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乞食からはじめる、死に戻り甲賀忍び伝  作者: 怒破筋
第一章 乞食から忍びへーー死に戻った梵寸の再起
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第二十話 呪詛との死闘と月呪ノ業

洞窟の奥に静けさが戻ったのは、梵寸が一冊目を閉じた時であった。その秘伝書には月呪ノ業の治療方法は記していなかった。


修験道の秘奥、霊丹の製法を脳裏に刻みつけた彼の瞳は、なお鋭く燃えている。丹田を鍛え直し、力を取り戻す未来が確かに見えた。だが──彼の前には、まだもう一冊の書が残されていた。


それは光を拒むように、わずかに黒ずんだ気を放っていた。役行者の強力な結界の痕跡が未だ息づいているのだ。

剛蓮と静雅は外で待っている。今この瞬間、この試練に挑むのは梵寸ひとり。


「……行くか。甲賀衆惣領が、恐れに屈するわけにはいかぬ」


梵寸は深く息を吐き、手を伸ばした。

指先が書の表紙に触れた瞬間、洞窟の空気が一変する。冷気が奔り、符が一斉に震え、闇そのものが形を得たかのように渦巻き始めた。


「ぐっ──おおおおおっ!」


声を上げた時には、すでに遅かった。

役小角が仕掛けた呪詛は容赦なく梵寸の身体へ流れ込み、血管を逆流する黒き炎のように内側から肉を侵し始める。肌は斑に変色し、骨の髄まで軋む。膝が崩れ落ち、石床に手を突いた。


「これは……闇の業火か……!う、うおおおおおおおおっ!」


体中を走る激痛に歯を食いしばる。目と鼻から血がにじむ。脳裏には過去の敗北、死に戻りの記憶が蘇る。

織田信長の冷酷な眼差し、仲間を救えず消えた夜、華の苦悶の叫び。

呪詛はそれらをえぐり出し、心を砕こうとする。


「わしは……甲賀衆惣領、梵寸じゃ! こんな業火に屈してなるものか!」


黒き瘴気が全身を覆い尽くそうとするその刹那、梵寸の丹田から赤々とした気迫が噴き上がった。

雷鳴のごとき闘志が体を満たし、呪詛とぶつかり合う。


洞窟はきしみ、護符が次々と剥がれ落ちる。地鳴りのような轟音が、密やかな聖域を揺るがした。

闇と光が拮抗する時間は、果てしなく長く感じられた。


爪の先が黒く枯れ、血が逆流するような感覚に、梵寸は吐き気を堪える。だが瞳は決して曇らない。


「華を救い……甲賀衆を救い……日ノ本に平和をもたらすのだ! わしがこの乱世を終わらせ、新たな時代で藩主となるの……だ! その日まで、絶対に死ぬわけにはいかん! いかんのだ!おおおおおおおおっ!」


叫びは呪詛を裂く刃となった。

黒き炎は少しずつ押し返され、皮膚を覆った染みが薄れていく。


しかし呪詛もまた古の遺法。容易く退くものではない。血反吐を吐きながら、梵寸は気迫をさらに研ぎ澄ませた。


「わしの邪魔をするでない!退けえええええええええっ!」


梵寸の体内で、呪詛と神気が激しくせめぎ合い、雷鳴のような衝突音とともに火花を散らした。

その瞬間、全身の血管が裂けたかのごとく鮮血が噴き出し、彼は膝を折り、前のめりに地面へと崩れ落ちた。


冷たい土が頬を打ち、なおも体内では二つの力が渦巻き、彼の意識を闇へと引きずり込む。次第に梵寸の体は冷たくなってきた。


だが、その瞳の奥には、わずかに残る闘志の光が、微かに、しかしまだ確かに燃え続けていた。


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