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乞食からはじめる、死に戻り甲賀忍び伝  作者: 怒破筋
第一章 乞食から忍びへーー死に戻った梵寸の再起
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第十四話 月呪ノ業の真実


華に薬を飲ませてから、わずか数日。

静まり返った室内に、刃で切り裂くような咳が響いた。


「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ……!」


その咳は日を追うごとに鋭さを増し、やがて血を滲ませる。梵寸は息を呑んだ。血を混じらせた咳――それは残された命の灯が、加速度的に削られていることを告げていた。


『なぜだ……なぜ治らぬ! なぜ、なぜ、なぜだ!』


胸中で叫ぶ。しかし理性は無情であった。肺の病と診断し、甲賀の里で学んだ薬を処方した。常ならば癒えるはずの症状。それが効かぬというのなら――病の本質は、全く別の深淵にある。


確かめる術は一つ。甲賀忍法・第四ノ型に備わる『鑑定』の術式。だが梵寸は、未だ第三ノ型を一度か二度行うだけで丹田を空にしてしまう身。第四ノ型を行えば、丹田にかかる負荷は命そのものを押し潰すに等しい。死に戻り前の力を取り戻す道は、果てしなく遠のくだろう。


梵寸の丹田は、なお第四ノ型に耐える器ではなかった。階級が一つ上がるだけで、消費する神気は幾何級数的に跳ね上がるのだ。


――それでも、華の命には代えられぬ。


梵寸は深く息を吸い込み、己の決意を震える声に変えた。


「行くか……! 甲賀忍法・第四ノ型――花映眼!」


次の瞬間、丹田から奔流のごとき神気が迸り、瞬時に空虚と化した。足りぬ分は全身の経絡から強引に削ぎ落とされ、骨の髄を刃で削るような痛みが全身を走り抜ける。意識が闇に沈もうとするその刹那、梵寸は己を叱咤する。


『ぐぉおお……負けてたまるか! わしは徳川幕府の藩主となる男。甲賀衆惣領・梵寸だ!』


血管が裂けるような痛みの中、ぎりぎりで意識を繋ぎとめ、華を見据える。術の発動を示す青白い光が、彼女の体を静かに包んでいた。


「はぁ……はぁ……なんとか……成功か……」


梵寸の眼に映じたのは、常人には決して見えぬ光景。体内を巡る気の流れは凍りつき、経絡を断つほどの陰気を放っていた。


「まさか……月呪ノ業……!」


その名を口にした瞬間、背筋を氷刃が撫でた。月呪――極度に陰へ傾いた体質。冷気を糧とし、神気を拒む呪い。解けば、強大な冷気を宿す丹田を得る。だが失敗すれば、十歳を迎える前に必ず死に至る。華は――選ばれし者にしか現れぬ究極の冷気体質を負っていたのだ。


梵寸は悟る。華の病は肺ではなかった。この状態では、あの頃の自分に救えるはずがなかった。

そして今もまた――解呪の術を知らぬ以上、医師を呼んでも治せぬ。これは肉体の病にあらず、魂に刻まれた呪いである。


「ぶぉっ……!」


術が解けた刹那、喉奥から血反吐が迸った。肺を焼くような激痛、視界を塗り潰す眩暈。


それでも梵寸の眼差しは、なお光に包まれる華から逸れることはなかった。


――戦国の世。剣も忍も、国をも動かす術を持ちながら、ひとりの少女すら救えぬ。

領地も権威も、天下の覇も、この咳一つ止めることは叶わぬのか。


梵寸は悟る。勝利も敗北も、権謀も覇道も、病と呪いの前には等しく塵芥にすぎぬ。

それでも彼は、震える手で華の肩を支え、己の血で濡れた掌を彼女に隠すように握り締めた。


「……必ず救う。世がいかに虚しくとも……わしは、決して諦めぬ……」


戦の渦中に生きる一人の忍は、その小さな決意を灯火とし、なおも荒れ果てた時代を睨み返していた。



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