第十話 炸裂!甲賀忍法第一ノ型・朧斬り
「ガッ……!?」
桐山左馬之助の剣は、確かに梵寸の肩を裂くはずであった。だが刃は空を切り、土を深く抉る。
「ぐっ……あがっ!」「ぐへぇ!」「っは!」
次の瞬間、梵寸の右腕を押さえていた三人が血を吐き、糸の切れた人形のように回転しながら宙を舞った。地に転げ伏した彼らは、失神して起き上がらなかった。
桐山は目を見開き、呼吸を忘れる。
――いかに倒されたか、その一切が見えなかった。
「お前……何者だ。……三宅殿!」
隣に控えていた剣士に目を送る。呼ばれた三宅は即座に刀を抜き、梵寸を囲むように進み出た。桐山もまた、地に突き立つ自らの刀を引き抜き、再び上段に構える。
「かっかっか……吉岡一門を名乗ると申したか。されど所詮はようやく剣士に到達した三流の武。わしに届く道理もなかろう」
梵寸の笑いは低く、しかし明瞭に二人の耳を打つ。
「な、何を……!」
「貴様、吉岡流を愚弄するか!我らは正道七武門・吉岡派であるぞ!」
二人は同時に叫び、怒りを燃やす。
「腕一本で許してやるつもりであったが……流派を侮られては絶対に退けぬぞ!」
剣閃が二条、梵寸を襲う。
「ぐっ……!」
梵寸は桐山の上段を紙一重でかわし、その勢いを利用して三宅の顎へ掌を打ち込んだ。
「ごぶっ!」
骨を砕く音と共に、三宅は草むらへ吹き飛び、そのまま動かなくなる。
「三宅殿!……貴様ぁぁっ!」
桐山の顔は怒りに染まる。だが怒りと同時に、恐怖がその刃を重くした。
「我が最強流派の剣技を見よ!――吉岡流剣法・第一ノ型、白露一閃!」
霧を裂くがごとき一刀が放たれる。直線の豪剣、吉岡流の真髄であった。
だが梵寸は、一歩、また一歩と、ただ歩法のみでその軌跡を外す。
刃は空を切り、朝の空気を震わせた。
「ば、馬鹿な……白露一閃を……避けるだと? 貴様、何者だ!」
桐山の声は既に震えを帯びていた。
梵寸は倒れ伏す三宅の刀を拾い上げ、無造作に腰の高さで構える。
「わしが何者か……? 見ての通り、ただの乞食よ」
「そのような虚言、誰が信ずるか!」
桐山は吐き捨てる。だがその両手は、微かに震えていた。
「信じるも、信じぬも勝手。――ならば、この忍法を受けてみよ」
梵寸は刃をわずかに傾け、月影を映すように揺らす。
光が乱れ、刃影は水面の波紋のごとく相手の視界を惑わせた。
「見よ……甲賀忍法・第一ノ型――朧斬り」




