気ないゼリーのようなものになっていた。

 これはお供えしたからなのかな。霊的に食べたあと、なのか。

 半分も食べられず、私はゴミ箱に入れた。お供え物は食べて片付けるものじゃない。


「学校に行ってくるね。えっと」


 部屋に戻って、いそいそと準備をした私は、まだ部屋の隅っこにいる青年に話しかける。

 そういえば、自己紹介をしていないと今更ながら気付く。


「私は木下藍子。藍子って呼んで。君は?」

「……名前はない」

「そう……。じゃあ、私がつけてもいい?」


 名前もない存在なのかと首を傾げつつも、私はとりあえず、呼び名をつけることにした。


「しばらくここにいるんでしょ? 呼び名があった方がいいでしょ」


 そう言えば、青年はコクリと頷く。


「じゃあ、蛍。君のことは蛍って呼ぶね」


 青年は、暗がりの中でほんのりと光るから、蛍のようだと思っていたのだ。

 だから、蛍という呼び名をつけることにした。


「蛍……」


 青年・蛍は今つけられた名を、口の中で転がす。

 ぼんやりしているような顔だけれど、どこか嬉しそうにも見えた。


「ありがとう、藍子」


 そう顔を綻ばせて、お礼を言う。


 悪い気がしない。私はご機嫌に登校した。


 昨日肝試しをした悪友達は面白がって「木下無事だったんだ~」とケラケラと笑っていたので、彼らは本当に何もなかったみたいだ。


 やっぱり蛍が見えているのは、私だけか。


 私が祠を壊した張本人だからだろうか?


 蛍に憑りつかれたのかな。それって悪いことなのだろうか。悪い感じはないんだよね。寝起きもスッキリしていたし、今も体調が悪い兆候もない。


 悪い幽霊ではないんだよねぇ……。


 なんで閉じ込められていたんだろう?


 みんなが夏休みの遊びの計画をしている最中、私は頬杖をついて空を見上げる。盛り上がる白い雲が遠くにある夏の空を見つめつつ、今日は何をお供えしようと考えた。


 帰りにコンビニで、またカスタードプリンを買おう。一緒に食べようかな。



 次の日には、カスタード味のたい焼き。また次の日には、カスタードのシュークリーム。


 うむ。私の好物続きである。


「カスタードばかりじゃあ飽きちゃう? 味わかる?」

「わからないけれど、飽きないよ。藍子の好きなものでしょ? なら、それでいい」


 日に日に、蛍は元気になっていったと思えた。


 儚げな笑みが、どんどん明るくなって元気な笑みになってきたのだ。


 幽霊とは思えないくらい、明るい青年になってきた。


 ずっと部屋の隅っこに座り込んでいたけれど、私が勉強をしていると興味深そうに覗き込むようにもあって、暇ならスマホで動画を見たらいいんじゃないかと見せてあげたりする。



 そんな不可思議な同居生活を始めて一週間。



 なんと、校門前に蛍がいた。



 それだけでも驚きなのに、蛍は注目を集めていた。


 百八十センチはある背が高くて、顔立ちも整っているせいか、女子生徒達がチラチラと見ている。

 白いシャツと白いズボンと清潔感ある彼は、素敵な異性だ。


 パチクリと目を瞬かせていれば、蛍に話しかける女子生徒が現れた。


 私の噂を流している子だ。名前は、安堂(あんどう)


 どこからか私の出生を知って噂を流して、悪口も言ってくる彼女は、ベージュ色に染めた髪をくるくるにカールして、愛されメイクでバッチリ決めている一軍女子。カレシ募集中だったのか、スマホを出してニコニコと話しかけていた。


 蛍は、無表情で首を振っている。困っている様子だ。


「蛍?」

「藍子!」


 自信なく蛍を呼ぶと、ぱっと笑顔になってこっちに駆け寄った。


「迎えに来た。帰ろう?」

「よく学校がわかったね」

「うん」


 人懐っこい性格を表したみたいに笑顔の蛍を、傍から見ればカノジョを迎えに来たカレシにしか見えないだろう。安堂のように声をかけたそうにしていた女子生徒達も、諦めたのか、そそくさと帰り始めた。


「木下の友だちなの? 蛍って言うんだね。ねぇ、連絡を教えてよ。あたしも木下の友だちなんだよ」

「……」

「……」


 安堂が上目遣いで言うものだから、私は無言。すると、蛍も笑みをなくして無言。


「行こう、蛍」

「うん、藍子」


 また悪い噂を流されそうだけれど、友だちじゃないから、私は無視をする形で蛍に声をかけた。コロッと、笑みに戻った蛍は、私の手を取って握ってきたものだから驚く。初めて触れた。


 他の人にも視えるだけじゃなくて、触れるようにもなったのか。


 ギロッと安堂に睨まれてしまったが、無視をする形で蛍と手を繋いで学校を離れた。


「ねぇ、どうして他の人も視えるようになったの?」

「藍子のおかげだよ。藍子が名前を付けて、毎日供えてくれたから、ここまで力がついた」


 やっぱり元気になった蛍は、ニッコニコで答える。


 お供えが効果をなして、こうして出てこれたのかな。


 繋いでいる手は、ちょっと冷たい。けれど、人間の手の感触。

 一週間、何も触れてなかったのだから、不思議な気分だ。


 幽霊って実体を得られるのか。それってすごい力をつけたってことじゃないだろうか。


 私のカスタードのデザートのおかげなのかな。それとも、元々力をつければ実体化も出来る存在だったのかな。


「あ、じゃあ、何か食べていく? 今日のお供え分」

「いいの?」


 提案すると、蛍は色素の薄い瞳をキラキラと目を輝かせた。

 実体化したなら、お供え物を直接食べれるだろう。


 お小遣いもあるし、行こうってことで、近くのフード店に寄った。夕食分をちゃんと食べれるように、デザートだけにしておく。


 それだけだと蛍はお腹が空くかと疑問に思って尋ねてみたけれど、霊体に戻れば大丈夫だと言う。


 家では、また私にしか視ない状態になるみたい。変幻自在だなぁ、と感心した。


 一緒にアイスを食べると、蛍は嬉しそうに顔を綻ばせて「美味しい美味しい」と言う。


「よかったね」と私も笑みを返して、南国のようなマンゴー味のアイスクリームを堪能した。蛍も同じ味。



 翌日。

 学校では、クラスメイトが私を見てヒソヒソしていた。早速、安堂が悪い噂を流したのかな。

 昼休みになると、友だちの一人に。


「聞いたよ。昨日カレシが迎えに来たんだって?」


 と突撃された。


「友だちだよ」


 そう答えておく。


「イケメンだって噂だよ~」と紹介してほしいとせがんでくる。


 蛍に聞いておくよ~。

 でも、その放課後、また蛍が迎えに来ていた。

 なので、友だちを紹介。


「なんて名前?」

「どこ高校?」


 質問責めする友だちに向かって、蛍はただ一言。


「ただの蛍だよ」


 安堂と違って笑みだったけれど、張り付けたような笑みだった。


 シンと沈黙する間があったあと、みんなは「そっかー」と納得した反応をする。それ以上の追及はなかった。


「蛍も、夏休み、遊ぶか?」


 なんて遊びに誘ってくれたから、私も「一緒に遊ぼうよ」と促す。


「うん、遊ぶ」


 蛍は私と目を合わせて、にっこりと頷いた。



 そういうことで、蛍と一緒に悪友達と遊びに出掛ける夏休みが始まる。 



 悪友達と遊んでいても、蛍は基本私のそばから離れないし、私とばかり話す。


 他の人とは接するのは好まないみたいだから、二人で出掛けることも増やした。


 ショッピングモールで買い物。服が変わらない蛍に、パーカーをプレゼントした。

 これがカレシへのプレゼントなら、必要出費かな。


 蛍はたいそう喜んで、白いシャツから空色のパーカーを着続けた。お気に入りになったらしい。

 部屋で霊体状態になる時、パーカーはどうなっているんだろうね……?


 何度目かのショッピングモールでのお出掛け。


 これはもう恋人関係にしか見えないよね、と思った。


「半分こしよ」


 私のお小遣いばかり使うことを気にしたのか、蛍は食べ物を半分こしたいと言うようになった。


 たこ焼きも、クレープも半分こして食べ合う。恋人にしか見えないね。うん。


 ゲームセンターでも二人分を私のお小遣いから出しているけれど、私も楽しいので気にしない。

 蛍も時々申し訳なさそうにしていたけれど、一緒にゲームを楽しんだ。

 音ゲームにシューティングゲーム、それにユーフォーキャッチャ。


 蛍がゲットしてくれた猫のぬいぐるみを、むぎゅっと抱えると「スマホを貸して」と言うので差し出すと写真を撮ってくれた。動画も見れなかったのに、カメラが使えるようになって……すごいね、蛍。


 ちなみに、蛍を写真に収めようとすると、動かなくともブレてしまう。

 一緒に撮っても、私はハッキリ映っているのに、蛍だけがブレたのだ。これが心霊写真かな。


「ごめん、ちょっとトイレ行ってもいい?」

「いいよ。持つよ、それ」


 取ったばかりの猫のぬいぐるみを持ってくれた蛍にお礼を伝えて、私はトイレに向かった。


 蛍が待ってくれているであろうショッピングモールの廊下に戻ろうとしたら、思わず「げっ」と漏らす光景が目に入る。


 猫のぬいぐるみを脇に抱いている蛍の前に、あの安堂がいたのだ。


「蛍さん! お願いだから連絡先交換してよ! あたしとライン、絶対に楽しいって!」


 また蛍にぐいぐいいっている。

 しかし、蛍は無視。効果はイマイチ。


「蛍、お待たせ」

「大丈夫だよ、藍子」

「木下……」


 声をかけると、蛍が笑みになる。


 安堂は、恨めし気に睨んできた。


「木下と遊ぶより楽しいって! ていうか、蛍さん知ってます? 木下って、大きな声で言えないけど、婚外子なんだよ? 不倫の子なんだよ? 付き合っていてもよくないよ」


 二回しか会ったことのない人に向かって、他人の個人的なことを言うなんて、非常識だな、と思う。


 安堂は、蛍のために言っているんだよ、と言わんばかりの口振り。そして歪んだ笑みだった。私を貶める話をして、楽しいみたい。性格が悪いな、と思う。


 そんな安堂を見る蛍は、冷めた目で見ている。

 ゾッとするくらい冷たい。初めて見る蛍の表情。

 寒気までして、私は慌てて蛍の腕を取る。


「行こうか、蛍」

「うん。帰ろう、藍子」


 さっきの冷めた目が嘘だったのように、ニコリと機嫌を直して私と手を繋いだ。


 完全無視した形で、安堂を置いてその場から離れた。

 恨めしく睨みつけると例の女子生徒に気付かず。




 ♰◆♰◆♰



 カツカツとヒールをかき鳴らし、安堂という少女はショッピングモールを出た。


「不倫の子のくせに生意気!!」


 安堂が藍子の出生を知ったのは、親から聞いたからだ。


 そんな出生なのに、ちょっと顔立ちがいいのも気に入らない。

 だから、正体を周囲に知らしめてやった。

 孤立してはみ出し者としか交流出来なくなったのは、ざまーみろと思った。

 なのに、あんなイケメンのカレシがいるなんて。

 しかも、自分を無視した。


 不倫の子どものくせに生意気だ。


「そうだ、クラスのグループラインで不倫の子らしく男をとっかえひっかえしているって言ってやろう!」


 どうせ不倫の子どもなんだから、きっとそんなこともしている。おかしくもない。誰も疑いはしないだろう。


 安堂は嬉々として歪んだ笑みのまま、そう書き込むけれど、急に電波がなくて送信エラーとなる。


「どうして?」と携帯電話を振った。

 何度も送信を試すも、エラーが出て苛立つ安堂。


 そんな背後に立つ蛍が、背中を押す。


 信号待ちしていた安堂は赤信号の道路に飛び出してしまい。


 ――――衝撃を受けて、暗転。


 その場に落ちたスマホは送信エラーを表示するだけで、やがて画面がオフとなった。






 ♰◆♰◆♰




「お待たせ、藍子」

「ううん。というか、蛍もトイレ行くんだね?」


 トイレに行きたいと言い出した蛍を、待っていた。

 初めてじゃないかと首を傾げたけれど、食べたり飲んだりすれば、それもそうかと一人納得する。


「かーえろ」と蛍は上機嫌に私と手を繋いだ。


 ルンルンとスキップしそうな勢いで繋いだ手を揺らして、帰路についた。



 シャワーを浴び終えて、私は部屋でドライヤーをつけようとしたけれど。


「ねぇ、俺が乾かしていい?」


 と蛍が興味津々に訊いてきたので、やってもらうことにする。


 蛍はベッドに座り、私はその前に座った。ドライヤーをつけて、髪を乾かしてくれる。丁寧な手つきで、ちょっと気持ちよかった。


「ありがとう、蛍」

「またやらせて」

「じゃあ明日も頼むね」


 にこやかにやり取りをすると、蛍はドライヤーも片付けにいってくれる。祖父母は、もう就寝しているから会ったりしないだろう。


「あれ、通知が来てる」


 ドライヤーの音で気付かなかったけれど、ラインの通知が来ていた。


 友だちからで、内容はこうだ。


【藍子の悪い噂を流してたあの安堂が車に轢かれて死んじゃったって!】


 昼に会った安堂が、事故で死んでしまったという。


 すぐに脳裏に浮かんだのは、安堂を冷めた目で見た蛍。


 ちょうど、ドライヤーを片付けて戻ってきた蛍がベッドに座るから、私は直球で尋ねた。



「蛍。昼間に会った安堂に何かした?」


「――――」



 途端に、凍り付く蛍。


 その反応を見て、私は蛍がしたのだとわかった。

 多分、トイレには行かず、安堂を追ったのだろうと推測出来た。


「どうして殺したの?」


 私は、静かに尋ねる。


「だって、君に悪口を言おうとしてたし、君に敵意しかなかったし……だから、いなくなった方が君のためだと思って」

「私はそんなこと、思っていないよ」


 冷静に答えたつもりが、声が冷え冷えとしてしまう。


 それに驚いたのか、蛍はびくりと肩を震わせた。


「ご、ごめんっ。ごめん、勝手に殺して。でも、でも、いなくなった方がいいよ。でしょ? ねぇ、怒らないで。お願い。嫌わないで」


 すがりついて懇願する蛍は、酷く取り乱す。


「やだ、藍子が好きなんだ。俺を見捨てないで。お願い。お願いします」


 涙までポロッと溢す蛍は、私の手を握り締めた。震える手は、いつもより冷たく感じる。


 怒っているわけではないのに、蛍は本当に必死だ。


 私に憑りついているような形になっているけれど、私から切り離すことが可能なのだろうか。


 蛍は嫌われたくないし、怒らないでほしいと懇願する。顔が、真っ青だ。心底、怯えている。


 そんな蛍を見て、一息つく。


「大丈夫、嫌わないよ」

「ほんと……?」

「うん」


 蛍はそれを聞くと、嬉しそうに破顔して抱き締めてきた。


 彼女が死んでも、私は支障はない。友だちですらなかったし、蛍が言うようにいなくなった方がいいだろう。だって、悪い噂ばかりを流して悪口を言うんだもの。


 かといって、いなくなって清々するわけではない。死んじゃったな、とは思う。それだけ。


 ホッとして、しがみつくように抱き締めてくる蛍の背中をポンポンと撫でてやる。


 私は至って普通の高校生だけれど、得体の知れない存在の蛍が取り憑いた。


 どうやら、この同居はまだしばらくかかりそうだ。


「藍子、好き」

「私も、蛍が好きだよ」


 まだ涙声の蛍を宥めようと、慰めの言葉を返しておいた。

 ギュッと、抱き締める力が増したのだった。






誕生日記念にあげようと思っていて、今日やっと書き上げました。

ちょっとスランプ気味です。


ホラーを目指して、あんまりホラーになりませんでしたね。夏です。


正体不明のホラーな存在に憑りつかれたけれど、ヒロインも『普通』を自称しているだけでそうじゃないって話。



2025/08/15○

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