第二話 死に戻りの下層民、再び泥にまみれる
「ドガッ!」
突然、脳天に鈍い衝撃が走った。
「いった……な、何事だ……!?」
倒れ込んだ梵寸が見上げた先には、薄汚れたみすぼらしい破れ衣をまとい、目に敵意を宿した三人の乞食が立ちはだかっていた。体は痩せこけ、顔はすすで黒くうす汚れている。しかしその目だけが猛禽のように鋭かった。
「おい、糞の梵寸。今日の稼ぎはなかなか良かったらしいじゃねぇか。全部、渡してもらおうか。……さもねぇと」
一人が手にした棒を頭上に振りかざす。明らかに、今にも二撃目を叩き込まんとする気配だ。
「おいおい、待て。落ち着け……わしがお前たちに何をしたというのだ? 話せばわかる……まずは穏やかに——」
だが言葉は通じなかった。
「偉そうにすんな、糞の梵寸がッ!」
叫ぶなり、棒が勢いよく振り下ろされた。
「ゴッ!」
視界が白く弾けた。目から火が出るような痛みに梵寸はうめいた。
『ば、馬鹿な……。たかが乞食風情の一撃が、なぜこのわしに効くのだ? わしの肉体は甲賀の修行で鍛え抜かれて鋼鉄同然のはず……かつては刀すら通らなかったというのに』
だが、現実は無慈悲だった。棒は二発、三発と容赦なく振るわれる。
「ぐっ……ぐおっ……や、やめろ……!」
抵抗しようにも体が重い。頭蓋を打たれるたびに思考がにぶり、体勢を崩す。やがて横の乞食の一人が、梵寸の懐に手を突っ込み、巾着を抜き取った。
「おいおい、こいつ意外と持ってんじゃねぇか。……へっ、俺たちが使ってやるよ、なあ!」
けたたましく笑いながら、三人の乞食は夜の闇に紛れて走り去った。
『いったい何だったんだ、あやつらは……どこかで見たような……』
痛みと混乱の中で、ぼんやりと記憶を辿ろうとしていた梵寸のもとに、一人の小さな影が駆け寄ってきた。
「梵寸! 大丈夫か? ……ひどいな、同じ乞食なのに、あいつら」
その声に、梵寸はぎょっと目を見開いた。
「お、おまえ……まさか……小吉か……なぜ生きている!?」
目の前にいるのは、間違いなくかつての仲間・小吉。だが彼は……1568年、観音寺城での戦にて討死したはずの男である。
「なに言ってんだよ、梵寸。俺はちゃんと生きてるだろ?」
小吉はあどけない笑みを浮かべ、手足をひょいと動かしてみせる。その身なりは確かに、飢えに喘ぐ子供の乞食そのものだったが、彼の存在そのものが、梵寸の理屈を崩壊させた。
『死んだはずの男が、生きて、しかも若返っている……。ま、まさか……!』
梵寸の背に冷たい汗が伝う。
『そうか……わしは――あの雪の日、伏見城前で死んだ……。だが今、目の前にあるのは……戦国の京……かつての時代……まさか、本当に時を……遡ったというのか……!?』
全身を衝撃が駆け抜けた。
「そうだ、確かめねば……この目で、この足で……!」
次の瞬間、梵寸は立ち上がり、我を忘れて全力で駆け出していた。