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第九話 木刀ひとつ、運命を斬る

朝の光がまだ淡く差し込む小屋の前、華は腹いっぱいに食後の生姜湯を飲み終えて、満足げに顔をほころばせていた。

「梵寸、肉とか凄いの焼いてるね。俺も食べてもいい?」


その声に応じ、梵寸は微笑みを浮かべ、猪肉を串から外して小吉に差し出す。眠そうな顔で小屋の戸口に現れた小吉は、まるで夢から覚めたかのように、ぼんやりと梵寸を見上げた。


「無論よ。小吉とは長き付き合いゆえな。互いに助け合うがよい」


小吉は目を潤ませ、口に肉を運ぶ。香ばしい匂いが朝の空気を漂い、静かだが確かな喜びが三人を包んでいた。

「猪肉うめぇ〜! 久々に食ったよ!法華宗の炊き出しは、味よりも量だもんな」


梵寸はその様子を微笑ましく見守る。しかし、遠くから草のざわめきが届く。直感が梵寸の胸をざわつかせた。


「華、小吉、家の中へ入れ」


二人は戸惑いの表情で梵寸を見つめる。

「何かあったの、にいに……?」華の声が震える。


草むらの向こう、朝露に濡れた影が数本、ゆっくりと近づいてきた。手に刀を携えた男たちの輪郭が見える。華の顔色が青ざめ、小吉も恐怖に体を強張らせた。二人は素早く小屋の中へ駆け込む。


「ガサガサッ」


草むらを割るようにして五人の男が現れ、梵寸の前に立ちはだかる。その中の一人――山田源次郎が鋭い目で梵寸を見据えた。昨日、一撃で失神させたあの男である。二人の仲間を引き連れ、復讐に来たのだ。


「梵寸!この間はよくもやりやがったな!人前で俺を転がし、乞食どもに笑い者にしやがって……この恥、万に一つも忘れんぞ!」

山田の怒声は湿った朝の空気を裂き、己の惨めさをかき消すように響いた。


梵寸は落ち着いた表情のまま、家から木刀を手に取り、山田に向かって軽やかに投げ返した。

「ほれ、木刀を返すぞ。いや、武人の命とも申すべき刀を置き捨てて逃げたのはお主自身であろう。鉄ではなく木ゆえ、命は拾えたがな、くくくっ」


山田たちは呆然と立ち尽くす。梵寸の口元に微かな笑みが浮かぶ。


「そうじゃ、そうじゃ」


「梵寸の一撃で失禁したくせに偉そうに!」


周囲の乞食たちも、昨日の事件の噂を知ってか口々に呼応した。恨みを長く抱える者たちは、山田たちの失態を忘れてはいない。


「この野郎! 乞食どもが!……桐山様、三宅様、お願いします!」


山田の叫びに応じ、前に出てきたのは薄笑いを浮かべた桐山左馬之助であった。

「お前が、舎弟の山田たちを痛めつけた小僧か。拙者は正道七武門の一角、吉岡派の桐山左馬之助。小僧が手を煩わせおって……今日のところは腕一本で許してやる。二度と山田に逆らうな」


桐山は顎で合図し、山田と二人の仲間が梵寸の腕を押さえ、斬りやすい体勢を整える。


「にいに!」「梵寸!」


小屋の中から華と小吉の叫び声が響く。朝の静寂を切り裂く刃の影――桐山の刀は上段に構えられ、ゆっくりと振り下ろされようとしていた。



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