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乞食からはじめる、死に戻り甲賀忍び伝  作者: 怒破筋
第一章 乞食から忍びへーー死に戻った梵寸の再起
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第三十話 影縫の一手――甲賀の狐、外道破軍を制す

砂煙が静かに晴れていく。

鬼塚鉄牛は荒い息を吐きながら、巨大な大刀――裂山を床へと突き立てていた。

その腕は岩のごとく太く、浮かび上がった血管は今にも破裂しそうに脈打っている。


「……ふう、ふう……」


奴は一撃で仕留めたはずだった。

だが――目の前の乞食の小僧は、まるで時が止まったかのようにそこに立ち尽くしている。

汗ひとつかいていない。瞳は氷のごとく冷え、わずかな動揺すら見せなかった。


「ば、化け物め……!」

鬼塚の顔がひきつり、血走った目は狂気を帯びる。

「どうして避けられる! 真境に至った俺の必殺の殺人剣を! 多くの武人を屠ってきた裂山を……!」


梵寸は静かに、一歩。

畳をきしませ、音を吸い込むように歩を進めた。


「その刀――確かに山を断つに足る威よ」

低く、甲賀衆惣領の声が響く。

「じゃが……山に棲む狐を捕らえることは、叶わぬ」


挑発めいた声音に、鬼塚の怒気が爆ぜた。

「黙れぇえええッ!」

裂山が稲光のごとく振り上げられる。


だが、その刹那。

梵寸は床に映る鬼塚の影を踏み抜いた。


「――甲賀忍法、第二ノ型・影縫」


言葉と同時に、鬼塚の体が凍りつく。

剛腕は宙で止まり、指一本動かせぬ。

影が鎖となり、全身を縫い止めていた。


「な、なにぃ……!? 身体が……動かねえ……っ!」

鬼塚鉄牛の顔が蒼白になり、必死に力を込めるも、震えるばかりで一歩も動けぬ。


梵寸はゆるやかに首を振った。

「神気を力に変え、ただ振り下ろすばかりの剣……そこには隙しかないのう」


一瞬で間合いを詰め、懐へと潜り込む。


「――終いじゃ」


肘打ちではない。

鋭く研ぎ澄まされた掌底。

甲賀の流れを汲み、神気をわずかに込めた一撃がみぞおちを突き抜いた。


「ぐはああああッ!」


鬼塚鉄牛の巨躯が宙を舞い、畳を粉砕し、轟音を立てて床へ沈む。

裂山の刃が乾いた音を立て、傍らに転がった。


「鉄牛!」

黒縄藤蔵が絶叫する。


しかし鬼塚は呻き声すらあげられない。白目を剥き、巨体は痙攣したのち、動かなくなった。

室内に張り詰めた静寂が訪れる。


「にいに……!」


華が泣き声をあげ、駆け寄ろうとする。

小さな手を伸ばし、兄の胸にすがりつこうとした。

だが、その腕は黒縄藤蔵によって乱暴に引き戻された。


「離して! にいに! にいにぃ!」


少女の叫びが響く。


そこへ、山田が黒縄の横に素早く滑り込んだ。

乞食の身なりとはいえ、その眼光は獣のように鋭い。


「梵寸!」

山田は唾を吐き捨て、歯をむき出しに笑う。

「調子に乗ってんじゃねぇ! 華を助けたけりゃ――俺の前で土下座しろや!」


畳に血と涙の匂いが漂う中、室内の空気は一層張り詰めていった。


――。


梵寸は無言のまま、山田の言葉を聞いていた。

外道破軍衆の手下どもは震え上がりながらも、主人の後ろに身を寄せる。

黒縄藤蔵は薄く笑みを浮かべつつ、冷たい目で梵寸を測る。


「……やはり、強くとも乞食の小僧よな」


声を低くして呟く藤蔵の言葉は、畳に散った血よりもなお冷ややかだった。



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