第十一話 朧斬り、朝光を裂く
桐山の刃が閃き、梵寸の首を狙う。
刹那、梵寸の身体は空気を切り裂くように後ろへ跳ねた。紙一重。斬撃は風を裂く音だけを残し、肩先をかすめて消える。
――普通の武人なら、今ので首を落とされていた。
梵寸の動きは、まるで風の流れを読むかのように淀みなく、滑らかだった。
「喰らえ――甲賀忍法第一ノ型・朧斬り!」
逆刃を握りしめ、梵寸の刃が宙を奔る。
その剣筋は直線を描かず、光の幻影のように揺らぎながら漂った。視界の端に刀影が波打ち、桐山には何本もの刃が同時に迫るかのように映る。
「くっ……!?」
目が惑わされる。耳に届くのは空気を裂く震動音。胸を打つ破裂の衝撃。
桐山は必死に刀を振るうが、防御はわずかに遅れ、反応が空を切る。
最後の一閃――。
刃の幻影は桐山の守りをすり抜け、斬撃が届くよりも先に空気そのものを断ち割った。冷たい衝撃が体を貫き、桐山は息を詰める。
「ぐっ……!」
そのまま膝をつき、力なく倒れ込んだ。
蒼白な光の中に立つ梵寸。
その姿は、彼の剣が常軌を逸した技であることを雄弁に物語っていた。
「す……すげぇ……! 一瞬で……」
「まさか、梵寸がこんな技を……!」
小吉や乞食たちは目を見開き、言葉を失う。
普段は威勢を張っていた者たちでさえ、今は小さく震え、無言で頭を垂れた。
梵寸はわずかに照れたように笑ったが、すぐに顔を引き締める。
「皆、落ち着け。まだ終わってはおらぬ。こやつらを殺したわけではない」
深く息をつき、周囲を見回す。
吉岡一門は必ずさらなる刺客を差し向けてくる。今のままでは街も仲間も守れぬ。
梵寸は失神した五人の敵に歩み寄り、首根を掴み上げる。
頭部の一点に手刀を打ち込み、衝撃を走らせた。
「ぐああああああああああっ!」
悲鳴と共に、五人の意識に激痛が走り、記憶が剥ぎ取られていく。
命を奪うには至らぬが、戦いの記憶だけを消し去る特殊な術――古流に秘された処置だった。
仲間たちは息を呑み、目を背ける者もいた。
だが梵寸の瞳は揺るがない。これは残酷さではなく、必要な手段――仲間と街を守るための決断である。
やがて五人は呻きながらも意識を取り戻したが、戦いの記憶は抜け落ちていた。
目は焦点が定まらなく、フラフラとおぼつかない足取りで街の方へ去っていく。
その様子を見届け、小吉は膝をつき、声を震わせて言った。
「梵寸……! 俺にその武術を教えてくれ! いや、どうか教えてください!刀を持った武人を子供が倒すなんて、凄すぎる!」
梵寸は短く息を吐き、わずかに眉をひそめる。
「……無駄に褒められると照れるわ。だが、命を懸けて学ぶ覚悟があるのか?」
「ある!俺は強く……強くならなきゃいけないんだ!」
仲間たちのざわめきが広がる中、梵寸の眼差しは静かに未来を見据えていた。
吉岡一門の刺客はまだ来るだろう。記憶を封じたところで、戦いは終わらぬ。
だが、守るべきもののために――梵寸の決意は揺らぎようもなかった。




