第二十二話 選ばれし継尊
「――キィ」
重く閉ざされていた聖地の扉が開き、梵寸が姿を現した。
その姿を見た剛蓮と静雅は、思わず息を呑む。衣は乱れ、上半身は裸。だが、その胸に刻まれていたのは常人には決して宿らぬ印――。
黄金に揺らめく三峰の紋。それを三つ巴が囲み、その中心の霊珠が淡く光を放つ。まるで炎が生き物のように揺れ、梵寸の心臓の鼓動と響き合っていた。
「な、なんと……! 葛城霊峰紋……!」
「その印は――家長のみが継ぐ、真の後継者の証……!」
剛蓮と静雅は互いに顔を見交わし、畏怖に震える声で告げた。
「梵寸殿……いや――継尊様」
二人は同時に膝を折り、深々と頭を垂れる。その光景に梵寸は目を見開いた。
「お二方……何を……?」
「我らの里には二つの使命がありました。一つは役行者の秘伝を守ること。もう一つは――その後継を探し出すこと」
剛蓮の声は震え、静雅は合掌しながら涙を滲ませる。
「その後継者こそ、あなた様。胸の印がすべてを示しています。どうか我らを導いてください、葛城の継尊様……!」
――導く? わしが?
梵寸は戸惑った。だが次の瞬間、脳裏に蘇るのは、死に戻る前に見た惨状。
戦乱に呑まれ、無惨に散った仲間たち。己の無力を呪い、幾度も夢に見た光景。
『……もう、あの過ちは繰り返さぬ』
胸の印は熱を帯び、彼の覚悟を試すかのように脈打っている。
「……わしは甲賀の忍びにすぎぬ。だが、この印が選んだのであれば――受け入れよう」
梵寸は静かに、しかし力強く告げた。
「わしが継尊として里を導く。未来を、この手で変えるために」
その言葉と共に黄金の紋がいっそう輝き、聖地に集う者たちの胸を震わせた。
「おお……!」
「継尊様……!」
歓声が洞窟にこだまする中、梵寸はひとり心に誓う。
『――これは始まりにすぎぬ。信長が現れ、戦国が血に染まる未来は避けられぬ。だが、この力で必ず歴史を変えてみせる』
その決意が空気を揺るがした瞬間、忍たちは互いに顔を見合わせ、一人、また一人と膝を折った。
「葛城の後継が、ついに我らの前に!」
「役行者の加護あれ……!」
畏敬と高揚の入り混じった声が重なり、やがて全員が跪く。聖地は熱狂の渦に包まれた。
梵寸は拳を握りしめる。まだ信じられぬ。没落しかけた役行者の里の中心となり、未来を背負うなど――。だが胸の印は告げていた。
『逃げるな。これは宿命だ』
「……よいか、皆の者!」
梵寸は大きく息を吸い、声を張り上げた。
「わしは継尊として、この命をもって里を再興する! だが、それは里のためだけではない! やがて日ノ本を覆う嵐を、この手で鎮めるためだ!」
その言葉に人々の目は輝き、絶望に沈んでいた役行者の里に久しく失われた炎が灯る。
剛蓮は涙を流しながら叫んだ。
「おお……! これぞまさしく、我らの主君!」
静雅も嗚咽をこらえつつ声を重ねる。
「継尊様、この命をお預けいたします……!」
歓声はさらに広がり、誰もが梵寸の名を呼ぶ。
「継尊様!」
「葛城の継尊様、万歳!」
その光景は、徳川幕府の誕生と共に失われた甲賀衆の誇りを取り戻す宣言のようであった。
梵寸は胸の奥に燃え広がる熱を感じつつ、静かに誓った。
『――これが始まりだ。必ず歴史を変えてみせる……!』




