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乞食からはじめる、死に戻り甲賀忍び伝  作者: 怒破筋
第一章 乞食から忍びへーー死に戻った梵寸の再起
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第十六話 吉野の隠れ里、再び

「伝説の修験道・役小角の隠れ里――あそこなら、華の冷気体質を癒す秘法が残されておるかもしれぬ」


梵寸は、長年押し殺してきた希望の芽がいま芽吹いたかのように、声を震わせていた。

小吉の肩を掴み、何度も叩く。


「いっ、痛っ……! 師匠、力強すぎ! 本当に怪我してるのかよ!」


「ははは、すまぬ、すまぬ。だが……ついに見えたのじゃ。華を救う道がな!」


頬をほころばせる梵寸だったが、直後、表情は翳った。

胸の奥底で疼き続ける記憶が、鋭い楔のように意識を刺したからだ。


「ああ……しかし、ひとつ大きな難題がある」


「え? 難題?」


小吉が目を瞬かせる。梵寸は唇を結び、遠い過去を吐き出すように語った。


「役小角の秘伝書を探ろうとした者は、ことごとく無惨に散った。なぜか……隠れ里には、強大な罠と恐るべき番人が控えていたからだ」



脳裏に浮かぶのは、六十余年前の記憶。

織田信長の後ろ盾を得て、畿内を揺るがした戦国の梟雄――松永久秀。

その命を受け、甲賀衆もまた修験の里を狙った。


当時の梵寸は交渉と探索の役を任じられ、最前線に立った。

だが……その役目は、あまりに残酷な結末を招いた。


『秘伝書を差し出せ』


そう迫ったのは他ならぬ自分自身だった。

墓守たちは頑として首を縦に振らず、結果、六十余名の隠れ里は三百の兵に蹂躙された。

家々は炎に呑まれ、老幼男女を問わず血に沈み、屍が幾重にも積み重なった。


燃えさかる炎の赤、すすり泣きの声、倒れ伏した少女の手。

それは死を超えてなお、梵寸の胸を締め付ける。


『わしが招いた業……』


死に戻りを果たした今、再び彼らと対峙することになるのか。

己が罪と向き合う時が迫っている。


◇◇◇


翌日。

梵寸は華を小吉に託し、ひとり吉野の奥山へと分け入った。

傷ついた丹田が歩みを鈍らせ、息も絶え絶えだが、それでも脚を止めはしない。

かつて歩んだ道だからこそ、彼は進まねばならぬと知っていた。


鬱蒼とした森には、数知れぬ罠が仕掛けられていた。

一歩踏み外せば槍が飛び、枝に触れれば毒矢が降り注ぐ。

すべてが一撃必殺。常人ならば三歩と進めぬ死地である。


しかし梵寸の瞳は曇らなかった。

死に戻りの記憶が、己を導く光となっているからだ。

どこに罠があり、何が仕掛けられているか――そのすべてを熟知していた。


『間抜けではない、我らは甲賀衆。罠など恐れるに足らぬ。ましてや一度見ておるこのわしならばなおさらよ』


呼吸を整え、一つ一つを正確に掻い潜る。

若木を避け、土を撫で、わずかな違和感から機巧を見抜いては解除する。

かつて七十九年の生涯を忍びとして生き抜いた経験が、十二歳の肉体に宿る。


やがて森を抜けた梵寸は、谷間を望んだ。

そこに広がるはずの静寂はなかった。


「助けてくれ!」

「皆の者、戦え――!」


悲鳴と怒号。崩れ落ちた家々から炎が噴き、黒煙が空を覆う。

血の匂いが風に乗り、耳を裂く金属音が絶え間なく響いた。


梵寸の心臓が大きく脈打つ。


『……またか。わしの罪は、何度でも彼らを焼き尽くすのか』


震える拳を握りしめる。

この惨劇をただ見過ごすのなら、死に戻った意味はない。

己の業を断ち切るためにも、運命を変えるためにも。


梵寸は迷わず一歩を踏み出した。

火焔の渦巻く里の中央へと躍り出る。

かつて滅ぼした者たちと、再び出会うために。


新たなる血煙の谷で――。


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