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乞食からはじめる、死に戻り甲賀忍び伝  作者: 怒破筋
第一章 乞食から忍びへーー死に戻った梵寸の再起
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第十八話 雷丸と霞の謝罪、そして役小角の秘伝書

目を開けた瞬間、梵寸は自分が床に転がされていることに気づいた。荒い畳の感触が背中に食い込み、胸の奥では焼け付くような痛みが走る。無理やり甲賀忍法第三ノ型――雷影突刃を放った代償で、丹田はさらに深く傷み、体内の気が渦を巻いて暴れていた。


耳に届くのは呻き声と薬草の匂い。目を凝らすと、部屋の周囲には怪我人たちが横たわり、女や若者が必死に止血や包帯を施している光景が広がっていた。


「……目が覚めたぞ!」


誰かが叫ぶと、室内にいた者たちの視線が一斉に梵寸へ集まった。驚きと安堵、そして尊敬の混じった眼差し。


「お主のおかげで、里は救われた!」

「命を繋いでくれたのはそなたじゃ!」


次々と称賛の声が上がり、梵寸は胸の奥で苦笑する。自分はただ、また死に戻ることの恐怖から動いただけだ。だが、その真意を口にすることはしなかった。


そのとき、治療にあたっていた雷丸と霞が、包帯を持つ手を止め、梵寸のもとへと駆け寄ってきた。二人ともまだ幼さの残る顔立ちをしていたが、深く頭を下げる姿には、十二歳の子供とは思えぬ真剣さがあった。


「……助けていただき、ありがとうございました」 「我らの浅慮で、里を危険に晒しました。それを救ってくださったのは、貴殿です」


声は震えていたが、そこに虚勢はなかった。梵寸はしばし言葉を探し、やがて静かに頷いた。


「生きていれば、過ちを正すこともできる」


二人の瞳に涙が滲む。だがその時、突如として襖が乱暴に開かれた。


重々しい気配と共に部屋に入ってきたのは、二人の壮年の男女と、その背後に控える四人の屈強な従者だった。彼らが放つ圧に、室内の空気が一瞬で張り詰める。誰もが息を呑んだ。


「家長……!」


前鬼家の剛蓮、後鬼家の静雅――役小角の末裔にして、隠れ里を治める双璧。その姿を見た雷丸と霞は思わず身をすくませた。


次の瞬間、鋭い音が響いた。剛蓮と静雅が同時に手を振り下ろし、雷丸と霞の頬を叩き飛ばしたのだ。小柄な二人の身体は壁に叩きつけられ、呻き声を上げる。


「何を考えている! まだ子供の身で、大蛇に挑むとは!」

「一族の誇りを汚すだけでなく、里の命を危険に晒したのだぞ!」


烈火のごとき怒声が響き渡り、雷丸と霞は黙って頭を垂れるしかなかった。周囲の者たちが慌てて家長をたしなめるが、二人の怒りは容易に収まりそうになかった。


ようやく激情が収まった時、剛蓮と静雅は横になって寝ている梵寸の前に進み出た。その顔には、先ほどの荒ぶる炎とは別の、深い感謝の念が浮かんでいた。


「旅の者よ。そなたのおかげで、里は救われた」

「命を張って戦ってくれたこと、我ら決して忘れぬ」


二人は揃って深々と頭を下げた。重責を背負う家長が礼を尽くす姿に、里人たちも息を呑む。梵寸の胸にはかすかな痛みが走った。死に戻る前、彼らは誠意をもって己と交渉していた。


――その記憶がよみがえる。


思い出すのは、織田信長の命を受け、役小角の秘伝を求めてこの里を訪れたあの日のことだ。家長たちは誠実に応じ、歩み寄ろうとした。だが交渉の遅れに痺れを切らした松永久秀が軍を率いて攻め入り、里は滅亡した。


『……今度こそ、救わねばならぬ』


胸の奥で固く誓う梵寸は、ふと妹の姿を思い浮かべた。冷気の呪いに苛まれる月呪。その病を救える道は、この里にあるかもしれない。


「一つ、頼みがある」


梵寸の声に、場の空気が変わる。剛蓮と静雅が真剣な眼差しを向けた。


「妹が月呪ノ業という冷気体質に苦しんでいる。……その治療法が、役小角の秘伝に記されていると聞いた。どうか、秘伝書を見せてほしい」


しばし沈黙。重苦しい空気が流れる。秘伝書は一族の命脈そのものであり、外部に容易に見せることは許されない。それを求めるということが、いかに大それた願いであるか、梵寸も理解していた。


しかし、剛蓮と静雅はやがて視線を交わし、深く頷いた。


「……よかろう。そなたは里を救ってくれた。その資格はあろう」

「一度だけ、秘伝書を閲覧することを許す」


その言葉に、梵寸は深く頭を下げた。

――ああ、許された。


里を守る象徴でもある役小角の秘伝書を、外の者が閲覧できるなど本来ありえぬこと。だが、丹田を傷つけてまで大蛇を討ったのは、まさにこの日のためであった。


『役小角の里の者は、恩は十倍、恨みは百倍』


――かつて家長がそう語ったのを思い出す。梵寸にとっては過去の言葉だが、今の時代から見ればなお未来の予兆のようでもあった。


胸の奥に熱がこみ上げる。ようやく、妹を救う道が開かれたのだ。


「だが閲覧するなら、貴殿は死を覚悟せねばならぬ」


その声に、梵寸の眼差しは鋭さを帯び、はるか先を見据えていた。


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