表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
乞食からはじめる、死に戻り甲賀忍び伝  作者: 怒破筋
第一章 乞食から忍びへーー死に戻った梵寸の再起
2/81

第二話 死に戻りの下層民、再び泥にまみれる

「ドガッ!」


突如、脳天を裂くような衝撃が走った。

眼前が暗転し、世界が一瞬ゆがむ。梵寸はたまらず地に倒れ込み、土と埃の冷たさを頬に感じた。


「いった……な、何事だ……!?」


うめきながら見上げたその先には、三つの影が立ち塞がっていた。

いずれも薄汚れた破れ衣をまとい、骨ばった肢体は飢えに痩せ細り、顔は煤にまみれて黒ずんでいる。だが、その瞳だけは異様な光を帯びていた。猛禽もうきんのごとく鋭く、獲物を前にした獣のそれである。


「おい、糞の梵寸。今日の稼ぎは、なかなか良かったらしいじゃねぇか」

一人が唇を吊り上げ、手にした木刀をわざと音高く振り回す。

「全部、渡してもらおうか……さもねぇと」


振りかざされた棒は、今にも二撃目を打ち下ろさんと唸りを上げた。


「お、おい待て。落ち着け……わしがお前たちに何をしたというのだ? 話せばわかる……まずは穏やかに——」


必死の声も虚しく、返ってきたのは嘲りだった。


「偉そうにすんな、糞の梵寸がッ!」


怒声とともに、木刀が風を裂き、梵寸の頭を再び打ち据えた。


「ゴッ!」


視界が白く弾け、頭蓋の奥で火花が散る。梵寸は思わず呻いた。


『ば、馬鹿な……。乞食風情の一撃ごときが、なぜこのわしに効くのだ? わしの肉体は甲賀の修行で鍛え抜かれ、鋼鉄のごとき堅牢を誇ったはず……かつては刀すら通らぬと評されたのに』


しかし現実は残酷であった。

木刀は二度、三度と容赦なく振り下ろされ、その度に頭が揺れ、思考が泥濘に沈む。


「ぐっ……ぐおっ……や、やめろ……!」


反撃の意思はあれど、体は鉛のように重く、腕は宙を掴むだけ。横合いから伸びた乞食の手が、するりと懐に潜り込み、巾着を引き抜いた。


「おいおい、こいつ意外と持ってんじゃねぇか。……へっ、俺たちが使ってやるよ、なあ!」


声高に笑いながら、三人は闇の中へ駆け去っていく。その背に響く哄笑は、夜気を裂いてなお耳に刺さった。


残された梵寸は、地に崩れ伏し、痛みと混乱の只中で呻いた。


『いったい何だったのだ、あやつらは……。どこかで……どこかで見たような……』


記憶を手繰ろうとする脳裏に霞がかかる。そのとき、ひとつの影が駆け寄ってきた。


「梵寸! 大丈夫か? ……ひどいな、同じ乞食なのに、あいつら」


その声を耳にした瞬間、梵寸は息を呑み、目を見開いた。


「お、おまえ……まさか……小吉か……なぜ生きている!?」


目の前に立つのは、間違いなくかつての仲間、小吉であった。

だが彼は――永禄十一年、観音寺城の戦で討ち死にしたはずの男だ。


「なに言ってんだよ、梵寸。俺はちゃんと生きてるだろ?」


小吉はあどけなさを残す笑みを浮かべ、両の手足をひょいと動かしてみせる。その身なりは飢えに喘ぐ子供の乞食に他ならなかったが、その存在そのものが梵寸の理屈を粉砕した。


『死んだはずの男が、生きて、しかも若返っている……。ま、まさか……!』


背筋に冷たいものが走る。額から頬を伝い、汗が一筋流れ落ちた。


『そうか……わしは――あの日、雪降る伏見城の前で死んだのだ。

だが今、目の前に広がるのは戦国の京……かつての時代……。これは、まさか、本当に……時を遡ったというのか……!?』


雷鳴のごとき衝撃が全身を貫いた。

血が滾り、心臓が胸を破らんばかりに打つ。


「そうだ、確かめねば……この目で、この足で……!」


梵寸はふらつきながらも立ち上がると、次の瞬間、我を忘れて闇の町へと駆け出した。

灯火揺らめく小路を、風を切り、過去と未来の境を踏み越えるかのように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ